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救出1 僑視点
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南簀川の氾濫はここ50年は無かった、先代王の時代の治水工事が功を奏していたのだ。
しかし、今年の嵐の激しさには勝てなかった。
その南簀川の河川敷には山にへばりつくように小屋があった。
それは、地元の農民達には知られたことだったが、あまりに粗末なその小屋は、いかにも建築に素人のものが適当に建てたことが一目でわかるもの。
そのうえ、建築物を作ってはいけない禁止区域に建てられたものでもあることから、地元民はわざわざそこには近寄らずにいた。
彼らは恐れていたのだ、どこかから流れ着いたならず者が住み着いたのだろうと……
城から隊を組んで飛翔してきた跳光家の者が、丁寧に聞き込みをしても、少しも証言が集まらなかったのは、そういう理由だった。
「せめて、どんな者が住んでいたか……それぐらいはわかりそうなものだが……その者とて人だろう。買い出しに出かけることぐらいあっただろうに」
隊長の長兄は溜息をついた。
長兄は、私からすると完璧な跳光の跡取りで、このように困惑するところを見るのは初めてだ。
「兄上、周囲の聞き込みは絶望と見て、早々に山の上にあるという館を探しましょう」
「……そうだな。しかしその……父上が聞き出したそれは本当だろうか……」
「というと……」
「館というぐらいだ。そこそこの広さがあるはずだが……アイデン王陛下ですらその気配を感じなかったというではないか」
辺りは静かに墨色に支配されようとする時刻だ。
薄暗くなっていくばかりの河川敷で跳光の隊は難しい顔を突き合せていた。
「しかし……尋問はアオアイ王国の地下牢で行われたのですよ。私のクスリを使ってです。嘘がつけるわけがありません」
「そうだな……」
私は長兄を励まし、山頂の捜索を早くするよう促した。
先代のお嫁様が生きているとすれば、一刻も早いほうが良いに決まっている。
「では……私と僑と、束と納……この4人で組んで山頂に向かう。残りのものは聞き込みを続けてほしい。民はそれがまさか阿羅国の手の者とは知らず、かばっているのかもしれない。19年も住んでいたとなると、溶け込んでいてもおかしくないのだ」
「了解いたしました」
長兄と私と従兄弟2人はお互いの顔を見て頷くと一気に飛翔し簀山の山頂付近に向かって速度を上げた。
相変わらず雨足は強く防御壁にバチバチと当たっている。
風も強くほぼ横殴りだ。
私達4人は山頂付近を見下ろす形でピタリと止まり、空中からじっと気配を伺った。
神経を研ぎ澄ませても、森の生き物がうごめく様しか伝わってこない。
……が……私は一点気になることがあった。
「兄上……その、一際大きな木の根元付近に……何か……」
「僑……何かとは?」
「……あれは……クスリです」
「何?!」
「ある種類の幻覚剤には、特殊な匂いを発するもの、微妙に発光するものがあるのです。雨が激しく匂いはしませんが……あそこ……そうあの辺りです、微かに光っているのが見えませんか?」
私が指し示す先を3人はじっと見つめる。
「確かに……淡く、ヒカリゴケ程度に光っているが……なにやら奇妙な色だな」
従兄弟たちも凝視しているが首を捻る。
「ええ、あの黄色の光は私がよく研究所で見かける光ですよ、間違いありません」
長兄の目が強い光を宿した。
「ゆくぞ」
誰も何も言わず即座にその木の根元に降り立った。
私は慎重にその光る辺りに近寄り、防御壁を解いた。
とたんに体に叩きつけてくる雨が痛いほど強い。
私は構わずぬかるんだ地に膝を付け、光る地面をすくい鼻に近づけ匂いを確認し、その光るさまを眺めた。
「間違いないです。これは幻覚剤の一種です。これを調合できるものは限られているはずなのですが……」
「ちょっと待て、その……木の根元……」
長兄が素早い動きで木の根を持ち上げた。
すると、パカリと根は外れ、地面に空洞ができた。
その中から更に薄明かりが漏れている。
私達4人は顔を見合わせ、頷くと、慎重に一人ずつ中へと侵入した。
