狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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金風

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 アオアイ王からの正式な書簡には、翠紗への祝辞と、まざりの子を養子にしたことにより、世界が大きく変わるだろうという喜びの言葉……そして、阿羅国の悪玉『清』に対しての尋問の苛烈さへの苦言だ。

だが、人質が実際に19年も拉致監禁されていたことがあきらかになり、国際的にも紗国を責めるような論調はない。
アオアイ王もその事実を重く受け止め、致し方なかったとしてくれるようだし、遅きに失したことは否めないものの、人命が助かり良かったと思ってくれているようだ。

「お咎めは無しだ」
「……ふぅ……」

涼鱗は片眉をあげて大げさに息を吐いた。

「ねえ、跳光の家長は一体どんな尋問をしたわけ?」
「我も詳しく聞いておらぬよ」
「だけどねえ、こんな書簡がわざわざアオアイ王から届くなんて……尋常じゃない」
「アオアイ王は唯一他国の王族を裁けるお方だ、あの方の言葉は世界を代表すると言っても過言ではない。つまり、この事は不問だよ」
「……ん」

涼鱗は押し黙り、侍女が入れた紅茶に氷を入れ始めた。

「そういえば……紗国の学び舎のラージ先生だけどさ」
「ああ、ラージがどうかしたか?」
「あのねえ……エルフがいるなら初めに紹介してよ」

呆れたように顔を崩しながら、冷たくした氷入りの紅茶を飲んでいる。

「ん……なんというか……エルフであるという認識があまりなかったのだ」
「それ……カジャルも同じようなこと言ってたけどさ」
「あまりに我らに馴染んで昔からいるものだから、違和感がないのだ」
「混血とはいえ、すでに850才を過ぎているんだよねえ、立派にエルフじゃないの」
「そうかもしれんな……で、そのラージ先生がどうかしたのか?」
「いやだからさ……ラージ先生がいることによって、紗国は世界でも残り少ない希少とされる『森のしずく』が毎年採取されてるってことだよ。これすごいことだと思うんだけど」
「森のしずくだと?」
「あー……またこの反応だよー」

涼鱗はげんなりしたように腕をヒラヒラさせて椅子にどかりと座った。

「あのね、君らだって学び舎時代に採取してたらしいじゃない?秋の嵐の合間に森にはいって、スレイスルウっていう透明の花から液を」
「ああ、スレイスルウがなんだ?」
「いやだからね、そのスレイスルウの花の液が『森のしずく』なんだよ!ってもう!なんで紗国の人はこうなんだ!」
「は?」

我は涼鱗の言葉がにわかに信じられず、呆けたように口を開けてじっと見つめてしまった。

「なんだって」
「それでね、もう何百年も普通には出回ってないわけだからさ、私たちは味も知らないし確かめようもないでしょ?でもここに今、じいがいるじゃない!確かめてもらいたいわけ」
「じい……つまり、ヴァヴェル王国の前王弟殿下か?」
「そう、あの方が研究所にいらしてお話してくださった時にね、好物は森のしずくだとおっしゃったんだよ。子供の頃は森のエルフから買い取っていたと」
「……なんとも……」
「いいよね?お願いしても」
「まあ……悪いことではないし、あの方は高齢だから、滋養のあるスレイスルウ液は助けになろうしな……というかそうか……万能薬と名高いのはそういうことだったというわけか、その滋養の高さゆえだったのか」
「おそらくな」

我はようやく色々と把握できて、鼻息の荒い涼鱗を押しのけて侍従長に『森のしずく』かもしれないスレイスルウ液を持ってきてもらうよう頼み、ついでに僑を呼んでもらい、それから前王弟殿下にお会いしたいと先触れをお願いした。

「これでもし、これがさ森のしずくだったら、お前どうする?」

涼鱗がキラキラと輝いた目を向けてニヤリとしている。

「ん……これはもしもそうならば、慎重にならざるを得ないな、何しろとてつもなく市場価値が高い」
「うんうん」
「だが、この国で取れることがわかれば、その価値も下がろう」
「下がっても地には落ちないよ?だって、秋の嵐の合間にしか採取できないのなら、貴重であることには間違いないじゃない」
「まあな……というか……お前はなぜそこまで嬉しそうなんだ」

涼鱗はふふふと笑いながらもう一度紅茶を口に運んだ。

「まあ、持ってるカードは多い方がいいじゃないか……各国に恩を売るチャンスでもあるんだからねえ、我々の命は長いんだ、この国を安定させるにはお金は一番大事だよ?」
「まあ、そうだな」

我はなんとなく疲れて自分のデスクに座った。

「雨が降り止んだし、そろそろ冬なの?」
「そうだな、風の気配が変わってきたのも感じるしな」
「んー今から過ごしやすくなるねえ」
「……冬をそこまで喜ぶのはそなただけだろうが……」
「そう?」

