狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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冷酷無残な国9

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「ここからはどうなさるので?」
「まずは、薫の安否だ」
「相手がそこまで油断しているとするなら、薫様の奪還は簡単ではないしょうか、跳光部隊だけで事がすむかもしれませんね」
「いや……油断とは違うと思うのだが……」

「陛下! 父から連絡が……薫様のお部屋を突き止めたそうです。薫様は丁重に扱われ寝具で寝ておられるとか」
「……そうか」
「城の見取り図を持ち、2名がこちらへ来るということです、城には3名が残ります」

我は頷き、支援部隊の持ってきた椅子に腰掛けた。

そして黒い城をにらむ。

あの中にいるのは、愛する薫だけではない。
阿羅彦という……得体のしれない化け物と対峙することの恐ろしさを感じないわけではないが、こんなことを何度も繰り返すつもりはなかった。
なんとしてもこの機会を無駄にしてはいけないのだ。

出来上った薬湯が配られ、ぐっと飲む。

まずいともおいしいとも言えぬ……味も匂いもなく、ただドロリとし、いつまでも口の中でねばつくように消えてくれない。

まるで自分の心の中の不安が体現したような味だなと……黒い城を見ながらフッと笑った。

それを見越したように、ほのかに花の香りのする茶が配られる。
その香りで思わず薫を思い出す。
抱きしめると花の香りがする魂の片割れ。

「しかし……阿羅彦とは……まことでございましょうか?生きているなどと、あれは歴史学で少し習う程度の大昔の建国者ではありませんか……」

僑が今だ動揺しているようにぽつりとこぼした。
こぼした相手はカジャルだ。
そのまわりで軽食を用意していた支援部隊もぎょっとする。

「え……阿羅彦?」

我が視線で皆を制すると、片膝を折り話を聞く体勢になった。

「……ここまで来たら皆にも告げよう。波羽彦は傀儡の王にすぎぬ。というか代々の阿羅国の王は皆そうであった、全員が阿羅彦の息子であったと考えられる。そして、波羽彦と学園時代接触があった際、あやつは我に『父を殺してくれ』と願ってきた。その父は阿羅彦なのだと。やつの父は4000年を行き抜きここにいる、そして波羽彦は父のそばにいると一切の能力を封じられ何もできなくなる。だから我に『お嫁様が到来して力が覚醒したらどうか我が国を攻め滅ぼしてくれ』と頼まれたのだ」

皆のハッとした顔が一斉に上がり、我を見つめる。

「……しかしこれは、哀れな波羽彦の為ではない、我ら紗国がこれまで大なり小なり仕掛けられてきた阿羅国の所業の数々を清算してもらわねばと思っておる」

涼鱗が厳しい目つきになり赤い目に炎が灯るのがわかった。

「我は阿羅彦と対決することになるだろう……その際、皆はすぐにこのあたりまで退却するように」
「蘭紗、何言ってんの、一人でってことなの?」
「波羽彦ですら、力を封じ込められるのだ。お嫁様を得た我にならできると波羽彦が言った通り、その他の者には無理なのだろうと推測する」
「待て蘭紗……私は、残るよ?そのために私はお前の参謀になったんだからね」

赤く妖しく光る瞳からは寒いほどの冷気が漂い、その威圧に真後ろにいる支援部隊の者が「ヒッ」と腰を抜かした。

「……涼鱗、お前のことを守れる自信がない。おそらく我は自分のことで精一杯になるだろう」
「守ってほしいなんて思ってないよ、逆だよ蘭紗、私がお前を守るんだよ」

我は何も言えなくなって足元の固まった雪を見た。
解けることのない万年雪で固く氷のようになり、またそこに新しい粉雪が降り積もってきている。

「ただここに、一緒に旅行にでも来たと思ってるわけ?……ほんとにお前は酷い男だね」

顔を上げると赤い目がフッと笑って、肩に手を置かれた。

「蘭紗……お前が嫌がっても、もう私たちの運命は共同体なんだよ?」

我は友の赤い目を見て「ああ」と力無く頷いた。
化け物の元に連れて行っていいのか今でも判断は迷う。
しかしどう言ってもこの友は我を見放したりしないだろう、きっといつも傍にいて我を助けようとしてくれる。

「そうだな……では……我と涼鱗のみが阿羅彦を討つべく城に残る、その後は格将軍の指示に従い、皆はここまで退却せよ、良いな」
「ハッ!」

カジャルの悲し気な顔があるが、カジャルの魔力は高いが異能は持たずそれほどの訓練もうけていないのだから、ここまで来るのにも本当は反対だったぐらいだ。
一緒にここまで来てくれただけでも心強かった。
幼い頃からずっと傍にいてくれた大事なカジャル。
ようやく見つけた幸せをどうか守ってほしい、そのためにも涼鱗を死なせるわけにはいかない。
我の決心がより固くなる。