雨がその中に入り込まないよう、従弟が残り防御壁を張る、同時に見張りも兼ねるのだ。
中に入り込んだ3人は、異能の『隠密』を使い気配を完全に消して周囲に溶け込んだ。
ここからは会話も血族だけが使える念話になる。
『兄上、この穴は人工的に掘られたものですね……』
『そのようだ』
『崩れぬようにきちんと加工もしてある……』
土壁に手をやり、そっと撫でた。
相当年月が経っているようで、思いのほか堅牢だ。
触っただけで崩れ落ちることはなく、むしろ漆喰のようなもので固めてあるようにすら思える。
つと、3人とも足を止めた。
目の前に大きなドアが見えたのだ。
洞穴の中にふと現れたそれは、とても場違いに思え、何かの冗談のようにすら思えた。
『間違いない……お嫁様の館とはこれだな』
『清のやつ……嘘は付けないまでも、全部を話さないという形でここのことをなおも秘匿しようとしたのか……館が地下にあるということは、父に伝えなかったのだな……これでは確かに周囲の者には見つかるまい……』
『しかし、中に人の気配はないようですが……』
従兄はドアに手をかけようとした。
その手を兄がすばやく引き寄せた。
『用心するのだ』
『しかし、ここ以外に出入り口はありますまい……ここから入るより他ないのでは?』
従兄は安心させるように長兄の手をポンとたたき、ゆっくりとドアに近寄り開けた。
中からはほんのりと薄明かりと甘い香りが漂う。
もしかして中にまだいらっしゃるのか……
そう思った瞬間、細い光りがピシっと光り、従兄の右腕は根本から切り落とされた。
……ポトンと腕が地に落ちた。
血が吹き出し辺りを真っ赤に染める。
従兄は蒼白な顔だがうめき声も出さず一歩下がっただけだ。
私はとっさに腰に巻いていた紐を従兄の肩にキツく結びつけ、止血しようとしたが、それぐらいではどうにもなるものではない。
傷口はスパリと鋭利な刃物で切られたような切り口と確認してから、落ちた腕を拾おうとした。
だが、その私の動きを長兄がピシリと叩き止める。
『動くな僑……この館には仕掛けがあるようだ』
『しかし兄上、束の腕を回収せねば』
『ダメだ僑、少し待て……私が先にいく』
しかし、今年の嵐の激しさには勝てなかった。
その南簀川の河川敷には山にへばりつくように小屋があった。
それは、地元の農民達には知られたことだったが、あまりに粗末なその小屋は、いかにも建築に素人のものが適当に建てたことが一目でわかるもの。
そのうえ、建築物を作ってはいけない禁止区域に建てられたものでもあることから、地元民はわざわざそこには近寄らずにいた。
彼らは恐れていたのだ、どこかから流れ着いたならず者が住み着いたのだろうと……
城から隊を組んで飛翔してきた跳光家の者が、丁寧に聞き込みをしても、少しも証言が集まらなかったのは、そういう理由だった。
「せめて、どんな者が住んでいたか……それぐらいはわかりそうなものだが……その者とて人だろう。買い出しに出かけることぐらいあっただろうに」
隊長の長兄は溜息をついた。
長兄は、私からすると完璧な跳光の跡取りで、このように困惑するところを見るのは初めてだ。
「兄上、周囲の聞き込みは絶望と見て、早々に山の上にあるという館を探しましょう」
「……そうだな。しかしその……父上が聞き出したそれは本当だろうか……」
「というと……」
「館というぐらいだ。そこそこの広さがあるはずだが……アイデン王陛下ですらその気配を感じなかったというではないか」
辺りは静かに墨色に支配されようとする時刻だ。
薄暗くなっていくばかりの河川敷で跳光の隊は難しい顔を突き合せていた。
「しかし……尋問はアオアイ王国の地下牢で行われたのですよ。私のクスリを使ってです。嘘がつけるわけがありません」
「そうだな……」
私は長兄を励まし、山頂の捜索を早くするよう促した。
先代のお嫁様が生きているとすれば、一刻も早いほうが良いに決まっている。
「では……私と僑と、束と納……この4人で組んで山頂に向かう。残りのものは聞き込みを続けてほしい。民はそれがまさか阿羅国の手の者とは知らず、かばっているのかもしれない。19年も住んでいたとなると、溶け込んでいてもおかしくないのだ」
