運命に花束を

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運命に祝福を

嵐 ①

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 その日はお祭り日和の晴天だった。
 私の名前はルイ・デルクマン、今日は待ちに待ったお祭りの日だ。忙しい中での祭りの準備は大変だったが、最近このザガで感じている不穏な空気を敏感に感じ取っていた町人達は、そんな空気を払拭させる為ならと進んで祭りの開催に協力してくれた。それは早くからここザガに定住していたメリア移民達も同じ考えで、準備は和気藹々と進んでいった。
 この町ザガで不穏な空気を呼び起こしているのは本当に一部の人間に過ぎなかったのだと分かる程に、祭りの準備は和やかに、そしてファルス人もメリア人もなく、協力し合って準備が進められた。

「急ごしらえのお祭りにしては、立派なモノになりそうですね」

 父も久しぶりに笑みを見せて、広場に設けられたお祭り仕様の賑やかな会場を眺め回している。

「騎士団長、今日は旨いモノたんと食わせてやるから、うちの店にも寄ってくんな」
「お姉ちゃん、僕、今日広場で踊るから、絶対観に来てね」

 まだ朝も早い時間だと言うのに、父と2人で会場を見回るように歩いて行けば、忙しそうに準備をする人達が皆笑顔で声をかけてくれる。それはファルス人もメリア人も関係なく、皆がこの祭りを楽しみにしていてくれているのが分かって私は少しほっとしていた。

「父さん、今日は楽しい一日になりそうね」
「本当に。けれど、母さんもお店を出していますからね、手伝いで1日終わってしまうかもしれませんよ」

 母は露天でカラクリ細工の玩具の販売と、ちょっとした軽食のお店を出す予定で朝から忙しく準備に追われている。

「あ、騎士団長~!」

 声をかけられ、その声の主を見やれば、そこにいたのはこの祭りの実行委員長に祭り上げられたファルス王国第2王子ジャック・R・ファルス、が大きくこちらに手を振っている。そして、その傍らには初老の男性がいたのだが、こちらはぺこりと小さく頭を下げた。男性はこの町の町長だ。
 ジャックは実行委員長にその肩書だけで祭り上げられたとはいえ、その実、お祭り大好きな彼はこの仕事を嬉々として受け入れて、それはもう楽しそうにあちらこちらへと駆け回りお祭りの開催準備に奔走してくれた。
 これが嫌々という顔でされていたら、好感度もがた落ちる所だったのだが、彼があんまり楽しそうに祭りの準備を頑張るもので、ここしばらくで自分の中の彼の好感度がずいぶん上がってしまった。
 彼は私を好きだと豪語するので困っているだけで、悪い男ではない事は分かっている。だからと言って簡単に付き合おうという話にはならないが、悪くはないなと思えてしまった。

「おはようございます、ジャック君、それに町長もお早いですね」
「私もこんな楽しい催しは久しぶりで、居ても立ってもいられないのだよ」

 人の良さそうな町長は笑みを零してそう言った。

「天気も良くて、お祭りにはうってつけの日だよ」

 ジャックもにかっと父へと笑みを見せてから、次に私の方を向いてすすすと寄って来る。

「ルイ~昼間は忙しくて無理だけど、夜の催しには時間取れそうなんだ、一緒にお祭り回らねぇ?」
「あら、そうなの?」

 これはどうやらデートのお誘い、どうしようかと思っていたら「行ってくればいい」と、父が背中を押す。

「功労者でもあるジャック君の労いの意味も込めてね」
「なにそれ、私ってば人身御供?」
「そういう意味ではありませんよ、2人共ずいぶん協力してくれたので、楽しんでおいでと言っているだけです」

 なんだか父の笑みの中に何かが見え隠れしている気がしなくもないのだけど、ジャックがあまりにも満面の笑みでこちらを見ているので、私は「仕方がないわね」と、頷いた。

「やりぃ! じゃあ、また後でな!」

 ジャックは楽しそうに手を振りながら駆けて行き、そんな後ろ姿を呆れたように見詰めていたら、父と長老が何やら話し始めてしまったので、私は会場を見回した。
 そして、ふいに目の端を過ぎる見知った横顔。