その時、スタと地に降り立つ者が二名いた。

「陛下、跳光家、束と納でございます。見取り図を持ってまいりました」

ここに降り立つまで一切存在を感知させない素晴らしい隠密だ。

「うむ、見せよ」
「ハッ」

支援部隊がサッと簡易の机を出し、そこに束と納が二つの図を同時に広げる。

「こちらの図が1階と2階と3階、そしてそちらが城の後ろの森に広がる離宮の数々になります……まず、準に説明いたしますと、あの四角い城は1階から3階まで間取りが同じでございます……我らが検分したところ特に秘密の通路もございません。敵に攻め入られるなどということは万に一つも計算に入っておらぬようです。……まず入口から離宮につながる裏門までが一直線にあります。その左右に部屋がございますが、一階は国民にも解放されており、手続きなども行う役所的な役割をしておるようで、ここには多くの役人が出入りしております。その数およそ100名、衛兵は城の入口に6名、そしてこの離れにつながる裏口に2名」
「しかし、顔がですね……あまりにも似ておりまして、もしかして数え間違いが生じているやもしれませぬ……」
「うむ、良い続けろ」
「ハッ……それから2階と3階はそれぞれ厨房や食事処、書庫や広間やその他普通の城と変わりませぬ。そして4階なのですが……」

束と納は顔を見合わせ顔の色を無くす。

「どうした」
「……いえ、その。申し訳ありません……ここから先はたどり着けませんでした」

聞いていた皆が一瞬ざわっとする。
あの跳光家の者の中でも一際手練れだけで組まれた城の潜入なのに、その彼らでさえたどり着けぬその先とは。

「異様な気と……それから……猛烈な悪臭に満ちており先に進めぬばかりが、首の後をつかまれたような恐怖も感じ、奥にいる何かは……我らがここにいて何をしているのかを見通しているのではと……そう思えてなりません」
「隊長も同じようにこれより先は足が進まぬと……そこで陛下より無理は絶対にするなとのご命令もありましたので、そこで打ち切り戻ってまいりました」

皆の顔から一切の余裕がなくなる。

「……こちらにあるのは離宮の見取り図でございまして、薫様はこの、一番奥のお部屋でお世話されておりました」
「……無事でいてくれたのだな……」
「はい、ご無事ではございますが……指一つ動かすのも努力がいるほど城に満ちる気に当てられております。そして息もうまくできないようで、額に玉の汗を浮かべられており、しかし気丈にも我らの心配をしてくださり……その傍らで薫様のお世話をなさる波羽彦王と共に、ここで静かに待っていると、それを陛下にお伝えしてくださいと仰せでございました」
「……っ」

我は逸る気持ちを押さえるのが難しかった、今すぐにも駆け出して薫を抱きしめたいと、そう魂が叫んでいる。

「それから、波羽彦王からは、こちらが戦いの準備をしていないのは兵を育てていないからだと……国が育てたのは魔術師の軍団で、それは各国に送られその目を通して全てのことが阿羅彦に見えていると。長年生きた阿羅彦の持つ異能の一つだそうです。そしてこの城のことも全て見えているが、この部屋だけは波羽彦王が防御を張っておられるので、全てまでは見えていないだろうと推測されていました。ですから長居は無用なので、早く退却した方がいいと申され、ここを突破できるのは蘭紗様以外に無いとも」

「推測は当たっていたな。やはり人の目を通して見、そして全てこの地にいながらあれほどのことをしていたのだな」

手をぐっと握りしめ、奥歯を噛み締めた。

「こちらの動きは……ほぼあちらに筒抜け状態だと思ってよさそうだな」

束と納は青白い顔で頷いた。

「急ぎ、隊長に連絡を取り、退却を命じよ」
「ハッ」

我は立ち上がり、皆を見た。
緊張しきった、しかし奮い立つ皆の顔、約40名の一人一人を見やる。

「連れて行くのは、将軍の2名と、参謀の涼鱗のみとする」
「陛下!」
「良いか、阿羅彦が生きているのはもう、決定的だ。そうであるなら普通の者には立ち向かえぬ。そなたらはここで観察し、逃げ出す阿羅国の民衆が万が一暴徒化などしたら鎮圧してほしい、ここでの大将にカジャルを据える」

カジャルが弾かれたように丸い目を我に向けてくる。

「良いか、カジャル大事な役目だ。いかに阿羅彦が化け物で倒すべき相手だったとしても、国民までも犠牲にすることはないと我は考える。どこの国の民も等しく言えることだが……皆慎ましくその日を大事に暮らしているに過ぎないと思うのだ。そなたが話したケナという男も庶民の出で、話を聞いたであろう?」
「……」
「では、頼む、無駄に命が落とされぬよう、しっかりと見張ってくれ」
「御意」

もうすぐ明けようとする朝焼けの空を仰ぎ見た。
空だけはどこにいても同じだ。
皆の上に太陽があり、夜になれば星空が見える。

薫の笑顔を思い浮かべ、我は2名の将軍と涼鱗と静かに飛翔した。


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