狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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水花の間と芳香1

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 秋の名残で、少しだけ小雨が降る夕闇の中、ヴァヴェル王国の前王弟殿下と学び舎の教師であるラージが呼ばれた。

呼ばれた場所はごく親しい人と食事会をする時に使う適度な大きさの間だ。

華美な装飾はないが、襖に描かれた水色の花咲く森の風景が印象的で美しい。
通称『水花の間』と呼ばれている。

ここで今夜は夕食会とし、もしかして「森のしずく」かもしれないスレイスルウ液を確かめるのだ。
もちろん、ヴァヴェル王国の前王弟殿下にはまだその事は話していない。

「ああ、今宵はいくらか天気も落ち着いていて、これは季節の変わり目でしょうなあ」

前王弟殿下はふぉっふぉっふぉと笑いながら水花の間に入ってきた。
口調だけは年寄りなのだが、足取りも軽く……どう見てもまだまだ元気いっぱいである。

「前王弟殿下、わざわざお出で頂いてありがとうございます」
「いえいえ蘭紗殿、甥の世話しかすることがございませんのでな、こういうお気遣いはとても嬉しく思いますぞ」
「ご紹介しましょう、学び舎で教師をしているラージ。我が国でおそらく唯一のエルフ族との混血でして、そして……こちらは跳光家の次男の僑、世界的にも注目を集める医師でもあり研究者でもあります」
「なるほど……これはこれは……素晴らしい若者達をご紹介に預かり光栄なことじゃの……エルフ族には本当に久しぶりに会うが……そなた混血というがかなりエルフが強いのう」

にこにこと優しげな眼差しで2人を見やる。
すでに交流のある涼鱗とは目で合図しあい、親しげに挨拶をしている。
我は侍女に合図をし、乾杯の準備をさせた。

「この酒は、紗国の古くからあるもので、王族の祝いの席などで出されるのですが。大変甘口で子供でも飲めます。本日はこれで乾杯などいかがかと」
「よろしいですな。我々の前途が明るいものであるよう祈りましょう」

口々に乾杯と言い、お互いのグラスを少し当て、軽く高い音をさせた。
そして、前王弟殿下がコクリと一口飲むさまを紗国の面々はじっと見つめる。

「これは……なんとも滋養のある……子供が飲めるというのもわかりますな。酒がいたずらをする暇もなく体が癒えていくのがわかりますぞ……と……ん?」

一瞬動きを止め、グラスをじっと見つめた。
そして、ゆっくりと顔をあげ、我らを順番に見ていく、そして末席のラージに目を止め「なるほど」と頷いた。

「ふぉっふぉっふぉ! 今日はなるほどこういう趣向でござったか……この者はエルフ……そしてこの酒」
「はい……私たちはそれを、森の中に咲くスレイスルウという花から採取いたします。それはいわば昔からの習わしのようなもので、何も特別だとは思っていなかったのですよ……」
「なるほど……あの花がここに咲いているとな……」
「はい、なぜか移植すると枯れてしまうので、森の一角にある群生地まで歩かねばなりません、しかし城からは近いところにございますので、学び舎ではこれを授業の一環に取り入れ、子どもたちに教えてきました。ですので、城の学び舎を卒業した子らはこの採取ができるということです」
「なるほど……興味深い……」

ラージは緊張しながらヴァヴェル王国の重鎮に説明をした。
冷や汗をかいているのがわかり、思わず微笑む。

ラージは長きに渡り紗国の学び舎で子を導いてきた、我の幼い頃の恩師でもあるのだ。
その男がここまで緊張しているのを我は初めて見た。
やはり龍族というのは人の形をとっていても威圧をふりまくものなのだ。

