狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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故郷

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 日本からこちらに来て、二か月が過ぎた。
こちらの世界は、地球と同じように太陽があって月の満ち欠けがあって、ほとんど違和感なく過ごせているし、暦もほとんど同じだ。

もしも二つの世界が同じように時が進むのなら、妹の手術はもう済んでいるはずだ。
胸のもやもやはたくさんあるけど。
僕が今住んでいるのは日本からは遠すぎて、手が届かない。
考えすぎたら病気になってしまうと、昨日も蘭紗様に気遣われたばかりだ。

……そうだよね、きっと大丈夫だ。
お父さんはちゃんとお見舞いに行ってあげたのかな?

「薫様、いかがされました?」
「あ、喜紗さん、すみません、少し日本のことを考えてしまいました」

今日は留紗と僕の2人が特別に喜紗に授業を受けているのだ。
僕が仕事を始めてしまったので毎日とはいかないけど、週に二度はご教授願っている。
喜紗さんは優秀でとても優しいし、留紗もかわいい。

「おや……」

喜紗さんの眉毛が下がってしまった。

「残してきた家族が気にならないわけがありませんからね、しかし思いつめないでくださいね」
「はい、蘭紗様に何でも聞いてもらってるので、大丈夫です」
「何よりですね」

留紗も手を止め心配そうな顔をしている。

「ごめんなさい、気にしないでね、留紗」

ああ、勉強中に僕ったら馬鹿だった。
空気を変えよう!

「あ、そうだ仙、書を持ってきて、用意してたんだった」

仙がにっこり笑って戸棚から巻物を取り出し、そして壁にある自在に掛け軸を掛けてくれた。

喜紗さんが息をのんで見つめている。
留紗は大喜びだ。
良かった。

「こ、これはもしや、以前お約束した、薫様の書ですか?!」
「そう、おそくなってごめんね、何を書こうか悩んじゃって」

床前看月光
疑是地上霜
挙頭望山月
低頭思故郷

……李白の五言絶句、「静夜詩」だ。
教科書で習ったし、一度書いたこともあった。

「薫様、これは……」

喜紗が興奮気味に聞いてくる。

「はい、日本のお隣の国の詩人の作です。これは今の僕の気持ちにピッタリな気がして。気持ちが入った方が良い書が書けるかもって思いました」
「薫様どういう意味なのか、教えてください」

留紗がぷるるんほっぺをふくふくさせて聞いてくる。
かわいい。

はじめは王子然と自分を「我」と呼び語り口調も王族のそれだったが、最近の留紗は僕が来たことにより王になる可能性がなくなり、臣下に下ることが決定したので、口調が変わってきている。

……前のあれもなかなか可愛かったんだけどなあ


「意味は……

寝台で月の光を見ていると

まるで地に降りた霜のようだ

顔を挙げて山の上の月をながめるが

気づくと頭を垂れて故郷を思っている」


留紗が可愛い目にいっぱいの涙を溜めて僕を見ている、喜紗も難しい顔をしてこちらを見ている。

「ごめんね、悲しい歌だと思っちゃうよね、でも、僕にとっては違うんだ。今の僕の故郷はここになるからね、だからこれは、ここを故郷と決めた僕の決心の歌と取ってくれないかな?」

留紗の涙がとうとう膝の上に落ちてしまった。
ごめんね泣かせてしまった。

「尊いことでございます、薫様。そのように覚悟をお決めになられたのなら、お嫁様として立派にこの国をますますの繁栄へとお導きくださるでしょう……喜紗には、何ができましょうか、薫様のお役に立ちたいものです」
「僕もです、薫様。そして素晴らしい書をありがとうございます。僕の一生の宝とします」

ひくひく泣きながら言うので、思わず膝に抱き上げたら、抱き付かれてわーわー泣かれてしまった。

感受性の強い子で、……そして頭の良い子だな。
本当に優しい子。
この子が僕を迎えに来てくれなかったら、僕はあの森の中で彷徨い、本当に阿羅国に拉致されていたかもと思うとぞっとする、本当にありがとうね。

「これ、留紗、薫様のお召し物が……」
「いいんですよ、それより授業が途中になってしまってごめんなさい」

ふふっと笑うと喜紗もつられて笑ってくれた。

「あの、相談なのですが」
「なんでしょう?」
「最近、蘭紗様のお仕事がものすごく増えていまして、まだ次の宰相が決まっていないようなのです。……すべての決めごとが蘭紗様にのしかかっているので、休めていないようで、心配なのです。僕が寝た後も起き出して仕事の続きをしているようで……」

喜紗は顔をゆがめて下を向いた。

「さようでございましょうなぁ。私がやっておりました仕事だけでも大変な量でございます、事務方がいかに優秀でもそれに指示せねばなりませんから、それだけで時間を取りますゆえ」
「……それで、手伝ってあげたいのですが、僕にはそこまでの知識がありません。やっぱり喜紗さんあなたの存在が必要なのだと思います、蘭紗様は言い出しづらいようですが、本心は戻ってきてほしいのでは思うのです、どうでしょう?」

喜紗はハッとして顔を上げた。

「ら、蘭紗様がそのように?」
「だいたいそういう感じのことを聞きました。もし、手伝ってもよいというのなら、どうかお願いします。喜紗さんが宰相を辞することになった理由が、僕に由来しているというのも、どうにも気になるのです。それはもう解決して僕はここに無事でいる。それでいいではありませんか。どうか蘭紗様を手伝ってあげてください」

喜紗は呆然とした顔でしばし瞬きをしていたが、やがて、綺麗な臣下の礼をし、留紗を自分の横に呼んだ。

「もったいないお言葉でございます、おそらくこの喜紗亡き後は留紗がお二人をお支えする職に就きますでしょう。親子ともども心からお仕えいたしますので、ご安心を」

喜紗さんの亡き後か……
僕は何年生きるのだろう。
この世界で蘭紗様と僕は人間にとっては永遠のような寿命をもらってしまった。
今いる人たちがいなくなっても僕たちは生きていくのだ。
こうやって命を繋いでいってくれる人たちに感謝しなきゃなぁって思う。

「ありがとうね、勝手にこんなことお願いしてごめんなさい」
「では、善は急げです、今から執務室へ行ってまいりますので、今日はこれでおしまいにいたしましょう」
「わかりました、本日もご教授ありがとうございました先生。……書は留紗が持って帰ってね」

留紗は笑顔で頷いた。
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