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冷酷無残な国5 カジャル視点
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耳にフゥとケナの息が掛かり、反射的に逃げようとしたが遅かった。
その時にはもう体が動かず声も出せなくなった。
ああ、俺はおろかな男だ……もう笑いたくなるな。
そういえばこいつはこういう術を使うのだった、が、しかし今こんな満身創痍で使うと思わなかった。
そしてやはり予備動作もなしに、いつ使ったのかもわからないうちに俺にそれを掛けた。
「本当にお前は甘々のお坊ちゃんだな……危機感が無さすぎだ……まあいい、よく聞け、俺ら下っ端にわかることなんざ、ほとんど無いし、真実だと思っていたことがそうじゃないってこともあるだろうが……すでにお嫁様を攫われたってのなら、あきらめたほうがいい」
俺は額に汗が滲みだした。
「俺たちはお嫁様が何をされてるのかしらん、だが殺すために攫うんじゃない。だったらその場で殺した方が楽だからな。とすれば阿羅国の城にいるんだろう?……あと、俺たちがお前をコマにするというのは……お前とお嫁様を交換しようと思ってたんじゃない、それだけの価値は伴侶にはない……まあお前に言うのは酷だが、紗国はお前とお嫁様の交換なんて条件は絶対飲まない、いくら根白川家の息子であってもだ、わかるだろう?」
まあ、それはそうだろうとは思うが面と向かって言われるとへこむ。
「……お前の使い方だが、ただお嫁様をおびき寄せるためだ。俺たちがお嫁様のそばにいて視認できれば、あの方は転移魔術を使えるんだ、遠く本国からでもな……まあそんなことが出来るのは阿羅彦様だけだがな……」
ケナは話すのを中断してケホケホと咳をした。
そしていま、阿羅彦とこの男は言ったが……
「……ああ、クソが……体中がいてえよ」
大丈夫なのか?と気になって唯一動く目だけでケナを見ると目が合った。
「……ふ、お前はほんとにかわいいな……だがそんなに蛇の匂い引っ付けてるんじゃ俺のものにはもうならんだろう?あの大蛇と一緒になったんだな……良かったな」
そして俺の体はグイッと引っ張られてベッドに倒れた。
ケナは器用に手枷の鎖を動かし片手で俺を抱きしめ、もう片方の手で俺の頭を撫でた。
「なあ、俺たぶん殺されるわ……だから今お前に教えられることは全部教えたつもりだ、まあたいした情報じゃないがな、蛇の旦那にせいぜいかわいがってもらえよ……お前は甘ちゃんだから心配だが、あいつが傍にいるなら大丈夫だろ」
そう言って俺の顔を上に向かせ、口付けしてきた。
触れるだけの口付けだ、そして口を離すと名残惜しそうに顔を見つめてきた。
そして最後にもう一度唇に口付けして、俺の呪縛を解いた。
解かれたのがわかって跳ね起き、慌てて立ち上がったので椅子が転がって派手な音を立てた。
ベッドに寝ている男はふざけた雰囲気を潜めてまっすぐに俺を見てきた。
「どうせ身分の差があって無理だっただろうが、お前に会うのがもっと昔だったら俺もこんな死に方しなかったかもな」
「……っ! な、なにを」
「どうしても阿羅国へ行くっていうのなら、気を付けろ、相手はバケモンだ。阿羅彦さまは生きてるぞ」
「……いや、阿羅彦ってお前な……な!……おい!!!!ケナ!」
急に苦しみ出したケナに驚いて近寄ろうとしたが、扉がバンと開き先ほどの医者が駆けこんできた。
「どけて!」
医者は俺を横に突き飛ばす勢いでケナに近寄り、首筋や手首を触り、目を覗き込んでいるが、そのうちケナが口から泡を吹きだした、そして目がぐるっと白目をむき痙攣しはじめ、そして全身が白い光に包まれ始めた。
医者は弾かれたように後ずさり、俺の手を引っ張り部屋から出ると扉を乱暴に閉め、俺の上に被さった。
次の瞬間、爆音を立てて部屋が爆発した。
ドアは吹っ飛び粉々になって壁に突き刺さっている。
俺たちにはその破片が襲ってきたが、間一髪逃れた。
そしてその後は無音になった。
他の部屋や研究室からもバタバタと人が集まってきて、俺と俺にかぶさる医者を救出してくれた。
間一髪二人に大けがは無かったが、呆然とする俺に医者は必死に謝ってきた。
「すみません、カジャル様……この可能性を考えてなかったわけではないのに」
「何の可能性だ」
「この患者が殺される可能性ですよ! こんなところに閉じ込められてるので安易に近寄れないから大丈夫と踏んでいたのですが……遠隔でなにか行われたようです」
悔しそうに医者は呟いた。
……それを聞いて俺はハッとした。
さっきケナは……『視認できれば、あの方は転移魔術を使える』と言った。
つまり、味方さえいれば狙いを定められるということか。
では一体だれが、その目になった?