「ああ、そのように……怖がらないでくれエルフの……ええっと」
「ラージでございます」
「ふむ、ラージ君、君はいくつだね?」
「私は850才になりました」
「なるほど、君はエルフの血がとても濃い……まだまだ生きようぞ。して、エルフの里へは行かないのか?」
「……母が生きていた頃、まだ幼子でしたが、連れて行かれた事がございます。そこで長老にお会いしたことは覚えておりますが、幼さゆえに残念ながら正確な道を忘れてしまいました……ゆえに行くことは叶いません」
「そうであったか……」
「前王弟殿下は、ご存知なのですか?」
「いや、エルフらは外の者に場所を教えたりはせぬからな、我らも知らぬ」
「そうですか」
「で、この原液を少し杯に入れてくれぬか?久しぶりに直接味わいたいものじゃ」
「もちろんでございます」

前王弟殿下は顔をほころばせた。

ラージは持参した箱から瓶を抜き取ると、給仕にそれを渡した。
丁寧に瓶は開けられて、美しい小さな杯に注がれた。
給仕はそれを恭しく盆に乗せ前王弟殿下に捧げるようにした。

満足そうにそれを受け取ると、香りをまず楽しみ、それからぐぐっと一気に飲み干した。

「はぁ」と目をつむり溜息を付いた後に、目を開けたのだが……前王弟殿下の瞳は縦一文字になっており、パーっと一瞬にして部屋中を紫の光で満たした。
そして、得も言われぬ芳香が辺りを覆った。

縦一文字の瞳は龍の目だ。
人の形を取っているときは普通は出ない形なのだ……

「ああ、すまぬ……興奮してしまった……なんという甘露か……ああ素晴らしい」
「まさかそれほどまでに、喜ばれるとは……喜びの芳香を……」

我は思わずそうつぶやいた。
紫の光の正体は、『龍族の喜びの芳香』と言われており、それを浴びた者は寿命が伸びるともいわれている。

「これは、我の幼き頃の楽しみであったのだよ。時折物売りに来てくれるエルフがいてな、その者から買っておったのだ」
「それは……ようございました。こんなにもお喜びになられて、私は……喜びの芳香を生きているうちに見れたことを誇りに思います」
「ふぉっふぉっふぉ、そんないいものかの?あれは」
「ええ、それはもう」

ラージは気持ちがほぐれたようで、いつもの笑顔で幾分顔色も戻っている、芳香のおかげかもしれない。

「僑殿……そなたがここにおられるということは、これを使って患者を診ておったのかな?」

僑は大きく頷いた。

「はい、私は研究者としての活動がこれまで主だったのですが、その大半にこのスレイスルウ液を使っております。何と合わせても相性がいいのです」
「さもありなん」
「ですが、原液を先程の前王弟殿下のように飲み干されるのは見たことがなく」
「そうさのう……我らは原液を甘露として楽しんでいたのでな、クスリとしてはそれほど考えておらなんだが……これは強い作用をもたらすのでな、この老耄おいぼれが喜びの芳香を出せるほどの力を蘇らせてくれるわけだ。これは時に毒にもなろう。それをおそらく僑殿はご存知じゃな?」
「はい、強すぎる薬効があるゆえに弱りすぎたものへは処方を躊躇いたします」
「そうだな。つまり原液を楽しめるのは龍なみに強い体を持ってないと無理ということかの」
「えぇ……」

僑は何やら考え始めたように押し黙ったので、我は食事の開始合図をした。

出されてきたものは紗国の伝統料理だが、龍族の好みだと判明した甘いものが中心だ。
機嫌良く皆が笑って食事会は終わり、その場は一応の解散となった。
が、宿である離宮へ戻ったのは前王弟殿下だけで、涼鱗と僑、そしてラージもそのまま水花の間に残った。
我は彼らに酒を振る舞うこととした。

「蘭紗様……スレイスルウ液は紗国で作られているといえ、数に限りがあります、今後これを世界に発表なされた後、交渉を持ちかけられた時にどうなさるおつもりでしょう?注文が殺到して困るのではないかと……私はスレイスルウ群生地を預かる者として、ソワソワするのですが……」

ラージは一回ぶるぶると身震いをしてから慌てて温められた紗国酒の器を手にした。

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