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運命に花束を①
運命は廻る②
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「突然王子で自分の身が危ないなんて言われたって意味が分からないですよ、話すならもっと詳しく話していって欲しかったです。しかも一番事情が分かってそうな叔母さんも消えてしまってどうにもなりません」
「叔母さんも?」
「はい、エディの……あ、エディは僕の運命の相手の名前なんですが、エディのお父さんが何か急用があったらしくて家族を連れて急に引っ越して行ってしまったんです。それもやっぱり僕が逃げ隠れしている間で、帰ってきた時には、もう事情が分かる人は誰もいなかったんです」
「それは大変でしたね」
アジェはまた静かに微笑んだ。
「エディは例え僕が王子の弟だろうとそんな事は関係ない、ここで一緒に暮らせばいい、とそう言ってくれました。王子の弟として狙われているのなら自分が命を賭けてでも守るって、実際エディはその襲撃の時も僕の事を身を挺して守ってくれて大怪我したんですよ、僕はそれがとても嫌だった」
アジェが膝の上でぎゅっと拳を握るのが目に入った。
「だから僕は彼から、運命から逃げてきました。僕の事情にこれ以上彼を巻き込むのは耐えられなかった。元々彼は領主様の息子で、跡継ぎで、それが本来の姿なのに、彼はそれもどうでもいいってそう言うんです。僕が領主になって、それを支えるのが自分の仕事で役割だからって、そんな事あるわけないのに、彼は僕を守ろうとする」
「それは君が大事で、君を想ってのことだと私は思うよ」
「分かってます。エディは優しい。僕のことだけを想って、どうしたら僕が居心地よく暮らせるかそれしか考えていない、自分の事なんて何も考えない、僕はそれがどうしても嫌だった。だって僕だってエディが大好きでエディには幸せに笑っていて欲しいのに、エディはそんな事考えもしない!」
彼の瞳が憂いを帯びて潤んでいた。
「僕はこれからも王子の弟として襲われ続けるのかもしれない、その度にエディは傷付くのかもしれない、そんなの僕は耐えられない!!」
アジェは掌で顔を覆う。
「だから僕はエディから逃げてきました。そして、僕は僕をそんな運命に放り込んだ人達をこの目で見てやろうと思ってここまで来たんです」
いつの間に傍に寄って来ていたのか、グノーがアジェの頭を優しく撫でていた。やはりその表情は見えはしなかったのだが、きっと慈愛に満ちた表情をしているのだろうことはなんとなく分かった。
「グノーありがとう、僕は大丈夫だよ」
「無理すんな、泣きたい時は泣けばいい」
「泣かないよ、今はその時じゃない」
やはり二人の間には入り込めない空気があって、ナダールは黙って二人を見やった。
だが、今の話の中で、グノーの存在は一度も出てこない、一体アジェとグノーは何故二人でここまで来たのだろう。そして同時に最初に感じたαの匂いのもうひとつがそのエディという領主の息子の物で有る事も分かった。アジェは自分の物だ! と主張するα特有の牽制の匂い。
「君達はまだ番にはなっていなかったんだね」
「僕にはまだ発情期がきていません。きたらきっと番になって幸せに暮らすんだと僕も思ってました」
「まだヒートの経験もないΩがこんな旅をしてくるなんて正気の沙汰じゃない」
「それでも僕はあそこにはいられなかった」
「運命の番はその名の通り『運命』だ。彼と離れることは間違っていると私は思う」
「運命が100%結ばれる相手とは限らない」
静かな声がナダールの方へと向けられた。
「俺たちみたいなのには確かに運命の相手っていうのがいるんだろう、そこは否定しない。だけど、その『運命』が本当にお互いにとって最良なのかどうかなんて誰にも分からない。それこそ本人にもだ。その感じた『運命』にすら逆らおうとする思いがあるのなら、それが本当の運命なのかもしれない。それは自分で選ぶ道だ、他人にとやかく言われる筋合いはない」
それは『運命』に対する拒絶だった。ナダールは幸せな両親を見て育ち、『運命の番』というものは絶対なのだとそう信じて疑いもしてこなかった、だがグノーはそれを真っ向から否定した。
「あなたは運命を信じないのですか?」
