狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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冷酷無残な国1

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 僕は白い光に包まれて何も見えなくなった。
視界が全部白だ、上も下もわからない。

死んだのかな?

そう思ったんだけど、急に世界が暗転し、真っ暗なところにドサリと体が落ちた。
とたんに壮絶な吐き気に見舞われ、胃からしぼりだされるように全てを吐き出した。

誰かに丁寧な手つきで抱きかかえられ、優しく清められ、そのまま柔らかな場所に寝かされた。
優しい手つきで額を触られ汗をぬぐってくれる。

僕はやっぱり体が動かない。

ああ、違う暗いんじゃない僕の目が閉じているだけだ。
瞼は動かないし、声も出ないし耳も聞こえない。

恐怖でパニックになりかけた。
息ができない……
蘭紗様!

僕は顔に冷たいものを感じた、ああこれは涙だ、僕は泣いているんだ。

その涙を柔らかな布で優しく拭いてくれる人がいる。
さっきの人?
ああもしかして僕は倒れただけで、この介抱してくれているのは蘭紗様かも。
そんな希望が持ててきた。
こんな風に優しくしてくれる人は……

でも次の瞬間その淡い夢は散った。

やっと瞼が開いたかと思ったら、目の前にいたのは細い切れ長の目の知らない男だった。
髪も目も真っ黒で日本人に見えた。
僕の顔を覗き込んで心配そうな顔をしている。

助けてくれたの?

誰?

僕の口はぱくぱくするが声が出ない。

「薫どの、すまない。そなたを蘭紗から離してしまい申し訳ない。さぞ心細いであろう」
「だ、だれ」

僕はようやく出てきたかすれた声で必死に問うた。

「私は……波羽彦なわひこだ」

え?阿羅国!
ここは阿羅国なの?!

恐怖のあまりかすれた声で叫びこえをあげて、身を起こそうとしたが手がすべり、バスンと布団に倒れた。
体が震えてうまく動けない……
それでも必死に波羽彦王から遠ざかろうとするのだが、ふっとさみしげに笑って僕の体を支えてきた。

「や、やめて! さ、わるな!」
「っ違う、ひどいことはしない、だから落ち着いてくれ」

僕は優しく抱きかかえられて背中をさすられた。





「頼むから……怖がらないで、私の話を聞いてほしい」
「は、離れてく、ください」
「大きな声では話せないことなのだ、だからこのまま……怖いことはしないから」
「……っ」

僕は彼から敵意を感じないと気づき、力を抜いて体を預けた。

「……ありがとう」

波羽彦王はおとなしくなった僕に礼を言って、切れ長の目を伏せてため息をつき、泣きそうな顔で僕を見つめてきた。

「薫どの……やっと会えた」
「え?」
「私は薫どのがここに連れ去られてくることを知っていた、だけど私にはそれを阻止することはできなかった、そんな力は無いからだ」
「……」
「だが、信じてほしい……私は必ずそなたを蘭紗の元へ返す」
「え?」
「ここには味方と呼べる者は数人しかいない、その者らにそなたの世話を任せる。だから少しの間耐えてほしい」
「……あ、あなたは……王なの、で、は?……み、みかた、いない?」

その時、部屋がノックされた。
何かを言おうとした波羽彦王だったが、ハッとして言葉を飲み込み、僕を丁寧な仕草で布団に戻して扉をきつい目で見た。

「なんだ」
「波羽彦様、阿羅彦様がお待ちです」

扉の向こうから抑揚のない冷たい声が響いてくる。

阿羅彦?
え?阿羅彦って、この国を作った人では?

