狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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隠された思い2 蘭紗視点

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「ああ、そうだな」

我も笑顔で答え、暗くなりだした窓の外を眺めた。
間もなく僑を含む跳光の部隊が捜索を開始するだろう。
あの家の者ならば、昼と夜の違いなく山を駆け巡る事ができる。

暗いところでの夜目が効くのだ、それは異能ではなく獣人である我らが鍛えたからできることであって、我も、そしてまた涼鱗もできなくはない。

だが、この天気だ、危険なことに変わりはない。
一刻も早く見つけ出さねばという焦る気持ちももちろんあるが……幼い頃から慣れ親しんだ跳光の者たちの安全のほうが我には気がかりだ。

「まあ、そう心配しなくてもね。あれらは本当に有能なんだからね……」
「そうだな……そのことに心配はないのだが……この天気だ」
「まあ……そうだよねえ……本当に強くなってきた」

夕刻までは比較的小降りだったが……今は叩きつけるように雨が降っている。
この雨の中外にいるだけで普通のものならば体力を消耗するだろう。

「お前も色々と疲れただろう。今日は早めに休んでくれ」
「うむ……蘭紗もそうだよ?」
「ああ、そうしよう」

我らは顔を見合わせて頷きあった。

嵐のために夕暮れもなくすでに暗くなった廊下に出ると、薫の侍女長が立っていた。

「どうした?」

我は少し驚いたが、思いつめた顔つきを見てなんとなく用向きを察した。

「……陛下……私のような者が直接申し上げるのは良くないこととわかっているのですが……お嫁様に関わることであれば、私も他人事ではありませんので、一言だけよろしいでしょうか?」

薫の侍女達は皆、お嫁様のためだけに集められている。
その瞳からは、お嫁様付きの侍女になるために生まれ育った者の覚悟を感じる。

「やはりその事か……」
「あの、何か進展はありましたのでしょうか?」
「……一応……これはまだ内密だが、先代のお嫁様が紗国内で囚われ監禁されていたことがわかった」
「え……」

侍女長は一瞬怯み、体を震わせた。
まさか紗国内に監禁されていたとは誰も思うまい。

「その……ご無事なのでしょうか?」
「それはまだわからぬ、捜索隊を放ったところだ」
「……母達に連絡を取ってもよろしいでしょうか?」

涼鱗は一度思案顔になったが、ハッとしてから頷いて笑顔になった。

「そなたらの母ということは……先代のお嫁様のために集められていた侍女達ということだよねえ?」
「はい、そうであります」
「ならば……お戻りになった時に一番に必要な者たちじゃないの!」

涼鱗は何度も頷きながら笑顔になって侍女長を見つめた。

「はい、私達はみな薫様の侍女でありますから、先代のお嫁様のために働くことはできません。しかし私達の母たちは皆、里に戻されてはいますが元気にしております。皆を呼び戻し、お迎えの準備をすることをお許しくださいませんか?……お辛い目に遭われていたお嫁様のお心を少しでも癒すことができますように」

我は怒涛の展開に少々疲れた頭で考えを巡らせた。
このように侍女長が勇気をもって話してくれなければ、このことを思い出せずにいたかもしれない。
父のお嫁様が生存していたら、薫の侍女らについでに世話を頼めばよいとはならない。
考えの至らなさに我ながら苦笑した。

「ああ……それは……気が付かなかったな……そなたらはお嫁様に対する教育を受けているのだ。我らにはわからないことも多くあるのだろう……よかろう。ではそなたに命ずる。先代のお嫁様付きの侍女をもう一度集め、そしてお迎えの準備を……ああ、しかしまだ……ご無事かどうかはわかっていないことは、しっかりと伝えるように」
「了解いたしました」

侍女長は泣きそうな笑顔できれいな礼をして去っていく。

「……確かに、忘れていたよね。このこと」
「というかまだ、生存の確認すら取れていないのだが……」
「だけどこの準備は早めにしたほうがいい。あまりいい環境にいなかっただろうお嫁様が生きていらしたとしたら、それを受け入れる方も覚悟がいるよ?」
「そうだな……」

我は靄がかかったように動かない頭を振って、もう一度涼鱗と別れを言うと、翠紗の部屋に向かった。
翠紗と薫は、この時間ならば一緒に過ごしているはずだ。

結局、薫は翠紗の乳母をおかず、自分で育てることを選んだ。
何から何まで翠紗の面倒を見て、丁寧に毎日を過ごしている。

あの様子を見て我は自分の母を思った。
我は母を知らぬから……カジャルが我の元に来た幼き頃は、カジャルの母の思い出をよく聞きながら眠ったものだ。

物心ついた時から一人で寝ることが普通だった我には、それ以外のことなど考えたこともなかった。
しかし翠紗は今、眠りにつくまでずっと母の薫が付いている。
そして、眠った顔を幸せそうに見つめてくれる母の元で翠紗は育っている。
それを見ていて、このような幸せがあったのかと今更ながら思った。

大人になった今、愛する薫と夫婦になり幸せになっているのに、どうしても母への渇望というものがなくならない。

我はフっと軽く笑み、自分を愚かに思った。
薫はいつか言った。

考えても仕方のないことを思っても良くない考えに行き着くだけ。

本当にそのとおりだ。
我には母の思い出はないが、確かに母から生まれここにいる。
産んでくれた母がいることが大事なのだ。
もうそれでいいではないか。

「きゃはは!!」

翠紗の笑う声が廊下まで響いて我は思わず頬が緩む。

そっと扉を開けると、薫が銀色の塊を持って翠紗を追いかけていた。

「わあ!おうさま!おかえりなさい!」

翠紗がうれしそうな笑顔で我の足に飛びついてきた。
可愛らしい小さな手で。

「翠紗、鬼ごっこか?」
「蘭紗様、おかえりなさい!早かったですね!」

薫も笑顔で走ってきて我に飛びついてきた。

「どうしたのだ二人共」

我も思わず笑顔になって翠を抱き上げ、頬に口付けをし、腕の中の薫にも口付けをした。

「ふふ……僕これを作ったんですよ」

薫が見せてきたものは、銀糸の織布で作られた丸い物だ。
狐の耳らしきものと尾が付いているようだが……

「これは?」
「翠から、あまり王様と遊べないから、王様のお人形がほしいってねだられちゃって、そこで、衣装係さんに頼んで銀糸の布をもらったんですよ、これ僕が作ったんです」
「これ、おうさまなんです」

翠紗が嬉しそうにそれを薫から受け取ってぎゅっと抱きしめた。
胸が暖かくなるのを感じた。

「それがか?」
「はい!」
「それでね、いま人形の蘭紗様と翠の鬼ごっこしてたんです、でも持って走るの僕なんですけどね」

薫は笑いながら翠の頬を指でつついた。
翠は嬉しそうに首をかしげる。

「そうか……これは我か……うむなかなか……そうだな……似てはいないが……」
「にてます、お色がいっしょですよ」

翠が口を尖らせてすねたように言うので思わず声を出して笑うと、薫も声を出して笑った。

こんな幸せな瞬間があったとは……
ないものをねだっていては……バチがあたるというものだな。

我の心はどこまでも軽くなるようだった。


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