狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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朝の空

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 朝方に、物音が聞こえた。
思わずハッとして起きたが……蘭紗様の顔がすぐ側にあって一瞬訳が分からなかった。
そして徐々に心に幸せが浸透してくる。

そうだった!
僕たち昨日!

顔がボッと熱くなる、見なくてもわかるよ、今きっと真っ赤っかだよね。

「起きたのか?薫」
「……! あ! 起こしちゃった!」
「いや、大丈夫だ。気にするな」

蘭紗様は美しい長い髪をさらりと揺らし、薄く目をあけてほんわり笑っていた。
後にはゆらゆらと揺れる綺麗な毛並みのしっぽ。
あれ?……
なんだか、昨夜の蘭紗様と少し違うような……

「って……ええええええ!!!!!」

蘭紗様は驚いて、僕を抱きしめた。

「落ち着くんだ、薫……」
「はい! はい! 僕は大丈夫ですけど、あの! 蘭紗様あの! しっぽがたくさんあります!」
「ああ、これか」

蘭紗様ははらりと上掛けを取り、しっぽを見せてくれた。
しっぽはふりふりと機嫌よく振られていて、どう見ても3本ある。

「昨夜、薫が寝た後なんだが、体の中の魔力がこのように形を変え安定したのだ。尾が9つあるのが王族としての完全体だと言われているが、ふつうはひとつだから、おとぎ話だと思っていたよ」

そう言って蘭紗様は楽しげに微笑んだ。

「我もよくわからないが……しかし今生まれて初めてなぐらい体が軽い、そなたと結ばれたからであろうな」

銀色のお耳もピン!と誇らしげに立っている。

そういえば……
九尾の狐っていたような……

「あの! ここのみなさん、獣人さんですよね! もしかして蘭紗様は狐さんなんでしょうか?」
「確かに、我は狐だ。まあでも、国中の者がみな狐というわけではないのだがな。この国の王族は代々狐なのだ……そこは初めに伝えたほうが良かったかな?」
「なんとなく……狼とか狐とか犬とかそのへんかな?と思っていました」
「なるほど薫にとってはその辺は一緒に見えるということなのか?」
「いえ、耳としっぽしか見えないのでよくわからないってのが本音で……気を悪くしました?」

蘭紗様はフっと笑って僕の髪の毛を指で梳いた。

「そんなわけないだろう、我らはそれぞれ臭いでかぎ分けることができるが……まあ、何の種族かということはある意味重要だが、戦をしていない今はそれほど大事ではないので、薫は心配せずともよいぞ」

僕はほっとしてふと窓を見た。
暑くも寒くもないので、窓はあけ放たれている。
僕の部屋もそうなのだけど、ここは蘭紗様の結界の中なので、開けっ放しでも安全なんだって。

「空、まだ薄暗いですね」
「ああ、そろそろ夜が明ける頃かな」

蘭紗様はそばにあった薄い着物をはらりと僕に着せ帯をささっと結んでくれた。
驚く僕に軽くキスしてから自分も着物を羽織っている。

「空を飛んだことはあるか?」
「え?」
「薫の元いた世界では人は空を飛べるのだろうか?」

僕は一瞬ぽかんとしたが、どう伝えようか悩んだ。
これは、飛行機で飛ぶとかそういう意味ではない気がする。

「元いた世界には、いろんな飛ぶための道具や乗り物はありましたが、自分の力で飛べるわけではないので、飛んだことがあるか?と聞かれたら、無いです」

「その、道具や乗り物とやらが気になるが……では早朝の散歩に行こう」

蘭紗様のあたたかい手に引かれて、2人で庭に降りた。
この世界の庭は日本庭園そのものだ。
もしかして過去に日本から植木職人とかそういう人が来た事あるんじゃないのかな……

「では参ろう」

蘭紗様はサッと僕を横抱きにしたかと思うと、スッと上に飛びあがった。
体に何も力を入れずに、さりげなく空へと上がったのだ。

「!!」
「薫に我が国を見せよう」

僕は優しい腕にしっかりと抱かれて今、空飛んでます!

何も言葉が出なかった。
自分の体が空を飛んでいる。
自分で飛んでいるわけではなく、抱っこというところが締まらないけど、仕方ない!
飛行機とか気球とか、もっと身近で言うと、高層ビルから見る風景だったり、あるいは観覧車からの景色だったり……
これまでもたくさんの高いところの視界は経験してきたけど。

……ちょっとこれはまるで次元が違うんだ。

身に直接当たる風、何かに乗っているのではなく生身のまま空にいる。

高所恐怖症でなかったことに心から良かったと思う。
最初は蘭紗様の顔ばかり見ていたけど、そっと横を見て鳥肌がたった。

「え、うそ」

眼下に広がる城下町の街並みの迫力と言ったら。

「決して落としたりせぬから、安心するがいい」

蘭紗様の優しい声を左耳に感じながら、明け方の街の俯瞰図に釘づけになった。
……素晴らしかった。
ちょうど、朝日が昇ってこようとして、少しづつ墨色の景色がこちらへ向かって順番に光り輝いていく。

そうか、こうやって夜は明けるんだね。

ふと体勢が変わって「ん?」と思ってよく見ると、蘭紗様がまるで水に浮かぶラッコみたいになって僕をお腹に乗せ、左手で僕を抱えていた。
ついでに三本のしっぽもソファーの背もたれのように僕を守ってる。
そして蘭紗様は自由になった右手で僕の頬を触る。

「蘭紗様! これじゃ蘭紗様が椅子みたいじゃないですか」
「いいんだよ、それより、なぜ泣く」
「え?」

蘭紗様は僕の涙を拭ってくれた。
あら?涙?