波羽彦王は視線を彷徨わせたが、もう一度僕の耳に口を近づけた、僕は一瞬ビクッとなったがおとなしくされるがままになった。

「これから我が父のもとにゆくが……その、あの人の前では我は力のほとんどを封印される、こればかりは如何ともしがたい……すまぬが耐えてもらうしかない……」
「な、なにを、さ……れるの……で」

僕は声がうまく出せなくなっていた。
そんな僕を波羽彦王は痛ましげに見る。
もう一度扉の向こうから苛々した声が聞こえてきた。
その態度が、一国の王に対してあまりのも無礼に思えて、心がざわついた。

「少し待て、お召し物が汚れたゆえ、着替えを」
「かしこまりました」

波羽彦王は一瞬躊躇したが、僕の着物を脱がせ始めた。

「や、やめ」
「違う……着替えてもらうだけだ、そ、その薫どのは女人ではないよな?確認だが」
「ぼ、ぼくはおとこ、です」
「……了解した」

僕の顔を見てすっと視線を逸らすと、僕の着物を脱がせていく、僕は自分で脱ぐ力が残ってなかったし、自分の吐いたものでひどく汚れていたので、それはありがたいとは思ったが、これから何が起こるのか恐怖でそれどころではない。

僕は下着姿にまで脱がされ、波羽彦王の持ってきた藍色の着物を着せられた。
厚めの生地で張りがあり、豪華な刺繍がしてあった。

小さく震える僕の体になるべく触れないように波羽彦王は素早く着替えさせてくれた。

額に汗しながらその作業を終えた波羽彦王は僕を立たせようとした。
だが僕は膝がガクンとして立てない。
細かく体も震える。

「……ぅ」

僕は流れる涙が止められない、これからどうなるんだろう。

「泣かないでくれ、頼むから」

波羽彦王のほうが泣きそうになって僕の涙を必死に拭いてくれた。
そして僕の膝と背中に手を回し、抱き上げた。

その反動で今朝侍女が付けてくれた白い花の髪飾りが落ちた。
チリンと鈴の音がした。

波羽彦王は一瞬それを視線で追ったが気にせずそのまま扉に向かった。

「開けよ」
「ハッ」
「おや、波羽彦様御自らお運びになられるので?」

湿った声で話す男の顔を見て僕は「……っ!」と声にならない叫び声をあげた。
顔が波羽彦王と同じに見えたのだ。
だが落ち着いて良く見ると、まったくの別人だとわかったが。
恐怖が去らずに手をぎゅっと握りしめた。
波羽彦王は僕を抱く手を少し強め、より胸に近づけ隠すようにしてくれる。

男はじっとりとした視線を僕に遠慮なく向けて、頭の先から足の先までじっくりと舐めるように見つめてきた。
そして何かすごく匂う。
不快な匂いだ。

「ルウ……早く行け」

波羽彦王の命令で、めんどくさそうに廊下を歩きだした。
石造りの冷たい廊下をコツコツと足音が響く。
僕は思わず波羽彦王を見上げた。
彼も僕を見つめてやっぱり悲しそうに少し微笑んだ。

どうしてこの人はこんなに悲しそうなのか。

「波羽彦か、入れ」

大きな扉の前に到着すると、ルウと呼ばれた嫌な男は姿を消した。
緊張しているのか、波羽彦王の体が少し揺れる。
ごくりと唾を飲み込んだのもわかった。

「す、少し息苦しくなるかと思うが、こらえてくれ、殺されたりはしないから」

苦しそうに息を詰めて話す波羽彦王を見つめるしかできなかった。

……ドタンと大きな音がしていきなり開いた大きな扉は、ギシギシ鳴りながらゆっくりと全開になった。

ハッとして扉の中を見るが、瞬間叩きつけられるように臭気が僕を襲う。
固い物体が当たったかのような衝撃で匂いの塊がぶつかってきたのだ。
僕は吐き気に見舞われた。

「うぐっ」

必死に両手で鼻を口を押える。
しかし目すら開けていられない臭気にもはや頭痛すらする。
助けを求めて波羽彦王の胸の方に顔を付ける。
波羽彦王も全身に汗をかき、顔を歪めているのがちらりと見えた。