愕然としてへたり込んだが、こうしてはいられなかった。
「了解した、お前は何も悪くない、すぐに報告書を作成してくれ、そして王の執務室へ回すんだ」
「え?……あ、はい!」
医者はポカンとしていたが、目に光を灯し力強く頷いた。
俺は急いで蘭紗様と涼鱗王子の元へと向かおうとしたが、騒ぎを聞きつけて衛兵たちがドヤドヤとこちらに向かってくる、病室の前の狭い通路は俺を通す余裕がなくなった。
幸い天井が高いので俺はスッと飛翔し、衛兵たちを見下ろした。
「よいか、少しでも変な動きを……」
話そうとした時に嫌な視線を感じた。
ハッとしてそちらを見ると、汗を流し一人焦る男がいた。
その男は俺を睨みつつ他の衛兵とは逆に後ずさろうとしている。
っ……!
俺は急降下し、そいつの顎を蹴りあげ床に叩きつけ気絶させた。
「早く拘束具を! それから目隠しもだ!」
衛兵は戸惑っていたが、それよりも早く「ハイハイ」と言いながら医者が衛兵をかき分け手に持った拘束具を鳴れた手つきで掛けて、自分の首に巻いていたチーフを男の目にぎゅっと結んだ。
「お前は……なんか訓練を受けているのか?」
医者は「ん?」という感じで顔をあげて「ああ」といってにっこり笑った。
「はい、私の実家は暗殺部隊ですからね、一通りの事は」
「暗殺だと……であるならお前は、跳光家の者なのか?」
「はい、僑と言います」
「ふ……なら、先に言え」
「しかし私は家業を継いでませんのでね、医者ですし」
えへへと頭を掻くどこか掴めない男に頷いてから、俺は捕まえた間者とみられる男を塔に連れていくよう命じた。
◆
「カジャル……あのね」
涼鱗の目が怖い。
「なんだよ、いいこと聞きだせただろ?あと間者もあぶり出せた」
「そういうことじゃないんだよ」
涼鱗は俺を抱きしめてから鼻と鼻をくっつけ嫌そうな顔をした。
「なんで……別の男の匂いがするの」
「は?!」
「誤魔化しても無駄だよカジャル、あの男になにされたの?っていうか私は言ったよね、一人では行くなって、ああむしろ私がその男を爆死させたかったよ」
「っ……!」
「いい加減にやめろお前ら……」
うんざりした蘭紗様の言葉が低音過ぎない良い声で響く。
見ると心底嫌そうな顔でこちらを見ている。
「涼鱗、ちょっと離れろ、蘭紗様がほら」
その瞬間、涼鱗が口付けをしてきてべろっと咥内を舐めあげられ、ついでに鼻の先もなめられた。
「まあ、ゆるしてあげる」
俺を離し、拗ねたようにぷいっと窓を見やる涼鱗に笑いがこみ上げてくる。
この変人王子が俺のことに執着して来るのがたまらなく幸せだ。
「でさ、私、正式に蘭紗の臣下になったからね、もうこの国の人間だから」
「え?」
俺は瞠目するしかなかった。
「で、参謀として一緒に行くよ阿羅国に」
涼鱗の強く光る赤い目が俺を射貫く。
「そ、そうなのか……でも本国には」
「言わなくていいよ、まあ報せはするけど、前から話はつけてたからね……で、これの一件が終わったら結婚しようね」
俺の顔がボッと赤くなったのを見て蘭紗様がため息をついた。
「あのな、ここはお前らの私室ではなく王の執務室だ、しかもこんな緊急事態になにを」
「まあ、楽しみがないと力出ないじゃないの」
「お前は相変わらずだな……」
蘭紗様も少し笑っていた、こんな時でも涼鱗がいれば何とか自分を保てるんだなと感心する。
薫様が転移させられた時も、魔力を最大で放出してしまいそうになった蘭紗様を押さえこんだのは涼鱗だ。
あんなふうに威圧が全開の蘭紗様の体に近づいて抑え込めるのは、同じかそれ以上の魔力量が必要で、俺では不足だ。
実際俺も蘭紗様の威圧で動けなくなったのだから……それは周りにいた近衛部隊もそうだった。
……この二人がいればたいていのことは大丈夫そうだ。
なんとなくそう思った。
その時にはもう体が動かず声も出せなくなった。
ああ、俺はおろかな男だ……もう笑いたくなるな。
そういえばこいつはこういう術を使うのだった、が、しかし今こんな満身創痍で使うと思わなかった。
そしてやはり予備動作もなしに、いつ使ったのかもわからないうちに俺にそれを掛けた。
