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53 託されたもの
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リオがウーニャの小屋のなかから、ぬいぐるみをひっぱり出した。その腹のなかにふたりぶんのマントと俺の剣が入れられていた。
リオはドレスのスカートを太腿あたりで大胆に結び、マントをはおる。俺も剣帯を腰に巻き、マントをはおった。
「行くぞ」
「あっ、待ってアラン様。まだなにか入っているみたい?」
ぬいぐるみの腹の奥に、本のようなものが入っているのが見えた。手に持っていた『聖者の手記』もなかに突っこみ、ぬいぐるみごとリオに手わたす。
「すべて持って行こう」
「うん」
そのとき、庭園の一角から炎が吹きあがり、あたりが明るく照らしだされた。
「なっ?」
「ジリオ様の魔法?」
あの規模の外に向けた魔法の存在など、ありえない! 血族の聖者の力は世代を重ねるたびに弱くなり、セフィロース卿の代では、たぶん掌に火種をだすレベルが限度だと想像できた。レディ・ピアディだって、血族魔法を使うたび、ぐったりと疲れていた。なにか嫌な感じだ。
「ア、アラン様……なんだか嫌な予感がする。ふたりの無事をたしかめたい……」
「ダメだリオ、はやく伯爵邸を出なくては」
「お願い。不安で胸がつぶれてしまいそうなの……このまま行くことはできないわ」
「……わかった。でも、無理だと思ったらまっすぐ門へ向かうぞ」
リオがうなずき、炎があがったほうへ駆けだした。
――そこは、狂乱の宴跡だった。全裸で逃げまどう夜会参加者。とびかう悲鳴と慟哭。
中央舞台にいる男に、なにやら話しかけているセフィロース卿の体からは、魔力が炎の揺らぎとなり、周辺の空気を歪ませている。
「ギャアアアアッ!」
「あははははは、あはははは」
男の悲鳴と、セフィロース卿の狂ったような笑い声……
エバンティス侯爵とラズ侯爵が、そんなふたりのもとへ駆けよっていた。なにか怒鳴りあっているようだが、ここからでは聞こえない。
セフィロース卿が白いなにかを抱いてこちらに歩いてくる。その顔には幸せそうな微笑みが浮かび、腕のなかの白いものを見つめている。
「嘘……嘘……レ、レディ・ピアディ……」
リオが横でボロボロと泣きだした。
無惨に切り取られた白い髪。見開かれた瞳には生気はなく、ガクガク揺れる首は彼女がもうこの世にいないことを物語っていた。
小柄な体に残された陵辱のあとが、媚薬を飲まされ男たちの欲望で穢されていたリオの姿に重なり、激しい怒りがわきあがる。
「なにしているの?」セフィロース卿の現実の誰とも会話していないような……虚空に問いかけるような声音に、背筋が凍った。
彼は今、腕のなかで眠りについたレディ・ピアディしか見ていない……感じていない……彼もまた壊れてしまっていた。唯一を失うということは、こういうことか!
「ねぇアラン、間違えないで……」
心は現実に残っていなくても、唯一を求めた仲間としての忠告をしてくれる魂の友ジリオ。
シシーリア聖皇国はリオの利用価値を知っている。夜会には周辺国の奴らもきていた。きっと奴らはリオを求め、残忍な魔手をのばしてくるだろう……
「愛している人の唯一になりたいし、唯一しか欲しくない」というリオの希望は、あざ笑いながら破られる。
リオを、魔力を高めたいというだけの、くだらない理由の餌食にはさせない!
彼の目には、自分たちが叶えられなかった未来を託す、そんな夢想が揺れているようだった。俺たちの未来の姿は、彼らの叶えられなかった未来の姿だ! 魂の友に託された、重い忠告にしたがって、リオを抱きあげ走りだした。
――この国に、いやこの世界に、俺たちの安住の地はない! 行く先は決まった!
