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30 ふたりの旅路
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王都から西の城壁都市ラキアまでのあいだには、小さな街や村がいくつか点在している。王都行きのときは、すべて素通りした場所だが、街の門をくぐるたび、リオはキラキラした目を街並にむけていた。
考えてみれば、ラキアでは隊員の館、王都ではシャルナ大神殿に籠りっぱなしだった。――リオが知るこの世界はせますぎる。
「少し、この街で休憩して行こう」
初めて立ちよる街だが、ふたりで散策するのは楽しそうだ。そうだリオにカフェで甘い焼き菓子でも食べさせてやろう! 大きめの街だから、よさそうなカフェぐらいあるだろう。浮かれる気持ちで提案したが、リオは静かに首を横に振った。
「疲れているだろ? 甘いものでも食べたくはないか?」
「!」
ピクリ! ……と、反応したあと、勢いよく首を振り拒絶する。
「食べない! アラン~、すぐこの街を出よ」
「んっ? 薬師ばぁに早く会いたいか?」
「それは……会いたいけど……」
もごもご口ごもりながら、ある一点をチラチラ見ている。なんだ? なにを気にしている。リオが気にしているほうを盗み見てみると、数名の女がこちらを指差しながら、なにやらこそこそ話していた。
リオが聖女だったと、バレたのか? いずれ、シャルナ王国は聖女を失った。『順応の義』はおこなわれない……と、市井にも伝わることだろう。だが、まだ早い。今はまだ、リオが聖女だと知っているのは、貴族と神殿関係者だけのはずだが……リオと共にいることに、浮かれすぎていた自分のバカさ加減に呆れる。
マントでリオを頭から覆いかくし、足早に門に向けて進む。
「あの!」
女のひとりが声をかけてきた。ちっ……街に入ったからと、馬から降りていて失敗した。舌打ちしながら、女を睨む。服装からいって、貴族ではなさそうだ。商家の娘といったところか? 声をかけてきた女は、一瞬、体を強張らせたが、ほかの女たちにつつかれたり、背中を押されたりしながら、なにやらこそこそ話しあいだした。
「用事がないのなら、失礼する」
「あの! 軍神アラン・ロズベルト様ですよね。私たちとお茶しませんか?」
「お会いできるなんて! 嬉しいです!」
「素敵なカフェがこの先にあるんです。ぜひぜひ!」
口々に騒ぎだした。よかった。リオの正体がバレているわけではなさそうだ。素敵なカフェの情報は気になるところだが……
「急いでいる。失礼」
女たちをふりきり、マントにつつんだリオごと抱えて、馬へとび乗る。足早に街を出た。
「リオ、大丈夫か?」
街の門が後方に見えなくなった頃合いで、リオをマントのなかからだすと、リオは真っ赤な顔をして、涙目で俺を睨んだ。
「リオ、どうした? 具合が悪いのか? 熱か?」
「……たの」
「んっ?」
「暑かったの!」
「――すまん」
街道からそれ、小さな森のなかの泉へ、顔の赤みがひかないリオを連れて行く。ここは、ラキアと王都の中間にあり、馬の水飲み場として重宝している場所だ。街の馬房を借りるほうが主流だが、俺は人けのないここが気にいっていた。
ハンカチ……ないな……しかたがない。指を引っかけ、クラヴァットをはずす。
「ア、アラン! なに、するの!」
リオの顔色がさらに赤い! 大変だ!
「大丈夫だリオ、すぐに気持ちよくしてやる」
「ひゃああぁぁ!」
なにやら、汗をかき、ジタバタしだした。暑さによる意識障害か?
