狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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宿命1 蘭紗視点

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 窓を雨が叩く音がしてきた。
また少し降り出したようだ、しっとりとした雨に濡れた空気の匂いがする。

「この広間は初めてだねえ……」

涼鱗とカジャルが2人で紗国の準正装でやってきた。
揃いの薄い紫を纏っている。
夫婦になったのだなと……少し微笑ましい。

今日はヴァヴェル王国を交えた昼餐会なのだ。
王家の集まりの予定を繰り上げたのだ。
年寄りも多いために昼餐としたのだ。

「ああ、そうだろうな……ここは紗国の王族が集まる広間だ。今日は色々とうるさいのが集まるが気にすることはない、皆涼鱗に会えるのを楽しみにしているからな」
「ふうん……結婚式でもお会いしたし、初めてじゃないけど……」
「だが、王族同士として会うのは初めてだろう」
「確かにねえ……」

涼鱗がふぅと盛大に溜息をついた。
その横で、カジャルは緊張でこわばっている。
この2人は、こういう正式な場があまり得意でないのだ。しかし実際始まると卒なくこなすのはさすがと言える。

「まあ、楽にするがいいさ」
「ああ、そうさせてもらおう」

二人共侍従に勧められ椅子に座り、辺りを見渡した。

「それにしても、すごい部屋だねぇ。さすが王族の集まる広間といったところ?」
「俺も子供の頃一度しか入ったこと無かったな……」
「各国からの来賓をもてなすのにも使うが、基本普段は使わないのでな、それはそうだろう」
「あ、二人共いらしてたんですね!」

明るい声が響き渡り薫が翠紗の手を引いてやってきた。
翠紗の支度に手間取っていたようだ。

「みなさま、こんにちは」

かわいらしい声で挨拶をしている翠紗は小さな体にきちんと紗国の準正装を纏っている。
頭には小さな冠もある。

「翠、かわいいねえ、似合うよ」
「なかなか似合うな!」
「うむ、良く似合っているぞ」

皆が褒めてくれたので頬を赤くして嬉しそうに笑っている。
この愛らしい子が霊獣の麒麟などと、これを見て誰が思うだろうか……

「ねえ蘭紗様……この翠の着ている衣装に覚えはありませんか?」
「ん?……特に……ないが……」

薫は「えー」っと言って口を尖らせて我を軽く睨む……が可愛らしいだけで少しも怖くない。
しかし、機嫌を損ねられるのは、困る。
……翠を見ると、白の羽二重の着物の上に黄色を重ね、その上に橙、地模様のある朱と重ねて袴は紺色だ。
袴には白銀で美しい文様が刺繍されている。
王子の平均的な装束であるが……

「これ、蘭紗様のお小さい頃の衣装なんですよ、翠の正装の用意が間に合いそうにないと相談したら侍従長が出してきてくれたのです」
「へえ!蘭紗の?!」
「そうなんです!かわいいでしょう?」

薫は翠を抱き上げて頬を重ね合わせている、翠は嬉しそうにされるがままだ。

「そういえば、覚えはあるが……王子は皆そのような支度であるからな……ああ、翁たちが来たようだぞ」

にこやかな顔で次々と入室してくるのは総勢50名といったところか……本日は特別な顔合わせがあるので普段出てこない側室も連れてきているようだ。
それぞれが挨拶しあい、そして興味深げに翠を見つめている。
その瞳の色に厳しいものはない、さすがに歓迎せざるを得ないだろう。
なにしろこの国にもたらされた霊獣なのだ。

「紗国王陛下、本日はお招きに預かり光栄でございます」

最後に少し遅れて案内されてきたのは、ヴァヴェル王国の先代の王弟殿下だ。

「これはこれは……素晴らしい設えですなあ」

紗国風の粋を集めたこの広間は、各国の来賓が必ず通されるところでもある。
誰から見ても美しく整っているだろう。

「こちらこそ……わざわざお出でいただきまして、このたびは我が国のことでそちらの陛下にはご足労おかけしているところですし」
「ふぉっふぉっふぉっ陛下はまだまだ幼体、じっとしておれぬのだから、お使いを頼むぐらいでちょうどよいのですぞ?」

勧められるがまま、我の横に座る威厳ある龍族の前王弟殿下は皺深い顔を我に向け頷いた後、皆を見渡し優しく微笑んだ。

そして乾杯となり、宴は始まった。

「私ら龍族はあまり外と深く関わってこなかった……しかし我が君はそうではないようで積極的に友を作り仲良くしていこうと意欲を見せておられる。私らの時代とは違い、これからはこのように学友たちと共に世界を担っていくとすれば、それもまた美しい世となろうと思う。その一環として紗国には多大なる負担をおかけするが、遊学という名目でこちらへ陛下をお預けすることになったゆえ、皆様方にはどうぞ我が君のことをよろしくお願いしたく思いまする」

朗々とした低く響く声で話し終わり、また笑顔になると場がパッと華やかになった。

「そのような!我らこそが光栄に思っておりますことですぞ?あのヴァヴェル王国の王がこの紗国を学びの地に選んでくださるなどと」
「そうでございます、何も負担など……むしろ良いことばかりでございます、龍族とお知り合いになれるなど、このような機会を得られて本当に嬉しく思います」
「まことそうであるのう……我らの頃には龍族の知り合いは一人もおらなんだ」
「蘭紗様が学友として仲良くされていたとは……素晴らしいご縁でありますな」

翁たちは口々に感銘を受けた事を話し出し場は一気に賑やかになる。
その様を嬉しそうに見つめる前王弟殿下は「ほう」と呟き、翠を見つめた。

「さようか……覚醒なされたようですな……霊獣であられたか」
「はい……もしや、前王弟殿下はこのことをご存知だったのでは」

我は、前王弟殿下が優しげな眼差しで翠を見つめる様を不思議な思いで見つめた。

「ふぉっふぉ……さすがにそこまではのう……しかし、魂の形がなんとも不思議だったものでな、人であり人でないような……不思議なものを感じたのは確かであるな」
「人であり人でない」
「うむ……薫殿とそなたはピタリと合わさるまさに2人で一つの魂だが……その2つの魂を合わせた形に見事に一致する魂など……もはや神の領域であろう、そう思ったまでだ」
「……そうですか」
「しかし、あのような無垢な者を虐げる世界は、正常とはいえぬであろうな。理不尽が重なりゆくのが人の定めであろうとも、気づいたらそこで直してゆかねばならぬのは為政者の役割であろうからな。蘭紗殿ほどの方ならばそこは私が言わずとも、もちろんそのようになされるであろうがのう」

我は知らずに頭を垂れ、前王弟殿下の言葉を静かに聞いた。
染み入るように心にすっと入ってくる。

「知らなかったこととはいえ……1万年に及んでこのようなことを繰り返してきた我が国の罪を……神は許してくださるのでしょうか」
「……神に人と同じ時間の観念があるかどうかは……どうでありましょうな?」
「時間の観念」
「さよう、神からすればほんの一瞬の事でもあろうと言うことだの。大事なことは、気づいたという事実でありましょう。それに、蘭紗殿は本当に周りに恵まれておいでだ。あのように可愛らしく優しい心根のお嫁様を、その手に入れただけでなく、優秀な研究者や医師、そして学友達に囲まれて……その中に我が君が入っておることが誇りに思えますぞ」

我の胸は激しく打ち震え、言葉を繋げられなかった。
この方のおっしゃることは、神の言葉にも等しいと思わざるを得ない。


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