がんじがらめの契約と狂愛〜聖女になれなかった異邦者の唯一〜

く〜いっ

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29 唯一の愛

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「さぁ、リオ! ラキアへ戻ろう」
「アラン~、おばぁ様のところへ行くの?」

 定位置になった左腕の上でリオが無邪気に手をたたく。爵位を返上し、ただの『アラン』になった俺は、最愛とともに王宮から旅立とうとしていた。

「最後によいかしら?」
「陛下?」

 王妃が侍女をつれて門前に立っている。まさか、王妃陛下に見送っていただけるとは思わなかった。

「リオに聞きたいことがあったの」

 リオが「なに?」と、首をコテンとかしげる。

「リオの世界の神様ってどんなかたなの? 気になってしまって」
「いいよ。教えてあげる」

 リオの語る異世界の神は、唯一神ファリアーナ様を信仰するこの世界にとって、驚愕の話だった。まるでファリアーナ神が唯一神になる以前の、混沌の時代に存在したといわれる多くの神がみ……そんな神たちが存在している世界の話だった。

「私のいたところは、八百万の神様が住む国なの。無限に近い神がみがいるのよ。風にも木にも、空気や光にも! 食べ物の神様もいるし、もちろん愛の神様も! 怖い神様は戦神とか、神罰をくだす神。悪い神様もいるのよ。邪神とかいわれている神! 唯一の神を信じている人もいたけれど、私たちが生きる、すべてのものに神様がやどっている世界っていうのも、素敵でしょ。
 ただ、あまりに沢山の神様がいらっしゃるから、普段は忘れてしまっているの……ふとした瞬間、神様を思いだすの」
「あなたの愛は、どんなものなの?」

 王妃陛下は幼子を見つめるように、微笑みながら聞いてきた。リオもにっこり微笑んで……

「唯一よ」と、答える。

「真っ白いドレスにベールをかぶり、神殿で待つ唯一のところへ行くの。父親の手から旦那様になる男性の手に花嫁のエスコートがかわり、ふたりで司祭様の前へ。
 そしてふたりに司祭様が問いかけるの。『健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命あるかぎり真心をつくすことを誓いますか?』」

 この言葉に胸がしめつけられる。なんだこの、心ゆさぶられる言葉は……

「誓いあったふたりは、花嫁のベールをあげ、神様に、司祭様に、両親に、そしてすべてに、この誓いを知らしめる接吻をかわし『婚姻の契約』を結ぶのよ」

 ちょん、ちょんとリオは自分の唇をつつく。『順応の義』のとき、リオがベールを恥ずかしがっていた理由はこれか。『婚姻の儀式』といわれ、思考が止まったが――確かにこれは、気恥ずかしい儀式かも知れない。この世界の婚姻は『約定の証書』に署名をし、寝室の壁に飾れば、それで終了だしな……誰に宣言する必要もない……

「この世界の人は、いろんな人と魔力を高めあうでしょ。魔力が高いことは、この世界で生きるのに必要なことだって、わかったけれど……私のいた世界では、旦那様になったかたとだけなの」

 リオの言葉に、王妃陛下も目を見開き驚きをかくせないようだった。

「だから唯一なの。私は、大好きな人の唯一になりたいし、唯一しか欲しくないと思うの。この世界の神様にとって、ただひとりにだけ肌を許すのは、変なことなんでしょ? 私のすべてを知るかたは、旦那様になる唯一だけで、私も旦那様の熱しか知ることがなく、一生を終えるの。私は、そんな愛の形を捨てられないと思うの……」

 リオの生きてきた世界での常識と、リオの希望もまざっているのだろう……だが、このリオの『唯一の愛』は、俺の仄暗い心の底の部分を刺激してくる。歓喜がわきあがる。

「そう……素敵な愛ね」

 王妃陛下は寂しそうに微笑んだ。話は終わった……と、陛下が奥へ下がる。頭を下げ、最後の挨拶をしたのち、リオを馬の鞍へ押しあげた。大きくて、怖い……といっていた馬上で、無邪気にはしゃぐリオを前へ座らせ、抱えるように腕のなかに抱きこむ。

「おばぁ様のところへ、出発!」

 リオのかけ声にあわせ、馬の腹を蹴った。





 ふたりを見送った王妃陛下が、侍女に向かってつぶやく。

「わたくしは、より強い魔力をおびた御子を授かるために、陛下との婚儀の『約定の証書』に署名をしたあと、前国王陛下、王弟殿下をはじめシャルナの力ある重鎮に抱かれた。魔力を高めるためになんの疑問も持たなかった。王太子殿下は希望通り、高い魔力をお持ちくださっている。なんの不満もない……
 陛下はわたくしの唯一のかた。でも、婚姻からひと月もたった陛下との初夜で、リオのように恋に恋し、愛をささやけるような熱い瞳で、恋いこがれた唯一を受けいれられはしなかった。わたくしのすべてを知ったのが、わたくしの唯一が一番最後とは、なんと悲しい響きだろうか――リオの愛をうらやましく思う」
「――陛下、わたくしもファリアーナ神の慈愛、浄化魔法があることが、初めて恨めしく感じました。浄化魔法があるからこそ、のぞまない妊娠はしないとわかっていることですのに……浄化魔法があるために、わたくしたちは、唯一以外にも簡単に肌を許してしまうのでしょう……」

 侍女は悲しそうに目をふせる。
 真っ直ぐ前を向く王妃陛下の顔は、シャルナ王国の国母にふさわしい、毅然とした微笑みの仮面におおわれていた。
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