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黄緑色の瞳
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昼食後、久しぶりに日誌の読み解きに夢中になっていた時、翠が倒れたとの報告が僕の元に届いた。
僕は研究所からすぐさま飛んで城へ戻り蘭紗様の執務室に駆け込んだ。
「蘭紗様!」
驚いた蘭紗様は持っていた書類をデスクに置いて、すぐに駆け寄ってきてくれた。
「どうしたのだ?」
「翠が!」
「翠がどうした」
「た、倒れたって!」
蘭紗様の顔色が変わり僕の手を握りしめ、「目を瞑るんだ」と言った。
僕は言われた通りに目を瞑る。
ぐにゃりとした独特の気持ち悪い感覚がして、次に目を開けるとそこはもう城の地下だった。
大きな鉄の二重扉をも越えて、直に空間転移で現れた王と王妃に働く医師や研究者はざわめいたが、すぐに病室に案内してくれた。
そこでは、僑先生が助手もつけずに一人で難しい顔をしていた。
「先生!」
「あ……良かった、お揃いで」
「どうなんだ?翠紗はどうしたのだ?」
僑先生は頭を一度ぽりっと掻いてからふぅーとため息をついた。
「全くわかりません、こんな状態は見た事がなくて」
「え?」
「悪いのか?」
「良くはありません。昨日の検診の時は何も悪いところがなく、まさに健康だったので安心してましたが」
僑先生の言葉に僕と蘭紗様は凍りついた。
ベッドには静かに寝ている翠が見える。
こんなに近くにいるのにまるで手の届かない距離にいるようで、不安が押し寄せてくる。
「今、どういう状況なのか、教えてください」
僕は落ち着かなくてはと深呼吸をしながら僑先生を見つめた。
「わからないのですよ、さっぱりなんですよ、息もしていらっしゃるし、心臓の音も悪くない。だけど意識だけがありません、校外授業でスレイスルウの花を標本にする際、乾燥紙に魔力を通す際にお倒れになったそうです」
「スレイスルウ……」
そうだ、僕はほんの数時間前、元気にスレイスルウの群生地に向かう翠の後ろ姿を見たばかりだった。
まさかこんなことになるなんて。
「その、乾燥紙に魔力を通すというのは、体に負担がかかるような事なのです?」
「いえ……ただ、翠紗様は魔力を使っての授業は初めてでしたでしょう。しかしそこは担任の者が付きっきりで指導していて、1度目は失敗したものの、2度目はうまくできたようです。そして、3度目の乾燥の時にいきなりお倒れになったそうで、教員が慌てて抱えて駆け込んでこられて」
「先生とお話できますか?」
「ええ、今隣でお休み中ですが、話は聞けるでしょう」
「というと?ラージ先生もお倒れに?」
「いえ、翠紗様のご様子にショックを受けられたのですよ、大事な殿下をお守りできなかったと」
「とりあえず……話を聞きたいと伝えてきてくれないか?状況をきちんと認識しておきたいのだ」
「わかりました」
僑先生は素早く病室を出て行った。
僕は恐る恐る翠の手を取った。
ちいさな可愛らしいそれは、働いてきた手だ。
この子はこんなに小さいのに、労働をしてきたのだ。
今は傷も汚れもなくきれいになっているけど、ここに来た時は傷だらけで火傷もあり、爪の間には訳の分からない汚れが染み付いて取れなかった。
侍女が痛がらないようにそっと爪のお手入れをしてあげているのを不思議そうに見ていた翠。
体の傷こそ、クーちゃんに全て救われたけど……
心はそうはいかない。
この子はあの生活を覚えているのだ。
あんなに苦労して、その上まだこんなわけのわからない不調に見舞われて……
変わってやりたい。
心底そう思う。
入院した妹を泣きながら看病している母を見たことがある。
こういう気持ちだったのだなと、ようやく理解できた。
「翠……」
蘭紗様が僕の手の上から二人の手を優しく包んでくれた。