「リオ、大丈夫だから暴れるな」
リオを抱いたあと、魔法の威力が高まっていた。何度も重ねがけしなくては回復の見こみがなかった怪我も、効果が簡単にあらわれるようになっている。だが、リオの栄養不足と体力の低下は、魔法ではカバーしきれない。リオの体調が戻るには、まだ時間が必要だ。
暴れるリオをひょいと寝かせ、リオの両手を片手で掴み、頭の上で固定する。あいている手でリオの胸元をくつろげた。
「――アラン……」
「大丈夫だリオ。すぐよくなる」
涙目のリオに、元気づけるように笑いかけ、リオの細い首筋に泉で濡らしたクラヴァットをあてがう。次は脇の下、太い血管を冷やしてやっているというのに、リオの首筋は赤いままだ。
「熱がひかないな……回復魔法もかけるか」
「アランのバカ! だいっキライ!」
ゔ、涙目で嫌いと言うリオは……凶悪なまでに可愛いのだから、俺をあまりあおらないでくれ……なにかいけないことをしている気になってくる……
「リオ、嫌ってもいいから、ちゃんと体を冷やしてくれ。熱で具合が悪くなれば大変だ」
「んっ!」
リオは俺の手からクラヴァットを受け取ると、顔へあてた。
「ふふっ、冷たーい! アランの匂いがする」
あまり、可愛らしいことを言わないでくれ……
「あのね。顔が赤かったのは、アランの胸に抱かれていたからなの」
てへっと、舌をだし肩をすくめて見せるリオ。理性が焼き切れそうだ……
「街の女の人たちが、アランをチラチラ見ていて嫌だったの。アランを誘う声も嫌だった。私のアランをとらないで! って、叫びたくなったの」
これは……嫉妬か? リオが嫉妬してくれたのか? リオの告白に歓喜の雄叫びをあげたくなった。
「アランのマントのなかはね、アランの匂いにつつまれて気持ちよかったの。そう思ったら、なんだか恥ずかしくなってきちゃったの……だから……八つ当たりしてゴメンね」
こんな、愛らしい存在がこの世にいるなんて……俺の前にリオを降臨させた、この世界とリオがいた世界、すべての神たちに感謝する。
「リオ、俺のすべてはリオのものだ。愛してる俺の聖女」
「ふふっ、私も大好き」
リオの心は幼子に戻ったまま――俺の愛と、リオの好きが同じ意味をもっていないことは、わかっている。だけど、今だけは、この幸せにひたっていたい。
そっとリオの頬に手をそえて、初めて魔法をともなわない、ついばむだけの接吻をした。
考えてみれば、ラキアでは隊員の館、王都ではシャルナ大神殿に籠りっぱなしだった。――リオが知るこの世界はせますぎる。
「少し、この街で休憩して行こう」
初めて立ちよる街だが、ふたりで散策するのは楽しそうだ。そうだリオにカフェで甘い焼き菓子でも食べさせてやろう! 大きめの街だから、よさそうなカフェぐらいあるだろう。浮かれる気持ちで提案したが、リオは静かに首を横に振った。
「疲れているだろ? 甘いものでも食べたくはないか?」
「!」
ピクリ! ……と、反応したあと、勢いよく首を振り拒絶する。
「食べない! アラン~、すぐこの街を出よ」
「んっ? 薬師ばぁに早く会いたいか?」
「それは……会いたいけど……」
もごもご口ごもりながら、ある一点をチラチラ見ている。なんだ? なにを気にしている。リオが気にしているほうを盗み見てみると、数名の女がこちらを指差しながら、なにやらこそこそ話していた。
リオが聖女だったと、バレたのか? いずれ、シャルナ王国は聖女を失った。『順応の義』はおこなわれない……と、市井にも伝わることだろう。だが、まだ早い。今はまだ、リオが聖女だと知っているのは、貴族と神殿関係者だけのはずだが……リオと共にいることに、浮かれすぎていた自分のバカさ加減に呆れる。
マントでリオを頭から覆いかくし、足早に門に向けて進む。
「あの!」
女のひとりが声をかけてきた。ちっ……街に入ったからと、馬から降りていて失敗した。舌打ちしながら、女を睨む。服装からいって、貴族ではなさそうだ。商家の娘といったところか? 声をかけてきた女は、一瞬、体を強張らせたが、ほかの女たちにつつかれたり、背中を押されたりしながら、なにやらこそこそ話しあいだした。