「了解いたしました」
長兄と私と従兄弟2人はお互いの顔を見て頷くと一気に飛翔し簀山の山頂付近に向かって速度を上げた。
相変わらず雨足は強く防御壁にバチバチと当たっている。
風も強くほぼ横殴りだ。
私達4人は山頂付近を見下ろす形でピタリと止まり、空中からじっと気配を伺った。
神経を研ぎ澄ませても、森の生き物がうごめく様しか伝わってこない。
……が……私は一点気になることがあった。
「兄上……その、一際大きな木の根元付近に……何か……」
「僑……何かとは?」
「……あれは……クスリです」
「何?!」
「ある種類の幻覚剤には、特殊な匂いを発するもの、微妙に発光するものがあるのです。雨が激しく匂いはしませんが……あそこ……そうあの辺りです、微かに光っているのが見えませんか?」
私が指し示す先を3人はじっと見つめる。
「確かに……淡く、ヒカリゴケ程度に光っているが……なにやら奇妙な色だな」
従兄弟たちも凝視しているが首を捻る。
「ええ、あの黄色の光は私がよく研究所で見かける光ですよ、間違いありません」
長兄の目が強い光を宿した。
「ゆくぞ」
誰も何も言わず即座にその木の根元に降り立った。
私は慎重にその光る辺りに近寄り、防御壁を解いた。
とたんに体に叩きつけてくる雨が痛いほど強い。
私は構わずぬかるんだ地に膝を付け、光る地面をすくい鼻に近づけ匂いを確認し、その光るさまを眺めた。
「間違いないです。これは幻覚剤の一種です。これを調合できるものは限られているはずなのですが……」
「ちょっと待て、その……木の根元……」
長兄が素早い動きで木の根を持ち上げた。
すると、パカリと根は外れ、地面に空洞ができた。
その中から更に薄明かりが漏れている。
私達4人は顔を見合わせ、頷くと、慎重に一人ずつ中へと侵入した。
雨がその中に入り込まないよう、従弟が残り防御壁を張る、同時に見張りも兼ねるのだ。
中に入り込んだ3人は、異能の『隠密』を使い気配を完全に消して周囲に溶け込んだ。
ここからは会話も血族だけが使える念話になる。
『兄上、この穴は人工的に掘られたものですね……』
『そのようだ』
『崩れぬようにきちんと加工もしてある……』
土壁に手をやり、そっと撫でた。
相当年月が経っているようで、思いのほか堅牢だ。
触っただけで崩れ落ちることはなく、むしろ漆喰のようなもので固めてあるようにすら思える。
つと、3人とも足を止めた。
目の前に大きなドアが見えたのだ。
洞穴の中にふと現れたそれは、とても場違いに思え、何かの冗談のようにすら思えた。
『間違いない……お嫁様の館とはこれだな』
『清のやつ……嘘は付けないまでも、全部を話さないという形でここのことをなおも秘匿しようとしたのか……館が地下にあるということは、父に伝えなかったのだな……これでは確かに周囲の者には見つかるまい……』
『しかし、中に人の気配はないようですが……』
従兄はドアに手をかけようとした。
その手を兄がすばやく引き寄せた。
『用心するのだ』
『しかし、ここ以外に出入り口はありますまい……ここから入るより他ないのでは?』
従兄は安心させるように長兄の手をポンとたたき、ゆっくりとドアに近寄り開けた。
中からはほんのりと薄明かりと甘い香りが漂う。
もしかして中にまだいらっしゃるのか……
そう思った瞬間、細い光りがピシっと光り、従兄の右腕は根本から切り落とされた。
……ポトンと腕が地に落ちた。
血が吹き出し辺りを真っ赤に染める。
従兄は蒼白な顔だがうめき声も出さず一歩下がっただけだ。
私はとっさに腰に巻いていた紐を従兄の肩にキツく結びつけ、止血しようとしたが、それぐらいではどうにもなるものではない。
傷口はスパリと鋭利な刃物で切られたような切り口と確認してから、落ちた腕を拾おうとした。
だが、その私の動きを長兄がピシリと叩き止める。
『動くな僑……この館には仕掛けがあるようだ』
『しかし兄上、束の腕を回収せねば』
『ダメだ僑、少し待て……私が先にいく』
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