「本当にお前は甘々のお坊ちゃんだな……危機感が無さすぎだ……まあいい、よく聞け、俺ら下っ端にわかることなんざ、ほとんど無いし、真実だと思っていたことがそうじゃないってこともあるだろうが……すでにお嫁様を攫われたってのなら、あきらめたほうがいい」
俺は額に汗が滲みだした。
「俺たちはお嫁様が何をされてるのかしらん、だが殺すために攫うんじゃない。だったらその場で殺した方が楽だからな。とすれば阿羅国の城にいるんだろう?……あと、俺たちがお前をコマにするというのは……お前とお嫁様を交換しようと思ってたんじゃない、それだけの価値は伴侶にはない……まあお前に言うのは酷だが、紗国はお前とお嫁様の交換なんて条件は絶対飲まない、いくら根白川家の息子であってもだ、わかるだろう?」
まあ、それはそうだろうとは思うが面と向かって言われるとへこむ。
「……お前の使い方だが、ただお嫁様をおびき寄せるためだ。俺たちがお嫁様のそばにいて視認できれば、あの方は転移魔術を使えるんだ、遠く本国からでもな……まあそんなことが出来るのは阿羅彦様だけだがな……」
ケナは話すのを中断してケホケホと咳をした。
そしていま、阿羅彦とこの男は言ったが……
「……ああ、クソが……体中がいてえよ」
大丈夫なのか?と気になって唯一動く目だけでケナを見ると目が合った。
「……ふ、お前はほんとにかわいいな……だがそんなに蛇の匂い引っ付けてるんじゃ俺のものにはもうならんだろう?あの大蛇と一緒になったんだな……良かったな」
そして俺の体はグイッと引っ張られてベッドに倒れた。
ケナは器用に手枷の鎖を動かし片手で俺を抱きしめ、もう片方の手で俺の頭を撫でた。
「なあ、俺たぶん殺されるわ……だから今お前に教えられることは全部教えたつもりだ、まあたいした情報じゃないがな、蛇の旦那にせいぜいかわいがってもらえよ……お前は甘ちゃんだから心配だが、あいつが傍にいるなら大丈夫だろ」
そう言って俺の顔を上に向かせ、口付けしてきた。
触れるだけの口付けだ、そして口を離すと名残惜しそうに顔を見つめてきた。
そして最後にもう一度唇に口付けして、俺の呪縛を解いた。
解かれたのがわかって跳ね起き、慌てて立ち上がったので椅子が転がって派手な音を立てた。
ベッドに寝ている男はふざけた雰囲気を潜めてまっすぐに俺を見てきた。
「どうせ身分の差があって無理だっただろうが、お前に会うのがもっと昔だったら俺もこんな死に方しなかったかもな」
「……っ! な、なにを」
「どうしても阿羅国へ行くっていうのなら、気を付けろ、相手はバケモンだ。阿羅彦さまは生きてるぞ」
「……いや、阿羅彦ってお前な……な!……おい!!!!ケナ!」
急に苦しみ出したケナに驚いて近寄ろうとしたが、扉がバンと開き先ほどの医者が駆けこんできた。
「どけて!」
医者は俺を横に突き飛ばす勢いでケナに近寄り、首筋や手首を触り、目を覗き込んでいるが、そのうちケナが口から泡を吹きだした、そして目がぐるっと白目をむき痙攣しはじめ、そして全身が白い光に包まれ始めた。
医者は弾かれたように後ずさり、俺の手を引っ張り部屋から出ると扉を乱暴に閉め、俺の上に被さった。
次の瞬間、爆音を立てて部屋が爆発した。
ドアは吹っ飛び粉々になって壁に突き刺さっている。
俺たちにはその破片が襲ってきたが、間一髪逃れた。
そしてその後は無音になった。
他の部屋や研究室からもバタバタと人が集まってきて、俺と俺にかぶさる医者を救出してくれた。
間一髪二人に大けがは無かったが、呆然とする俺に医者は必死に謝ってきた。
「すみません、カジャル様……この可能性を考えてなかったわけではないのに」
「何の可能性だ」
「この患者が殺される可能性ですよ! こんなところに閉じ込められてるので安易に近寄れないから大丈夫と踏んでいたのですが……遠隔でなにか行われたようです」
悔しそうに医者は呟いた。
……それを聞いて俺はハッとした。
さっきケナは……『視認できれば、あの方は転移魔術を使える』と言った。
つまり、味方さえいれば狙いを定められるということか。
では一体だれが、その目になった?