「用事がないのなら、失礼する」
「あの! 軍神アラン・ロズベルト様ですよね。私たちとお茶しませんか?」
「お会いできるなんて! 嬉しいです!」
「素敵なカフェがこの先にあるんです。ぜひぜひ!」
口々に騒ぎだした。よかった。リオの正体がバレているわけではなさそうだ。素敵なカフェの情報は気になるところだが……
「急いでいる。失礼」
女たちをふりきり、マントにつつんだリオごと抱えて、馬へとび乗る。足早に街を出た。
「リオ、大丈夫か?」
街の門が後方に見えなくなった頃合いで、リオをマントのなかからだすと、リオは真っ赤な顔をして、涙目で俺を睨んだ。
「リオ、どうした? 具合が悪いのか? 熱か?」
「……たの」
「んっ?」
「暑かったの!」
「――すまん」
街道からそれ、小さな森のなかの泉へ、顔の赤みがひかないリオを連れて行く。ここは、ラキアと王都の中間にあり、馬の水飲み場として重宝している場所だ。街の馬房を借りるほうが主流だが、俺は人けのないここが気にいっていた。
ハンカチ……ないな……しかたがない。指を引っかけ、クラヴァットをはずす。
「ア、アラン! なに、するの!」
リオの顔色がさらに赤い! 大変だ!
「大丈夫だリオ、すぐに気持ちよくしてやる」
「ひゃああぁぁ!」
なにやら、汗をかき、ジタバタしだした。暑さによる意識障害か?
「リオ、大丈夫だから暴れるな」
リオを抱いたあと、魔法の威力が高まっていた。何度も重ねがけしなくては回復の見こみがなかった怪我も、効果が簡単にあらわれるようになっている。だが、リオの栄養不足と体力の低下は、魔法ではカバーしきれない。リオの体調が戻るには、まだ時間が必要だ。
暴れるリオをひょいと寝かせ、リオの両手を片手で掴み、頭の上で固定する。あいている手でリオの胸元をくつろげた。
「――アラン……」
「大丈夫だリオ。すぐよくなる」
涙目のリオに、元気づけるように笑いかけ、リオの細い首筋に泉で濡らしたクラヴァットをあてがう。次は脇の下、太い血管を冷やしてやっているというのに、リオの首筋は赤いままだ。
「熱がひかないな……回復魔法もかけるか」
「アランのバカ! だいっキライ!」
ゔ、涙目で嫌いと言うリオは……凶悪なまでに可愛いのだから、俺をあまりあおらないでくれ……なにかいけないことをしている気になってくる……
「リオ、嫌ってもいいから、ちゃんと体を冷やしてくれ。熱で具合が悪くなれば大変だ」
「んっ!」
リオは俺の手からクラヴァットを受け取ると、顔へあてた。
「ふふっ、冷たーい! アランの匂いがする」
あまり、可愛らしいことを言わないでくれ……
「あのね。顔が赤かったのは、アランの胸に抱かれていたからなの」
てへっと、舌をだし肩をすくめて見せるリオ。理性が焼き切れそうだ……
「街の女の人たちが、アランをチラチラ見ていて嫌だったの。アランを誘う声も嫌だった。私のアランをとらないで! って、叫びたくなったの」
これは……嫉妬か? リオが嫉妬してくれたのか? リオの告白に歓喜の雄叫びをあげたくなった。
「アランのマントのなかはね、アランの匂いにつつまれて気持ちよかったの。そう思ったら、なんだか恥ずかしくなってきちゃったの……だから……八つ当たりしてゴメンね」
こんな、愛らしい存在がこの世にいるなんて……俺の前にリオを降臨させた、この世界とリオがいた世界、すべての神たちに感謝する。
「リオ、俺のすべてはリオのものだ。愛してる俺の聖女」
「ふふっ、私も大好き」
リオの心は幼子に戻ったまま――俺の愛と、リオの好きが同じ意味をもっていないことは、わかっている。だけど、今だけは、この幸せにひたっていたい。
そっとリオの頬に手をそえて、初めて魔法をともなわない、ついばむだけの接吻をした。
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