「そんな不確かなものに縋って生きられるほど俺は安穏とした人生送ってねぇんだよ、頼れるのは自分だけだ、自分が違うと思えば運命だろうがなんだろうが、この手でぶち壊す!」
先程までアジェに向けていた穏やかな薫りは消え、こちらへ刺々しいほどの冷たい空気を纏った薫りが流れてくる。
彼の感情の波は本当に読みやすい、だからこそ逆になんでここまで自分にあたられるのかナダールにはまるで分からないのだ。
「事情は分かりました。アジェ君はご両親に会いたいのですか?」
「会いたい訳ではないです、ただ見てみたい、それだけです」
「それで見たらどうするのです? 帰るのですか?」
アジェは困ったような表情を見せ首を振った。
「帰りません、帰る気はありません」
「守りも番も居ないΩが二人でどうしようというのですか、都会は田舎に比べてαの数も多い、危険はいつも隣り合わせですよ」
「ここに長居をするつもりはありません、そんなご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」
「そんなつもりで言ったんじゃないです、うちに居てくれる分には両親も私も分かっているので迷惑なんてことはありません。ただ、やはり番のいないΩに危険が多いのは重々理解しておいて下さい」
分かりました、とアジェは素直に頷いた。ナダールはそれを確認して、少しいいですか? とアジェの手を取り抱き寄せた。
「な? え? なんですか?」
「エディ君でしたっけ? 彼の守りが薄くなっているので、申し訳ないですけど匂い付けさせてもらいます。こうしておけばよっぽど変なαは寄ってきません」
言って、ナダールはアジェの身体を離した。
「匂い付け? ですか? 僕エディにそんなのされた事ないですよ」
「あれ? 彼の匂い感じないですか?」
「僕、元々あまりそういうの分からないんです。βに近いのか匂いはブラックさんのくらいしか分からなくて……エディの匂いは近付くとちゃんと分かるんですけどね。あ、でもナダールさんのもちょっと分かるかも」
昨夜グノーには胸焼けがすると言われたのに、片やアジェには少し分かるかもなどと言われて意外に思った。同じΩでも匂いを感じる感度は全然違うのだと初めて知った。
ナダールはグノーに向き直る。
「なんだよ?」
「あなたにも匂い付けさせてください」
さあ、来いと腕を広げると明らかに彼が動揺しているのが分かる。
「叔母さんも?」
「はい、エディの……あ、エディは僕の運命の相手の名前なんですが、エディのお父さんが何か急用があったらしくて家族を連れて急に引っ越して行ってしまったんです。それもやっぱり僕が逃げ隠れしている間で、帰ってきた時には、もう事情が分かる人は誰もいなかったんです」
「それは大変でしたね」
アジェはまた静かに微笑んだ。
「エディは例え僕が王子の弟だろうとそんな事は関係ない、ここで一緒に暮らせばいい、とそう言ってくれました。王子の弟として狙われているのなら自分が命を賭けてでも守るって、実際エディはその襲撃の時も僕の事を身を挺して守ってくれて大怪我したんですよ、僕はそれがとても嫌だった」
アジェが膝の上でぎゅっと拳を握るのが目に入った。
「だから僕は彼から、運命から逃げてきました。僕の事情にこれ以上彼を巻き込むのは耐えられなかった。元々彼は領主様の息子で、跡継ぎで、それが本来の姿なのに、彼はそれもどうでもいいってそう言うんです。僕が領主になって、それを支えるのが自分の仕事で役割だからって、そんな事あるわけないのに、彼は僕を守ろうとする」
「それは君が大事で、君を想ってのことだと私は思うよ」
「分かってます。エディは優しい。僕のことだけを想って、どうしたら僕が居心地よく暮らせるかそれしか考えていない、自分の事なんて何も考えない、僕はそれがどうしても嫌だった。だって僕だってエディが大好きでエディには幸せに笑っていて欲しいのに、エディはそんな事考えもしない!」
彼の瞳が憂いを帯びて潤んでいた。
「僕はこれからも王子の弟として襲われ続けるのかもしれない、その度にエディは傷付くのかもしれない、そんなの僕は耐えられない!!」
アジェは掌で顔を覆う。
「だから僕はエディから逃げてきました。そして、僕は僕をそんな運命に放り込んだ人達をこの目で見てやろうと思ってここまで来たんです」