愕然としてへたり込んだが、こうしてはいられなかった。
「了解した、お前は何も悪くない、すぐに報告書を作成してくれ、そして王の執務室へ回すんだ」
「え?……あ、はい!」
医者はポカンとしていたが、目に光を灯し力強く頷いた。
俺は急いで蘭紗様と涼鱗王子の元へと向かおうとしたが、騒ぎを聞きつけて衛兵たちがドヤドヤとこちらに向かってくる、病室の前の狭い通路は俺を通す余裕がなくなった。
幸い天井が高いので俺はスッと飛翔し、衛兵たちを見下ろした。
「よいか、少しでも変な動きを……」
話そうとした時に嫌な視線を感じた。
ハッとしてそちらを見ると、汗を流し一人焦る男がいた。
その男は俺を睨みつつ他の衛兵とは逆に後ずさろうとしている。
っ……!
俺は急降下し、そいつの顎を蹴りあげ床に叩きつけ気絶させた。
「早く拘束具を! それから目隠しもだ!」
衛兵は戸惑っていたが、それよりも早く「ハイハイ」と言いながら医者が衛兵をかき分け手に持った拘束具を鳴れた手つきで掛けて、自分の首に巻いていたチーフを男の目にぎゅっと結んだ。
「お前は……なんか訓練を受けているのか?」
医者は「ん?」という感じで顔をあげて「ああ」といってにっこり笑った。
「はい、私の実家は暗殺部隊ですからね、一通りの事は」
「暗殺だと……であるならお前は、跳光家の者なのか?」
「はい、僑と言います」
「ふ……なら、先に言え」
「しかし私は家業を継いでませんのでね、医者ですし」
えへへと頭を掻くどこか掴めない男に頷いてから、俺は捕まえた間者とみられる男を塔に連れていくよう命じた。
◆
「カジャル……あのね」
涼鱗の目が怖い。
「なんだよ、いいこと聞きだせただろ?あと間者もあぶり出せた」
「そういうことじゃないんだよ」
涼鱗は俺を抱きしめてから鼻と鼻をくっつけ嫌そうな顔をした。
「なんで……別の男の匂いがするの」
「は?!」
「誤魔化しても無駄だよカジャル、あの男になにされたの?っていうか私は言ったよね、一人では行くなって、ああむしろ私がその男を爆死させたかったよ」
「っ……!」
「いい加減にやめろお前ら……」
うんざりした蘭紗様の言葉が低音過ぎない良い声で響く。
見ると心底嫌そうな顔でこちらを見ている。
「涼鱗、ちょっと離れろ、蘭紗様がほら」
その瞬間、涼鱗が口付けをしてきてべろっと咥内を舐めあげられ、ついでに鼻の先もなめられた。
「まあ、ゆるしてあげる」
俺を離し、拗ねたようにぷいっと窓を見やる涼鱗に笑いがこみ上げてくる。
この変人王子が俺のことに執着して来るのがたまらなく幸せだ。
「でさ、私、正式に蘭紗の臣下になったからね、もうこの国の人間だから」
「え?」
俺は瞠目するしかなかった。
「で、参謀として一緒に行くよ阿羅国に」
涼鱗の強く光る赤い目が俺を射貫く。
「そ、そうなのか……でも本国には」
「言わなくていいよ、まあ報せはするけど、前から話はつけてたからね……で、これの一件が終わったら結婚しようね」
俺の顔がボッと赤くなったのを見て蘭紗様がため息をついた。
「あのな、ここはお前らの私室ではなく王の執務室だ、しかもこんな緊急事態になにを」
「まあ、楽しみがないと力出ないじゃないの」
「お前は相変わらずだな……」
蘭紗様も少し笑っていた、こんな時でも涼鱗がいれば何とか自分を保てるんだなと感心する。
薫様が転移させられた時も、魔力を最大で放出してしまいそうになった蘭紗様を押さえこんだのは涼鱗だ。
あんなふうに威圧が全開の蘭紗様の体に近づいて抑え込めるのは、同じかそれ以上の魔力量が必要で、俺では不足だ。
実際俺も蘭紗様の威圧で動けなくなったのだから……それは周りにいた近衛部隊もそうだった。
……この二人がいればたいていのことは大丈夫そうだ。
なんとなくそう思った。
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