狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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冷酷無残な国6

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 ……僕はどうしたんだっけ?
目を開けたけど、天井を見てもここがどこだかわからない。
頭がボーとして息がしづらく、手足がうまく動かない。
まとわりつくような異臭がほのかに……

っ……!

ハッとして身を起こそうとするが、まるで体がついてこない、ただのろく動くだけの自分の体に絶望した。

……蘭紗様!

蘭紗様に会いたい……
動かない体が震える。

「気づかれましたか?」

驚いて声の方を見ると女性が一人立っていた、黒い髪に瞳、顔立ちはどこかやっぱり波羽彦王に似ていた。

「あの、あの……」
「お湯、使われますか?」

その女性は適度な距離を保って近寄ってはこないようだが、静かに優しく聞いてくる。

「あ、えと……」

僕はあの気持ちの悪い老人を思い出し、身震いした。

「お、お願いします……」

女性は微かに頷くと、すすっと部屋から姿を消したが、やがて着替えを持って戻ってきた。

「お湯殿はそこにあるのですが、歩けますでしょうか?この気に当てられて、動けないのでは?」

僕はゆっくりと立ち上がろうとしたけど、どうしても足に力が入らない。
めまいもするし、吐き気もする。
泣きたい気分だ。
女性はおずおずと近寄り、手を貸してくれようとした。

「……お手伝いいたしますね」
「良い、下がれ私がしよう」
「……はい、では仰せの通りに」

静かに入室してきたのは、あちこち治療をされてガーゼや包帯だらけの波羽彦王だった。

「……薫どの、先ほどはすまなかった……その、私では嫌だろうが、身を清める手伝いをさせてくれないか」
「え、でもあなたは王なのでは?王自らそんな」
「見ただろう?」

波羽彦王は自嘲の笑みを浮かべた。

「私は傀儡の王だ……王とはいえない」

何も言えず、その痛ましい顔を見つめていたら、ふと首を傾げて微笑んだ。

「そんな顔をなさらないでください、私のことはいいのです。とにかく気持ち悪いでしょうから」

そう言って僕をさっきみたいにまた横抱きにしてお風呂に向かった。
お風呂は部屋のすぐそばにあり、そこそこの広さがあった。

波羽彦王はささっと僕の着物を脱がして、自分も脱いだ。
僕の目は見開かれる。
傷の無い場所が無い……それぐらい新しい傷と古い傷が入り混じるボロボロの体。
生真面目に鍛錬はしているようで意外にもきちんとついた筋肉はあるのだが、そもそもが痩せているのでとにかく細く見える。

滑ってはいけないからと、そこからも抱きかかえられ、そっとお湯をかけられた。
僕はそっと彼を見る。

顔にはあの時に殴られた跡が生々しく残っている。
左頬は張れ上がりそこにガーゼが貼られている、目も充血しほとんど開いていない、上半身にもたすき掛けに包帯が巻かれていた。

「僕より……波羽彦さんの方がよっぽど酷いじゃないですか、僕を抱えて大丈夫なんですか?痛いでしょう?」
「……いえ、痛くなんてありませんよ……慣れていますから、それより薫どのは歩くのもままならないでしょうし、息も苦しいでしょう……」

全てを諦めたような目をして僕に優しくお湯をかける。
そして、大事そうに僕を抱えて、2人で湯船に沈む。

「このお湯は、父の影響がないんです、だから匂いがないはずです、ゆっくりと温まってください」

僕はそういわれてあの臭気を思い出し、途端に吐き気を催し体をくの字に曲げた。

慌てた波羽彦王はおろおろとし、ぎゅうと抱きしめてきて「大丈夫です、絶対に何もさせませんから」と何度も言った。
しばらくして落ち着いた僕は、フゥと力を抜いて湯に浮かぶように体を任せ目を閉じた。
そして疑問点を回らない頭で考える。

「な、波羽彦さん……あなたは……あの人のことを父というけど……ほんとうなんでしょうか……」
「……父上は、阿羅彦といって、……この国を作ったその人です」

そんなこと普通は聞かされても4000年以上もの歴史があるというこの国の、その建国者が生きているなどと、何を馬鹿な……と思うことだろう。

だが……僕はあれを見てしまった。
あれをなんと形容していいかわからない。
そしてそれを父と呼ぶこの優しい薄幸な人……

「でも……あの……約4000年の歴史が……あるんでしょう?建国からは」
「そうですね……父は、父はとうの昔に……それがいつごろなのかは私にはわかりませんが……もう人間ではなくなっているんです」

僕は閉じていた目を開いた。

「……腐りゆく肉体を、己の強大で異様な、もはや魔力なのかなんなのかわからない力で、その腐り落ちる肉を繋ぎ合わせ何とか形を人型に保っているにすぎません。一刻一刻とあの人は腐りながらそれを修復しつつ生きているんです……ッフ……生きているって……なんなんでしょうね、あれを生きると称していいのか私も迷うところです」

我知らず体を震わせていたようで、波羽彦王が一生懸命僕の肩から腕を優しく撫でてくれた。

「……波羽彦さん、あ、あなたはそれで……あのひとの、ほんとうに息子だっていうんですか?」

波羽彦王は下を向いて唇を噛んで耐えるような顔になった。

「これから話すことは、外の人には信じられないことでしょう……ですが事実です、大きな声で話せないので、このまま話すことをお許しください」

そっと僕の耳に口を近づけてごく小さな声で話し出した。
僕は一瞬身を引いたが、波羽彦王のただならぬ覚悟を感じたので、僕も顔を近づけた。
そんな僕に彼は静かに話し出した。

「……父は、元々日本人でした。日本から紗国に異世界から渡ってきたお嫁様だったんです」


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