執務室の扉が開き、根白川家の跡取りである葛貫が入室してきて、綺麗な礼をした。

「おはようございます陛下、本日は途中経過のご報告に参りました」
「ああ、葛貫ご苦労だね、報告楽しみにしていたよ」
「おや?義兄上、おはようございます」

涼鱗は意外そうな顔をして葛貫を見た。
葛貫はカジャルの姉の婿なので、涼鱗の義理の兄になるのだ。

「これは涼鱗殿、お邪魔でございましたか?」
「いや、大丈夫だよ、私も一緒に聞いてもいいかい?」

葛貫はふくよかな体を折り曲げて丁寧に礼をして「もちろんでございます」と言った。
義理の弟への挨拶としては丁寧すぎるが、涼鱗は元他国の王子で現宰相なのだ、仕方ないだろう。

「その後の進捗はどうだ?」
「はい、孤児院の取り壊しはあの後すぐに行ないまして、現在、嵐の合間を縫い作業を急ぎまして、20日後には大方出来上がる予想でございます。完全に出来上がるのは約1ヶ月後となりますでしょう」
「うむ、順調だな」
「ん?なんのこと?」

涼鱗は侍女の入れたお茶を義兄に勧めながら自分も相変わらずアイスティーのおかわりを頼んでいた。

「はい、私は光栄なことに孤児院の件をお任せいただいておりますので、院の建て替えの件でのご報告でございます」
「あぁ、もしかして翠のいた所?」
「そうでございます、建物は雨漏りで傷み使い物になりませんので、建て替えを致しております」
「雨漏り?」

涼鱗は一瞬ぽかんとしたが、「なるほど」と顔をしかめた。

「本当に……あんな悲劇は繰り返してはいけないね」

葛貫は大きく頷いた。

「陛下、ご視察をご希望とお伺いしております、落成式には両陛下お揃いでいらっしゃるのでしょうか?」
「そうだな、薫がとても心配しているので、見せて安心させたいと言うのもあるが、我が出向くことでこれからは不正など行えないように……まぁつまり抑止にもなろうかと思ってな」
「ごもっともでございます、ですが、管理人と世話人がまだ決まっておりません。選定はどのように?」
「確か、それらは平民から選ぶということだったな。では……そなたに任せて間違いなかろう。ただ、後見人として貴族の名が必要であろうな」
「だったら、私がなるよ、いいよね?」

涼鱗が小さく手をあげた。

「涼鱗殿が?」
「私じゃだめかい?」
「いえまさか!だめなどということはありませんが、あなたほどの身分の方がわざわざ……」
「私も王族の端くれとして育ったんだよ、福祉にかけては色々と思う事があるんだよねぇ……それに今回のことは本当に残念に思っていたんだ。できることなら手を差し伸べたいと思っていたんだよ」

葛貫の顔が綻んで柔らかな雰囲気を醸し出した。

「大変素晴らしいことでございます……私も安心でございます」

満足そうに頷いた。

「では葛貫、管理人と世話人の選定が済んだら報告を」
「かしこまりました」

葛貫とほぼ入れ違いに僑が侍従と共に入室してきた。

「お呼びでございますか?何事でしょう?」

少し焦った様子の僑がおかしくて笑ってしまう。
考えればこの者に我らは頼り過ぎな気がするぐらいだ、毎度何かあれば僑が呼ばれるのだから。

「いや、緊急事態ではないのだ。森のしずくについて少しな……」
「は?森のしずくですって?」

僑は首を傾げ、宰相のデスクに座る涼鱗の方を見た。

「だからさ……紗国の人々ってさ……なんかもう……にぶい!にぶいよ!」

涼鱗は一人身悶えしている。

「涼鱗様……どういうことで?」
「ん……だからさ……僑は、いつもスレイスルウ液を調合に使っているらしいねえ」
「ええ、あれはまさに万能に何にでも……え?は?……まさかですよね?」
「うん、さすがにカンが良いよ、君はやはり天才の部類だね」

涼鱗は満足気に僑にソファーに座るよう促した。

「……ちょっと待って下さいよ……もしもあれが……伝説の今や希少な国宝ともなる森のしずくだとしたら……これは大変な発見では……」

僑はブツブツ何かを言い出す。

「でね、ヴァヴェルの前王弟殿下にね、確かめてもらおうというのだよ。そこで、最もスレイスルウ液に詳しい君とラージ先生にも立ち会ってもらおうと思ってねぇ」
「なるほど。で、いつです?」
「ラージはあれだろう?学び舎があるのでな、夕刻以降になろうと思う。時間をあけていてくれ」

我の言葉に僑は嬉しげに頷いた。

「了解いたしました」

そして、僑は実にいい笑顔で医療研究所に戻って行った。

「なんというか……今日も盛りだくさんだな……」
「面白くなりそうだね!楽しみだよ……」

涼鱗は目をキラキラさせて夢見るように宙を眺める。
本当にこいつは幼き頃より変わらぬ男だ。
そう思って我もフッと笑みが漏れた。

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