尋常ではないこれは一体。

波羽彦王はよろけながら僕を抱えて前に進みだす。
部屋は暗く、陰々としていている。
窓の類が一切ない。
ほぼ暗闇の中、すこしだけ灯る明かりでボワっとなんとなく調度品の陰がわかる。

大きな椅子が見えてきた。
波羽彦王はそこに僕を座らせた。
椅子は布張りのはずなのにひんやりしていて嫌な感じにじっとりしている。

僕は波羽彦王の手が離れるのを本能で恐れ、彼の手を必死に手繰り寄せた。
波羽彦王はハッとして僕の顔を見つめたが、スッと視線を外し僕の手を優しい力ではずと、その手を僕の膝に置いた。

そして一人で部屋の真ん中に進み出る。

「父上、薫どのがいらっしゃいました」
「うむ」

僕は必死に臭気に耐え、目をこじ開け、声のする方向を見た。
そして衝撃を受けた。

ぶよぶよに太った老人がそこに座っていた。

はげた白塗りの顔に間違って描かれたような不揃いの眉、そして落ち込んだ目には光がなくよどみ、口には歯は無いようで深いしわが寄り、ふにゃふにゃと動く。
鼻は半分腐り落ちていた、そこには黒い血の塊のような物がぶら下がり蠢いている。
よく見るとそれは虫がたかっているようだった。

「う……うあああああああ! た、た、たす」

僕は我知らず叫び声を上げてじたばたと逃げようともがいた。
波羽彦王が弾かれたように僕を振り返り、駆け寄ろうとする。

瞬間、波羽彦王の体が吹っ飛び壁に叩きつけられ、床に落ちて、呻いている。
あまりのことに僕は体が張り付いたように動かない。

なんで?

「こちらへこい」

僕はのろのろと顔を老人に向けた。

「わからぬのか?こちらへこい、薫」

老人が話すたびに匂いがさらに濃くなる。
僕はまたこみ上げる吐き気をなんとか耐えた。

見ると、床に投げ出された波羽彦王は鈍く光る縄で縛りあげられている。
一瞬目が合ったが、再び見えない力で波羽彦王の顔が殴られ、口から血を吐きだした。

「っ!」

もしかして僕があの老人に従わないと、この人が殺されるのでは?と恐怖が増した。
僕はその推測が正しいような気がして、匂いに耐えその老人に近づいていく。
もはや目が開けられない、息もできない。
ひとたび呼吸をするとこみ上げる吐き気。

「うっ」

僕はあと少しのところまでなんとか歩いたがそこで床に這いつくばり、吐いてしまった。
何度も何度も吐き、もはや何も出ない。ほとんど胃液なのだろう酸っぱい味が口に広がりそれも不快でまたもや吐き気が襲う。

「ふん、めんどくさい」

老人は指を鳴らしたかと思うと、僕の体を浮かせ、目の前まで僕を運んだ。
目は開けられないが今目の前にあの顔があるとわかる。

ふうふうと老人の呼吸が鳴る。
どこからか漏れ出るような、おかしなな呼吸音だ。
そして更に濃度の増した悪臭。

「薫、薫か?……男のはずだが、はて」

ああ、今日僕は女の子のふりをさせられていた、お化粧も施されて。

「確かめるかの」

僕は嫌な予感がした。
僕は仰向けに空中で寝かされたまま、着物を脱がされる。
体に力は入らない。
されるがままに全裸にされた。

そして、ふうふうと呼吸音が股の方から聞こえる。
ポンポンと陰茎を突かれた。

「あるある、ついているではないか」
「……っ!」

僕の目に生理的に流れるものとは別の涙がさらに流れる。

……いやだ。さわらないで

「薫……おまえがここに来たならそれで本望だ、部屋にもどれ」

どうやら解放されたようだな……と感じた。
そして僕は意識を手放した。

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