「……えっと今……感動してしまって、こんな美しい景色を蘭紗様の胸の中で空を飛んで見ているなんて、なんか夢のようで、それから少し……元の世界の家族を思いました」
「家族か……」
「父と母と、妹がいるんです……あちらの世界でもこうやって夜が明けていくんだなぁって」

蘭紗様は悲しそうな寂しそうな顔をして僕を覗き込んできた。

「そなたがこちらに来てくれて我は幸せだが、薫にとっては必ずしもそうではない部分もあるのだろう、お父上やお母上に会いたいか?」

蘭紗様は朝日を浴びて光り輝くように見える。

「会いたいというより、伝えたいです。僕は僕の居場所を見つけましたって。ずっと体が弱くて心配かけていたから……父は僕に跡を継いで欲しそうにしていたけど、どっちみち無理でしたから……体力なさ過ぎて。期待外れの息子だったんです」
「期待外れなどと……」
「父は代議士で」
「代議士?」
「あ、国の政治を行う人たちを私たちは選挙で選んでいましたが、その人たちのことをそう呼びます」
「なるほど、やはりそなたは身分の高い生まれなのだな」

僕は「あ!」と言ってバランスを崩したけど、何かにポヨンと反発されたようになって落ちずに済んだ。
透明の床があるみたい!

「わ!!落ちそうだった!いま!」

思わず下を指差して叫ぶと、蘭紗様はあたたかな胸に抱きしめてくれた。

「大丈夫だ、魔力で守っている、見えない壁があるのだよ」

僕はその声を耳のそばで聞いて、ゾクっとなりながら小さく頷いた。
あのね、いちいちカッコ良すぎるんですよ!

「それで、伝えたいことがあるんですが……僕は貴族でもなくて、身分の高い生まれとか、そんなのでもありません」
「なに?親が政治家なのにそんなわけあるまい」
「ええ、こちらではそうなのかもしれませんが、日本では貴族がいないんです、平民しかいません、政治家は平民が選挙で選ぶんです。とはいえ、代々政治家のうちのような家は特殊で、ありがたい事にお金持ちでもありましたから、裕福な暮らしをさせてもらってましたけど」

蘭紗様はしばらく思案していた。

「薫、すまぬが……」
「はい?」
「そなた、貴族であったということにしておく方が良いと思うのだ、色々面倒なやつらもいるのでな」
「あ、でもそれじゃなんだか嘘ついてるみたいで」
「いや、そこだがな、いかに平民であろうが、選ばれ政治を代々してるとなれば……それはもはや特権階級であろう」
「ん…… やっぱり蘭紗様鋭い」
「まぁ、だから貴族といっても差し支えないと、話を聞いても思うぞ、皆がそう誤解しているのだからそう思わせておこうではないか」

そういうものだろうか……
僕はずっと気にしていたことをやっと伝えることできて、なんだかすっきりした。
ふふっと笑って蘭紗様の手を握る。

「二人の秘密ですね!」

すっかり辺りは明るくなって、朝日に包まれる紗国がはっきり見えた。
足元にはうっそうとした森が見える。

「あの、森の中の丸い屋根の建物はなんですか?東京ドームっぽい!」
「東京ドームとやらがわからぬが、あれは魔術の鍛錬をする道場だ」
「へー!すごい!ではあの、湖?池のほとりの綺麗な建物は?」

なぜか蘭紗様は少しうんざりした顔になってため息をついた。

「あれは……図書館と研究棟だ」
「図書館!研究?ですか?なんの研究でしょうか?」
「……いずれ、連れてくが、今日はそろそろ部屋に戻るとしよう」
「はい!」

にこにこして振り向くと、蘭紗様は指で風を操り、トンと僕に当てた。そして丁寧な手つきで「これは防護壁だぞ」と言いながら何かを僕の周りに作り出した。

「ほら、薫、そなた一人で浮いておるぞ」
「へ? あ!!!!うそうそ!!怖い!てかすごい!!!!」
「さぁ、部屋に戻るぞ」

僕は必死の形相で蘭紗様の手を掴む。
蘭紗様の手に引かれ、空の中を二人で部屋に向かってゆるりと飛んでいく。
おっかなびっくりの僕は、空だというのに水の中のようにバタバタと手足を動かして泳ぐようにしていた。

「薫、大丈夫だ、決して落ちぬ、我が防護壁も作っているので安心だ。だから体から力を抜いて、さぁ」
「はい!はい!」

僕は素直にすっと力を抜き、浮遊する体を空に預けた。
さすが蘭紗様!
今蘭紗様のおかげで僕は空を飛んでいる!

「だが……今、防護壁はあるが、飛んでいるのはそなた自身の魔力でだぞ」
「へ?」

僕は「信じられない!」と叫んで思わず蘭紗様に抱きついた。

「嘘みたい!僕飛んでますよ!一人で!これは夢でしょうか!?」

「違うぞ、夢ではない。確かにそなたの魔力だ。出せるように促したがな、訓練すればすぐに自分で飛べるようになる」

「はい!うれしい!」

そのとたん、くるんと体が変な方向に回ってしまって慌てたが、蘭紗様は手をしっかりと握ったまま、僕の体を進行方向に向けてくれた。

「さあ、ゆくぞ」
「はい!!」

キラキラ光る朝日の中、僕の初飛行は一生の思い出となった。

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