大きな手とその暖かさに悲しくて涙が溢れる。
「蘭紗様、薫様、ラージ先生からこちらに伺いたいとのことで……いらしております」
僑先生の後ろに憔悴した様子のラージ先生が立っていた。
「蘭紗様!薫様!すみません!こんな事故がおこってしまうなんて」
「先生、やめて下さい頭を下げるなんて、先生はきちんとご指導してくださったそうじゃないですか、何が翠に起こってしまったのかわからないですけど、先生のせいではありませんから」
「ラージ、久しいな。幼い頃の我が師でもあるそなたを責めたりはしない。ラージは教師としてとても良く生徒の面倒をみてくれているのを、我は知っているのだからな」
ラージ先生は静かに顔をこちらに向けて、悲しげに目を伏せた。
「授業では……蘭紗様はご存知でしょうが……スレイスルウを採取し標本にすることが第一段階なのですが……その際に少し問題がございまして」
「問題?」
「はい、王族のお子様はただいま留紗様と翠紗様だけですが……その他の子らは各地から集められたよりすぐりの子らです。将来の楽しみな優秀な子がここに参りますので、魔力を使うことも慣れております」
「そうだろうな……しかし翠紗はそうではない……」
「はい……ですが、それは私がわかっておりますので、他の子らを助手の教諭に任せ、私は翠紗様に付きっきりでございました」
「……それは……きちんと対応してくださってありがとうございます」
僕は丁寧に礼を言った。
ラージ先生は首を横に振り、また目を伏せた。
「そこで、魔力を流すというのがよくわからないご様子でしたので、試しに水を張った桶を用意し、その表面を撫でるように力を込めるという方法を取りました、魔力に反応して水面が揺れたらいいということです。そうすれば自分の魔力が目に見えますので感覚を掴むのに良い訓練なのです」
僕は胸を抑えて椅子にへたりと座った。
なるほどそれは……僕にはフォローできない問題だったな……
学校に行くまでに準備してあげられたのは、簡単な読み書きと少しだけ数字に慣れ親しませただけだ。
僕はどこまで言っても地球出身の日本人なのだ。
魔力のあれこれは未だによくわからない。
「翠は……それをうまく操れたのでしょうか?」
「そうですね、2度目でうまく水面を波立たせたので、その調子で同じように乾燥紙に魔力を当ててくださいと次の段階に進みました」
「なるほど」
蘭紗様は僕の肩に手を置いたまま、頷いた。
「翠紗様は真剣な面持ちで挑まれ、一度目は失敗したものの、二度目で見事紙に魔力を通されました。標本にするには、3度の乾燥が必要でございますので……間をおかずに、二度目に挑戦していただいたのです……私からは……翠紗様の指先から魔力が少し出るのが見えました。しかし、その瞬間魔力が爆発したようになって教室が真っ白になってしまって……それが収まると床に翠紗様が倒れていらしたのです」
「ちょっとまって……なんだって?魔力を出したらその空間が白くなっただって?爆発したようにと今話しておられましたね?爆発とは違ったということですよね?」
ラージ先生は僑先生に必死に頷いた。
「ええ、あれは魔力爆発ではありません。それならば翠紗様自体がご無事ではいられませんし、指先から出ていた魔力は本当に微々たるもので……」
「なるほど……ちょっとまってくださいよ?」
僑先生は何やらブツブツと独り言ち、部屋から顔を出して廊下に向かって助手を呼びつけると、文献を何冊か持ってこさせた。
そしてすごい勢いで分厚い文献をめくっている。
話しかけられる雰囲気ではないので僑先生をおいて、僕と蘭紗様とラージ先生は困ったようにそこにただ佇んでいた。
……その時、翠のそばにクーちゃんが現れた。
小鳥ではなく、鳳凰の姿で。
「あ……」
僕は驚いて何も言えず、でも立ち上がって駆け寄ろうとした。
そうだ!クーちゃんなら、助けてくれるかも!どうしてもっと早くそのことに気づかなかったんだ!