浴槽に湯をため、着ているものをすべて脱いだ。恥ずかしがっているのか? 僕のウーニャは顔をそむけて、ジッと息を殺している。
「恥ずかしがっているの? ふふふ……可愛い僕のウーニャ……え? 幼い頃のように呼んでくれって? どうしようかな? はは、嘘だよ。いつも心のなかでは呼んでいたよ。愛しいピジュ。君が名前を呼ばないでって言ったんだぞ! ああ、いいよ。あのときの喧嘩はもう水に流そうね。終わったことだよ」
そっとピジュの体を抱きあげ、一緒に湯のなかに入った。彼女の体にこびりついている汚れを掌に香油をたらし、洗い流していく。口腔のなかも、密口のなかも、耳のなか、瞳、へそ……丁寧にピジュを傷つけないように、全身を手と舌を使って洗っていった。
「恥ずかしがらないで、可愛いよ愛しいピジュ」
彼女は、カクンッと首を私からそむけてしまった。きっと唇をむりやり奪われたことを気にしているんだね。
「ピジュ、大丈夫だよ。変な奴との間違いの口づけは、本物の愛しいものとの口づけで、なかったことにできるから。たくさん本物の口づけをしてあげる」
そっと彼女に口づける。
「え? そんなこと聞いたことないって? う~ん、じゃあ私が今そう決めた! これは決定事項です。意義も認めません! あははは、愛しいピジュむくれてないで、たくさん幸せな接吻を交わそう!」
浴室に口づけの音だけが反響していた。
リオはドレスのスカートを太腿あたりで大胆に結び、マントをはおる。俺も剣帯を腰に巻き、マントをはおった。
「行くぞ」
「あっ、待ってアラン様。まだなにか入っているみたい?」
ぬいぐるみの腹の奥に、本のようなものが入っているのが見えた。手に持っていた『聖者の手記』もなかに突っこみ、ぬいぐるみごとリオに手わたす。
「すべて持って行こう」
「うん」
そのとき、庭園の一角から炎が吹きあがり、あたりが明るく照らしだされた。
「なっ?」
「ジリオ様の魔法?」
あの規模の外に向けた魔法の存在など、ありえない! 血族の聖者の力は世代を重ねるたびに弱くなり、セフィロース卿の代では、たぶん掌に火種をだすレベルが限度だと想像できた。レディ・ピアディだって、血族魔法を使うたび、ぐったりと疲れていた。なにか嫌な感じだ。
「ア、アラン様……なんだか嫌な予感がする。ふたりの無事をたしかめたい……」
「ダメだリオ、はやく伯爵邸を出なくては」
「お願い。不安で胸がつぶれてしまいそうなの……このまま行くことはできないわ」
「……わかった。でも、無理だと思ったらまっすぐ門へ向かうぞ」
リオがうなずき、炎があがったほうへ駆けだした。
――そこは、狂乱の宴跡だった。全裸で逃げまどう夜会参加者。とびかう悲鳴と慟哭。
中央舞台にいる男に、なにやら話しかけているセフィロース卿の体からは、魔力が炎の揺らぎとなり、周辺の空気を歪ませている。
「ギャアアアアッ!」
「あははははは、あはははは」
男の悲鳴と、セフィロース卿の狂ったような笑い声……
エバンティス侯爵とラズ侯爵が、そんなふたりのもとへ駆けよっていた。なにか怒鳴りあっているようだが、ここからでは聞こえない。
セフィロース卿が白いなにかを抱いてこちらに歩いてくる。その顔には幸せそうな微笑みが浮かび、腕のなかの白いものを見つめている。
「嘘……嘘……レ、レディ・ピアディ……」
リオが横でボロボロと泣きだした。
無惨に切り取られた白い髪。見開かれた瞳には生気はなく、ガクガク揺れる首は彼女がもうこの世にいないことを物語っていた。
小柄な体に残された陵辱のあとが、媚薬を飲まされ男たちの欲望で穢されていたリオの姿に重なり、激しい怒りがわきあがる。
「なにしているの?」セフィロース卿の現実の誰とも会話していないような……虚空に問いかけるような声音に、背筋が凍った。
彼は今、腕のなかで眠りについたレディ・ピアディしか見ていない……感じていない……彼もまた壊れてしまっていた。唯一を失うということは、こういうことか!
「ねぇアラン、間違えないで……」
心は現実に残っていなくても、唯一を求めた仲間としての忠告をしてくれる魂の友ジリオ。
シシーリア聖皇国はリオの利用価値を知っている。夜会には周辺国の奴らもきていた。きっと奴らはリオを求め、残忍な魔手をのばしてくるだろう……
「愛している人の唯一になりたいし、唯一しか欲しくない」というリオの希望は、あざ笑いながら破られる。
リオを、魔力を高めたいというだけの、くだらない理由の餌食にはさせない!
彼の目には、自分たちが叶えられなかった未来を託す、そんな夢想が揺れているようだった。俺たちの未来の姿は、彼らの叶えられなかった未来の姿だ! 魂の友に託された、重い忠告にしたがって、リオを抱きあげ走りだした。
――この国に、いやこの世界に、俺たちの安住の地はない! 行く先は決まった!
浴槽に湯をため、着ているものをすべて脱いだ。恥ずかしがっているのか? 僕のウーニャは顔をそむけて、ジッと息を殺している。
「恥ずかしがっているの? ふふふ……可愛い僕のウーニャ……え? 幼い頃のように呼んでくれって? どうしようかな? はは、嘘だよ。いつも心のなかでは呼んでいたよ。愛しいピジュ。君が名前を呼ばないでって言ったんだぞ! ああ、いいよ。あのときの喧嘩はもう水に流そうね。終わったことだよ」
そっとピジュの体を抱きあげ、一緒に湯のなかに入った。彼女の体にこびりついている汚れを掌に香油をたらし、洗い流していく。口腔のなかも、密口のなかも、耳のなか、瞳、へそ……丁寧にピジュを傷つけないように、全身を手と舌を使って洗っていった。
「恥ずかしがらないで、可愛いよ愛しいピジュ」
彼女は、カクンッと首を私からそむけてしまった。きっと唇をむりやり奪われたことを気にしているんだね。
「ピジュ、大丈夫だよ。変な奴との間違いの口づけは、本物の愛しいものとの口づけで、なかったことにできるから。たくさん本物の口づけをしてあげる」
そっと彼女に口づける。
「え? そんなこと聞いたことないって? う~ん、じゃあ私が今そう決めた! これは決定事項です。意義も認めません! あははは、愛しいピジュむくれてないで、たくさん幸せな接吻を交わそう!」
浴室に口づけの音だけが反響していた。
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