「……え?」

 居るはずがない、彼がこんな場所に居るはずがない。そんな話も聞いていないし、そんな事はありえない。

「ルイ?」
「父さん、私、ちょっと、野暮用!」

 驚いたような表情の父をその場に置いて駆け出した。見間違えだと思う、だって彼がファルスにいる訳がないのだ、彼はそれこそここザガとは大陸の端と端と言っても過言ではないランティスの首都メルクードで仕事をしているはずで、その仕事は護衛任務であるのだから、その護衛する相手を放置して帰ってくる訳もない。
 人波の向こう側、金色の髪が見え隠れしている。ここザガにも金色の髪の人間がいない訳ではないが数は限りなく少なくて、その陽の光に輝く金色はとても目立っていた。

「ユリ!」

 声をかけたら彼がゆっくり振り向いた。それは間違いようもなく弟のユリウスで、疑問ばかりが頭の中を駆け巡る。

「あんた、何でこんな所にいるの!?」
「久しぶり、姉さん」

 尋ねた問いには答えずに、弟ユリウスはふわりと笑う。その気の抜けた笑顔は彼の専売特許で、やっぱり目の前にいるこの男は弟で間違いないのだとそう思う。

「あんた、カイトはどうしたの?!」
「カイト?」
「そうよ、カイト! あんたは今、カイトの護衛任務中のはずでしょ!」
「あぁ……そうだっけ、あはは、忘れてた」

 なんだか弟の様子がおかしい。その笑顔はいつものままの彼なのに、どうにも何かがおかしいと感じてしまう。真面目が取柄の弟が任務を忘れるなどありえなくて、思わず眉を顰めてしまった。

「忘れてたって、どういう事? まさか、あなた仕事放り出してここまで来たの?」
「う~ん、そうなのかな? それよりも聞いてよ、姉さん。僕、番相手を見付けたよ」

 にっこり笑顔を見せるユリウス。彼の一人称は騎士団に勤めだしてからは父に倣った「私」だったのに、まるで幼い頃の彼に戻ったような言葉遣いでにこやかにこちらを見やる。

「ユリ、あなた大丈夫? 熱でもあるの? それに番相手って……」

 ユリウスが妹のヒナノと共にルーンに暮らす少年ノエルにご執心なのは2人の様子を見て知っていただけに、その言葉にもどうにも戸惑ってしまう。
 もしや件のノエルと番関係を結んだという話だとしたら、彼はベータで色々と問題もありそうだし、妹のヒナノにその事実をどう告げていいかも分からない。

「彼女の名前はミーア、もうお腹の中に子供もいるんだ」
「え!? ちょっと待って、ユリウス、それ本当の話!?」

 全く聞き覚えもない女性の名前に更に眉を顰める。弟の言う話が真実であるのならこれは由々しき事態だ。結婚の挨拶も済ませていないのに、既に子供が出来ているなんて、母が聞いたら卒倒しそうな話だし、きっと父も大慌てのはずだ。
 私の心もどうにも複雑で戸惑いを隠せないのに、当の本人は「うん、本当だよ」と、何の邪気もない笑みを見せるので、戸惑っている自分の方がおかしいのか? と、困惑の表情を隠せない。

「その子も今日ここに来てるの?」
「ううん、来てない。お腹の子が大事だから、今日は無理」
「その子、どこの娘さんなの?」
「スランだよ」

 『スラン』聞き覚えのない地名だ、それはきっとファルス国内の地名ではないと思う。

「ねぇ、ユリウス、私はあなたに聞きたい事がたくさんあるみたい、私と一緒にいらっしゃい」
「そうなの? でも、ごめん、今日はあんまり時間がないんだ」
「時間?」
「そう、もうじき狼煙のろしを上げるから……」
「狼煙?」

 ますますもって何を言っているのか意味が分からない。首を傾げると、急に一陣の風が吹きぬけた。

「きゃっ!……何!?」

 あまりの強風に思わず目を瞑ってしまい、次に目を開くともう既に弟の姿はそこにはなく、思わず周りを見渡した。

「ユリ……?」

 自分は幻でも見ていたのか? いや、そんなはずはない、彼は確かに今目の前に居て、私と話をしていたはずだ。

「ユリ、どこ? 隠れていないで出ていらっしゃい!」

 妙な胸騒ぎがする、先程の強風で屋台の屋根が飛んだのであろう店の者が右往左往している。そして、妙な事に先程まで綺麗に晴れ上がっていた、青空に雲が広がり始めている。

「どういう事……?」

 こんな急な天候の変化は明らかにおかしい、それは人の成せる業ではないが、その変化が恐ろしくて仕方がない。

「ユリ! ユリっ!!」

 何かがおかしい、これは悪い予兆だ。居ても立ってもいられなかった私は、どこに向かっていいのかも分からないまま駆け出した。



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