僕はこれで助かったと嬉しくなって笑顔になった。
……その瞬間周りが光って部屋が真っ白になった。
この光は……確かクーちゃんが……翠の体を治したときにも……
僕は見たことのある光景に胸が踊った。
これで翠が助かるはず!そう思った。
部屋にいる大人達は光に飲み込まれたが、やがて光が収まり見えてきた光景に息を飲んだ。
「翠?」
病室のベッドの上にいたのは……少しくすんだ黄金色の美しいそしてとても小さな子鹿だった。
少し巻いた小さな角もかわいらしい。
そして、背には身の丈ほどもある天使のような羽が付いていた。
え?……
美しく輝くその子鹿は怯えたように鳳凰に寄り添い、そして僕をじっと見つめてきた。
美しい宝石のような黄緑色の瞳で。
「翠!」
僕は叫んでいた。
僕は研究所からすぐさま飛んで城へ戻り蘭紗様の執務室に駆け込んだ。
「蘭紗様!」
驚いた蘭紗様は持っていた書類をデスクに置いて、すぐに駆け寄ってきてくれた。
「どうしたのだ?」
「翠が!」
「翠がどうした」
「た、倒れたって!」
蘭紗様の顔色が変わり僕の手を握りしめ、「目を瞑るんだ」と言った。
僕は言われた通りに目を瞑る。
ぐにゃりとした独特の気持ち悪い感覚がして、次に目を開けるとそこはもう城の地下だった。
大きな鉄の二重扉をも越えて、直に空間転移で現れた王と王妃に働く医師や研究者はざわめいたが、すぐに病室に案内してくれた。
そこでは、僑先生が助手もつけずに一人で難しい顔をしていた。
「先生!」
「あ……良かった、お揃いで」
「どうなんだ?翠紗はどうしたのだ?」
僑先生は頭を一度ぽりっと掻いてからふぅーとため息をついた。
「全くわかりません、こんな状態は見た事がなくて」
「え?」
「悪いのか?」
「良くはありません。昨日の検診の時は何も悪いところがなく、まさに健康だったので安心してましたが」
僑先生の言葉に僕と蘭紗様は凍りついた。
ベッドには静かに寝ている翠が見える。
こんなに近くにいるのにまるで手の届かない距離にいるようで、不安が押し寄せてくる。
「今、どういう状況なのか、教えてください」
僕は落ち着かなくてはと深呼吸をしながら僑先生を見つめた。
「わからないのですよ、さっぱりなんですよ、息もしていらっしゃるし、心臓の音も悪くない。だけど意識だけがありません、校外授業でスレイスルウの花を標本にする際、乾燥紙に魔力を通す際にお倒れになったそうです」
「スレイスルウ……」
そうだ、僕はほんの数時間前、元気にスレイスルウの群生地に向かう翠の後ろ姿を見たばかりだった。
まさかこんなことになるなんて。
「その、乾燥紙に魔力を通すというのは、体に負担がかかるような事なのです?」
「いえ……ただ、翠紗様は魔力を使っての授業は初めてでしたでしょう。しかしそこは担任の者が付きっきりで指導していて、1度目は失敗したものの、2度目はうまくできたようです。そして、3度目の乾燥の時にいきなりお倒れになったそうで、教員が慌てて抱えて駆け込んでこられて」
「先生とお話できますか?」
「ええ、今隣でお休み中ですが、話は聞けるでしょう」
「というと?ラージ先生もお倒れに?」
「いえ、翠紗様のご様子にショックを受けられたのですよ、大事な殿下をお守りできなかったと」
「とりあえず……話を聞きたいと伝えてきてくれないか?状況をきちんと認識しておきたいのだ」
「わかりました」
僑先生は素早く病室を出て行った。
僕は恐る恐る翠の手を取った。
ちいさな可愛らしいそれは、働いてきた手だ。
この子はこんなに小さいのに、労働をしてきたのだ。
今は傷も汚れもなくきれいになっているけど、ここに来た時は傷だらけで火傷もあり、爪の間には訳の分からない汚れが染み付いて取れなかった。
侍女が痛がらないようにそっと爪のお手入れをしてあげているのを不思議そうに見ていた翠。
体の傷こそ、クーちゃんに全て救われたけど……
心はそうはいかない。
この子はあの生活を覚えているのだ。
あんなに苦労して、その上まだこんなわけのわからない不調に見舞われて……
変わってやりたい。
心底そう思う。
入院した妹を泣きながら看病している母を見たことがある。
こういう気持ちだったのだなと、ようやく理解できた。
「翠……」
蘭紗様が僕の手の上から二人の手を優しく包んでくれた。
大きな手とその暖かさに悲しくて涙が溢れる。
「蘭紗様、薫様、ラージ先生からこちらに伺いたいとのことで……いらしております」
僑先生の後ろに憔悴した様子のラージ先生が立っていた。
「蘭紗様!薫様!すみません!こんな事故がおこってしまうなんて」
