狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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アオアイの町18 カジャルの願い

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 俺の中にある拭いきれない不安は、俺が死んだ後も涼鱗がずっと生きていくこと。
何をどう言い繕おうとも、この不安だけは消えない。
俺のいなくなった後、涼鱗はどう生きるのだろうか。

「僑先生、いいだろうか?」
「あぁ、はいはい、カジャル様どうしたんです?改まって時間をなどと」

僑先生は相変わらずのもじゃもじゃ頭をぽりっと一回かいてから、椅子を勧めてくれた。
助手がお茶を運んできてくれたので、ありがたくいただく。

「人払いをお願いしたいんです」
「……穏やかじゃないですね」

困ったような顔で助手に人払いを頼んでくれる。
あとは空間魔法を使えばこの部屋の話はどこにも聞かれない。
俺は普通にそういうのは得意なので、さっさと張らせてもらう。

「で、カジャル様……もしかしてですけど、あの可能性のお話ではないですよね?」
「わかってくれてるのなら、話は早いな」
「ちょっと待ってください、あの実験をあなたでなど……バレたら私の命はありませんよ?」
「ウソつけ、お前を殺せるやつなんてめったにいないだろうが」
「……いや……そんなことないですよ、私医者ですよ?」

僑先生は心底困ったようにして項垂れて溜息をつく。

「カジャル様、良くお聞きくださいね。あなたは宰相夫人なのです、この国の二番目に偉い方の奥方なんですよ、その人を実験に使うなど、ありえませんよ?」
「しかし、万が一実験に失敗したとして、死ぬとはかぎらんだろう?」
「まあ、大方の予想では失明などです、つまり五感を何かを失う、または魔力障害を起こすという副作用ですね。実際にあの黒幕の男……名前はもうご存知ですかね?ちょっと前までは秘匿されていましたが、もうアオアイの牢にいるんで大丈夫でしょうが……せいと言うのだそうですよ、少しも清々しくない男ですから、完全なる名前負けといったところですけどねえ」

僑先生は早口で話すとお茶をすすった。

「清には何人も子分がいましたがね、その子分を作る際に自分の血液を分け与えていたようなんですよ。阿羅彦の血では濃すぎるのと、万が一自分より強い者が出現した時、立場が危ういという理由でね。その清が言うには、10人試して失敗はだいたい3人。ダメだった時は殺したと」
「ダメ?とはどのような」
「先程申した通り、失明や、魔力障害、肌が崩れ落ちたというのもございました。まあ長きにわたるのでほとんど記憶がないようで、つまり失敗すれば甚大な障害が残るわけです」

俺はごくりとつばを飲み込んだ。

「で、その清という男の血で長命になるという部分は、立証されているわけか?」
「そうですね、清自身は正確には156歳だそうです。そして一番はじめの部下が120歳だそうで、見た目は30そこそこという若さを保っており、清の血でも同じような作用が見られますね、更に魔力の質が阿羅彦に似ています。清ほどではありませんが、その男もかなり厄介なので、紗国でも船の上でも眠らせておりました」
「異能は?」
「清の異能はものを動かす力ですね、どんな高速のものでも瞬時に止めたり、またそこにあるものを動かしたりできます、意のままに」
「その他の部下たちは?」
「そうですね、長寿であることと、見た目が若く保たれているのは確かですが、異能はそれほど有益なものではありません、おそらくですが元々自身が持っていた才能が開花あるいは進化したものであって、血を入れたために新たな異能を授かったというものではないのでしょう」
「ふむ」

俺は、あの男が操る部下が暴れる阿羅国の市中を思い起こしてみる。
薫様を救出に向かった蘭紗様たちを見送った後、俺は残りの騎士を率いて都市の制圧をしたのだが。
そこで目立つ集団を見かけ念の為捕らえたのだ。そして彼らがきっかけとなり、清という男が近年傀儡になりつつあった阿羅彦の威光を笠に、すべての悪事を牛耳っていたことがわかったのだ。

市中で暴れるあやつら集団はまず、魔力量が桁外れに多かった。
そして聞けば見かけは若いのに皆老人のような年齢で面食らった。

魔力量はイコール生命力だ、多すぎて身を滅ぼす場合もあるが、逆にうまいバランスを取ればその魔力が続く限り生きていられると言われる。
つまりそやつらも、長生きできる体の強さと魔力量を持っていたということだ。

実際に龍族などはあふれる生命力を持ち、千年も万年も生きるのだというが……
まあ、これはまた別の話だろう。

紗国の王族は元来とても強い魔力の者を排出するのに早死が多いのは、お嫁様を得なければ入れ物である体の強化ができずに、壊れてしまうからだと言われている。
お嫁様を得た蘭紗様と薫様たちは今後何百年も生きるだろう。

そして蛇族の涼鱗もすごく魔力量が多い、そもそも子供に恵まれることが少ない龍族や蛇族は一人ひとりが長生きの傾向がある。

「俺は……死なない。必ず寿命を手にしてやる。だから僑先生、頼む」
「いや……どうしてそこまで」

僑先生は困惑して苦しげな顔で訪ねてくる。

「一緒にいてやりたいんだ、あいつは……寂しがりやなんだ」

僑先生は長い時間、俺の顔をじっと見ていた。
何かを推し量ろうとして見ている目ではない、本当にただじっと見つめてくる。
俺も、その目をじっと見つめ返し、時が止まったように感じた。

「……条件があります」
「条件?」
「蘭紗様か涼鱗様のお許しを、書面で提出願います」
「……っいや、それは」
「国の頂点のご意向とあらば、私は従いましょう。ですが、ただ愛する人のそばにいたいという個人的な事情のみで、人体実験などできませんよ」
「……ならば……」
「ならば?」
「薫様でどうだ?」
「は?薫様がなんですって?」
「薫様はこの……俺の決意を知っている、そして、万が一それを実行するときには、そばに付き添わせてほしいと、そう言ってくれている」

僑先生は絶句して視線をさまよわせた。

「つまり、薫様はこのあなたの無謀な挑戦を、無謀と知りながら後押ししてくださるというのですか?」
「……そう、だな」
「いや、違うでしょう。どんなに無謀か、また副作用があることもご存知ないからこそ」
「そうかもしれないが……薫様なら、文句あるまい?涼鱗より立場は上のはずだ」
「……」

黙りこくった僑先生はきつく握った拳を握り込んで、目を瞑って考えている。

「では……薫様に私から話しましょう。副作用のこと、失敗のした時のことをご存知ないのはよくありません。万が一の時薫様の心の問題もございます」
「……それはそうだな」
「では、そういうことで、これでお話はいいですよね?」
「いつ?話すんだ?」
「……急がずとも良いでしょう?きちんと研究しますよ。そしてある程度の目処がついたら、そのときにお二人をお呼びしましょう。そして私からの説明をいたします、よいですね?」

俺は詰めていた息をふうと吐いて体から力を抜くとともに、すこしふらついた。

こんなに緊張していたなんてわからなかった。
情けないことだ。

「とにかく、薫様一人に責任を押し付けるようなことにならないよう、十分考えて行動しましょう、私も考えますから」

僑先生は俺のその様子に気づいて熱いお茶をそっと出してくれた。
俺は遠慮なくそれを飲んで、そして部屋を出た。

なぜなのかはわからないが、俺は薫様と一緒なら絶対に成功するとの予感があった。
波羽彦のように予知などという大それた異能があるわけではないが、俺にはそう感じられる。

涼鱗のために俺は生きよう。
そのためにも僑先生の研究が早く進むよう願う。

……どうか俺が若く体力のあるうちに、それが行えますように。

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