いつの間に傍に寄って来ていたのか、グノーがアジェの頭を優しく撫でていた。やはりその表情は見えはしなかったのだが、きっと慈愛に満ちた表情をしているのだろうことはなんとなく分かった。
「グノーありがとう、僕は大丈夫だよ」
「無理すんな、泣きたい時は泣けばいい」
「泣かないよ、今はその時じゃない」
やはり二人の間には入り込めない空気があって、ナダールは黙って二人を見やった。
だが、今の話の中で、グノーの存在は一度も出てこない、一体アジェとグノーは何故二人でここまで来たのだろう。そして同時に最初に感じたαの匂いのもうひとつがそのエディという領主の息子の物で有る事も分かった。アジェは自分の物だ! と主張するα特有の牽制の匂い。
「君達はまだ番にはなっていなかったんだね」
「僕にはまだ発情期がきていません。きたらきっと番になって幸せに暮らすんだと僕も思ってました」
「まだヒートの経験もないΩがこんな旅をしてくるなんて正気の沙汰じゃない」
「それでも僕はあそこにはいられなかった」
「運命の番はその名の通り『運命』だ。彼と離れることは間違っていると私は思う」
「運命が100%結ばれる相手とは限らない」
静かな声がナダールの方へと向けられた。
「俺たちみたいなのには確かに運命の相手っていうのがいるんだろう、そこは否定しない。だけど、その『運命』が本当にお互いにとって最良なのかどうかなんて誰にも分からない。それこそ本人にもだ。その感じた『運命』にすら逆らおうとする思いがあるのなら、それが本当の運命なのかもしれない。それは自分で選ぶ道だ、他人にとやかく言われる筋合いはない」
それは『運命』に対する拒絶だった。ナダールは幸せな両親を見て育ち、『運命の番』というものは絶対なのだとそう信じて疑いもしてこなかった、だがグノーはそれを真っ向から否定した。
「あなたは運命を信じないのですか?」
「そんな不確かなものに縋って生きられるほど俺は安穏とした人生送ってねぇんだよ、頼れるのは自分だけだ、自分が違うと思えば運命だろうがなんだろうが、この手でぶち壊す!」
先程までアジェに向けていた穏やかな薫りは消え、こちらへ刺々しいほどの冷たい空気を纏った薫りが流れてくる。
彼の感情の波は本当に読みやすい、だからこそ逆になんでここまで自分にあたられるのかナダールにはまるで分からないのだ。
「事情は分かりました。アジェ君はご両親に会いたいのですか?」
「会いたい訳ではないです、ただ見てみたい、それだけです」
「それで見たらどうするのです? 帰るのですか?」
アジェは困ったような表情を見せ首を振った。
「帰りません、帰る気はありません」
「守りも番も居ないΩが二人でどうしようというのですか、都会は田舎に比べてαの数も多い、危険はいつも隣り合わせですよ」
「ここに長居をするつもりはありません、そんなご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」
「そんなつもりで言ったんじゃないです、うちに居てくれる分には両親も私も分かっているので迷惑なんてことはありません。ただ、やはり番のいないΩに危険が多いのは重々理解しておいて下さい」
分かりました、とアジェは素直に頷いた。ナダールはそれを確認して、少しいいですか? とアジェの手を取り抱き寄せた。
「な? え? なんですか?」
「エディ君でしたっけ? 彼の守りが薄くなっているので、申し訳ないですけど匂い付けさせてもらいます。こうしておけばよっぽど変なαは寄ってきません」
言って、ナダールはアジェの身体を離した。
「匂い付け? ですか? 僕エディにそんなのされた事ないですよ」
「あれ? 彼の匂い感じないですか?」
「僕、元々あまりそういうの分からないんです。βに近いのか匂いはブラックさんのくらいしか分からなくて……エディの匂いは近付くとちゃんと分かるんですけどね。あ、でもナダールさんのもちょっと分かるかも」
昨夜グノーには胸焼けがすると言われたのに、片やアジェには少し分かるかもなどと言われて意外に思った。同じΩでも匂いを感じる感度は全然違うのだと初めて知った。
ナダールはグノーに向き直る。
「なんだよ?」
「あなたにも匂い付けさせてください」
さあ、来いと腕を広げると明らかに彼が動揺しているのが分かる。
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