「先生、やめて下さい頭を下げるなんて、先生はきちんとご指導してくださったそうじゃないですか、何が翠に起こってしまったのかわからないですけど、先生のせいではありませんから」
「ラージ、久しいな。幼い頃の我が師でもあるそなたを責めたりはしない。ラージは教師としてとても良く生徒の面倒をみてくれているのを、我は知っているのだからな」
ラージ先生は静かに顔をこちらに向けて、悲しげに目を伏せた。
「授業では……蘭紗様はご存知でしょうが……スレイスルウを採取し標本にすることが第一段階なのですが……その際に少し問題がございまして」
「問題?」
「はい、王族のお子様はただいま留紗様と翠紗様だけですが……その他の子らは各地から集められたよりすぐりの子らです。将来の楽しみな優秀な子がここに参りますので、魔力を使うことも慣れております」
「そうだろうな……しかし翠紗はそうではない……」
「はい……ですが、それは私がわかっておりますので、他の子らを助手の教諭に任せ、私は翠紗様に付きっきりでございました」
「……それは……きちんと対応してくださってありがとうございます」
僕は丁寧に礼を言った。
ラージ先生は首を横に振り、また目を伏せた。
「そこで、魔力を流すというのがよくわからないご様子でしたので、試しに水を張った桶を用意し、その表面を撫でるように力を込めるという方法を取りました、魔力に反応して水面が揺れたらいいということです。そうすれば自分の魔力が目に見えますので感覚を掴むのに良い訓練なのです」
僕は胸を抑えて椅子にへたりと座った。
なるほどそれは……僕にはフォローできない問題だったな……
学校に行くまでに準備してあげられたのは、簡単な読み書きと少しだけ数字に慣れ親しませただけだ。
僕はどこまで言っても地球出身の日本人なのだ。
魔力のあれこれは未だによくわからない。
「翠は……それをうまく操れたのでしょうか?」
「そうですね、2度目でうまく水面を波立たせたので、その調子で同じように乾燥紙に魔力を当ててくださいと次の段階に進みました」
「なるほど」
蘭紗様は僕の肩に手を置いたまま、頷いた。
「翠紗様は真剣な面持ちで挑まれ、一度目は失敗したものの、二度目で見事紙に魔力を通されました。標本にするには、3度の乾燥が必要でございますので……間をおかずに、二度目に挑戦していただいたのです……私からは……翠紗様の指先から魔力が少し出るのが見えました。しかし、その瞬間魔力が爆発したようになって教室が真っ白になってしまって……それが収まると床に翠紗様が倒れていらしたのです」
「ちょっとまって……なんだって?魔力を出したらその空間が白くなっただって?爆発したようにと今話しておられましたね?爆発とは違ったということですよね?」
ラージ先生は僑先生に必死に頷いた。
「ええ、あれは魔力爆発ではありません。それならば翠紗様自体がご無事ではいられませんし、指先から出ていた魔力は本当に微々たるもので……」
「なるほど……ちょっとまってくださいよ?」
僑先生は何やらブツブツと独り言ち、部屋から顔を出して廊下に向かって助手を呼びつけると、文献を何冊か持ってこさせた。
そしてすごい勢いで分厚い文献をめくっている。
話しかけられる雰囲気ではないので僑先生をおいて、僕と蘭紗様とラージ先生は困ったようにそこにただ佇んでいた。
……その時、翠のそばにクーちゃんが現れた。
小鳥ではなく、鳳凰の姿で。
「あ……」
僕は驚いて何も言えず、でも立ち上がって駆け寄ろうとした。
そうだ!クーちゃんなら、助けてくれるかも!どうしてもっと早くそのことに気づかなかったんだ!
僕はこれで助かったと嬉しくなって笑顔になった。
……その瞬間周りが光って部屋が真っ白になった。
この光は……確かクーちゃんが……翠の体を治したときにも……
僕は見たことのある光景に胸が踊った。
これで翠が助かるはず!そう思った。
部屋にいる大人達は光に飲み込まれたが、やがて光が収まり見えてきた光景に息を飲んだ。
「翠?」
病室のベッドの上にいたのは……少しくすんだ黄金色の美しいそしてとても小さな子鹿だった。
少し巻いた小さな角もかわいらしい。
そして、背には身の丈ほどもある天使のような羽が付いていた。
え?……
美しく輝くその子鹿は怯えたように鳳凰に寄り添い、そして僕をじっと見つめてきた。
美しい宝石のような黄緑色の瞳で。
「翠!」
僕は叫んでいた。
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