狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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静かな夜1

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 今日は秋らしい荒れた天気となった。
急な豪雨と強い風、そして雷だ。

孤児院の補修が間に合わないだろうと報告を受けていたので、すぐに王家の別邸の一角を孤児院として使うよう指示していた。

そこは何代目かの王の側室が子を産み育てた邸宅で、城にいるのが嫌だと言いはった彼女のために王が建てたのだという。
詳しく語られていないので、何があったのか正確にはもう誰も知らない。

今そこは繭良家という名門の貴族が管理していて、王族がそこに訪れることはまずない。
普段は備蓄庫として穀物や冬のための野菜などが氷室に入っているし、庶民の祭りの際には巫女や司祭の待合になったりするため、どちらかというと庶民のために使われる公共の建物的役割が高い。

その一角に、子供の人数にちょうど適するだろうと思われる離れがある。
元々この邸宅の住み込みの従者らの宿舎として使用されていたらしく、生活に必要な水回り、そして何より個室がきちんとあることから、適切だろうと思ったのだ。

「移動は間に合ったのか?」
「そうですね、持って行かねばならない道具などもございませんでしたし……」

孤児院の補修や今後の人事、そして孤児らの移動の命を受けて動いていた葛貫かつらが苦笑いぎみに答える。
この男はカジャルの実家、根白川ねじろかわ家の跡取りだ。
カジャルの姉の婿となる。

まだ30前だが早くも頭に白い物がまざり、少し太った体で汗をかいている。
文官としてはまだまだ若いが、責任ある立場にあるのは根白川家を継ぐことが決まっているためという他に、この男の優秀さにもある。
のんびりしたように見えて鋭い視点で問題点を見抜くので、下のものには怖がられていると聞いた。

「報告で読んではいるが……かなりの惨状だったようだな」
「……はい、とても人が住んでいるとは思えない状態でして、あの場所に薫様がおいでになったなどと……にわかに信じがたく思えました」
「……薫も衝撃をうけたようだった」
「本当に……なぜ担当の者はここまでの院長の行いを見逃してきたのか、理解に苦しみます」
「しかし、その担当官も館の中には入ったことがなかったらしいではないか」
「そのようですね……しかし現状を見ることもせず認可をし続けていたなど、あってはならぬこと。さらに国のお金を使い込まれているということも知りながらとは……情けない話です……」
「そやつの言い分としては、自分より身分の上の者へ口出しなどできなかったという事だったが、やはりそうなのか?」
「……そうですね……そういう部分はありましょうが……私なら遠慮なく隅々まで精査し、然るべく通報したでしょうから、人によるでしょうとしか」

我は思わず苦笑した。
この実直そうな男は噂通り根白川家をきちんと継いで、そして国の仕事もきちんとこなし、やがて紗国の外交を担う根白川の地位にふさわしい男になるだろう。
サヌ羅は良い男を養子にしたものだ。

「離れには数多くの寝具が在庫にございまして、孤児らの人数分揃っておりましたので、そのまま買取といたしました。補修がすみまして院に戻る際にはその寝具を移動させます」
「そうか、あと人数が増えた時用にも、いくらか予備も用意しておくようにな」
「かしこまりました。それから、ベッドは一部腐ったりしておりましたので強度的も無理ということで、改めて子供サイズのベッドを購入となります。ああいったところに置くベッドですので、飾りなどを付けず頑丈で使いやすい形のものをと考えております」
「ベッドが腐る?」

我は思わず眉が寄る。
ベッドが腐るという状況がどうも理解できない。

「はい、薫様がいらした日はお天気がようございましたが、雨の日にはかなり雨漏りがしたようでして、その垂れる雨水に晒されて木製のベッドは腐ってしまったようです。同様の理由で天井、床、壁もかなりの傷みようでありまして……」
「思うのだが……もうそれは……建て替えた方が安上がりではないのか?」
「……実は……本日それを、ご提案申し上げようとしていたところなのです」
「……ふむ……しかしそれではさすがに予算が足りぬであろう?どうやら報告よりも更に酷かったようだな……早速勘定の方に連絡を」
「いえ、王家の方々の休憩所を作るわけではありません、庶民の子らの院なのです。堅牢で住みやすく、そして快適で健康的な生活が遅れる建物は、あの予算で十分に建てられます」
「そ、そうか?」

葛貫のあまりの勢いに我は一瞬押された。

「今後も新たな責任者には貴族の方がおなりになるでしょうが……実際に住み込み、そして世話をしたり教育をしたり躾たりする者は庶民でもよろしいのでは?と思うのです。ですから建物は貴族向けでなくても良いわけです。余計な装飾を省き、とにかく頑丈な建物を作りましょう」
「うむ、なるほど。子らに必要なのは清潔できちんとした建物と、あとは教育だな」
「勉強は不足分を補いながら、近くの分校へ通わせては?と思うのですが。自分の名前も書けないような有様ですので、まずは下地を作る必要がございますが」
「本校にはさすがに遠いか」
「それに分校は主に農村地区の子供が通いますので、そちらのほうが馴染みやすさもありましょう」
「荘園の子は?」
「荘園の主は庶民ではありますが、半分貴族のように贅沢に暮らすのです。もちろん本宅を城下町に構えておりますので、子を分校に通わせることなどないでしょう」
「そうか……」
「何かご心配でも?」
「いや……子を引き取ったことはすでに知っておるだろう?翠紗と名を付けたのだが。その翠紗は荘園に働きに出されていたのだ。孤児の子と罵られたこともあったらしい。まざりであることは気づかれていなかったようだが、孤児であることでそういう嫌な目にあっていたと聞いたので、他の子にも類が及ばぬかと思ってな」
「なるほど……確かに孤児であることは周りの目は厳しいかもしれませんね……しかしそれは碌な食べ物も与えられず痩せて、着物もボロ布で、体もめったに洗わぬゆえ匂いもひどく、文字も知らぬというその状態も良くなかったのでは?と思うのですよ。ですから、そこを改善してあげればと思うのです……まあ、いずれどの子も社会に出ていかねばならぬのです、分校ぐらいで躓いていたら先が思いやられます」

我は知らずに溜息をつく。
恵まれた地位の子供であった自分や、また貴族の生まれの葛貫にも想像はできても実感は一生できないであろう孤児らの境遇は本当に悲しい。
薫がこうやって問題にし、あきらかにしてくれたからこそ論じることもできるのだ。
本当に薫は美しい心の持ち主だ。

「それから、着物に関してですが。履物さえろくに無い状態の子供もおりましたし、着ているものはどれも汚れや破れが酷く、すべて廃棄いたしました。新しいものを各人に季節ごと3枚ずつと下着各3枚ずつ、靴を成長分も合わせまずは2つ。取り急ぎ配給しております。着物に関しては、今後みすぼらしくならない程度にお下がりで回すつもりなので、大事にするよう言い聞かせております」
「そうか……多少は人らしく暮らせそうなのだな?」
「それはもう、皆食事に目を輝かせ、新しい着物を見て感動し、広くて清潔なお風呂で神妙な顔つきで体を洗いあい、ピカピカになっております。今日の雨も新しい宿の離れにおりましたので、もちろん雨にあたったりもしておりません」
「わかった。では、あとのことはよろしく頼む、全面的に任せよう」
「光栄でございます!」

葛貫は嬉しそうな笑顔で太った体を折り曲げて礼をした。


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