狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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水花の間と芳香2

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「エルフたちが他種族と交渉を持ってない今、森のしずくを生産できるのは我が国だけなんだ。困るのは他国の方で、うちではないよ?」

涼しい顔で冷酒を飲む涼鱗が張りのある声で答えた。

「ですが……実際に今でも国内で消費するものと、あとは少ししか在庫はありませんでしょう?」
「それなのだ。請われるだけ出すのではなくてね、完全にこちらの思惑で商いができるってこと」
「涼鱗様……つまり競わせるのですね。これだけしか出せないと発表し、それの争奪戦をさせようとお思いなのでは?」

僑は目をピカリと光らせ楽しそうにニヤリとした。

「戦争になりませんよね?」

ラージは世界がまだ戦争をしていた頃を知っている。
このことは授業でもみっちりと教えてもらったものだ。
やたらと心配気にハラハラとしている。

「なりませんよ、平和的解決をもって争奪してもらえばいいだけですからね」
「どういう方法がある?」
「くじ引きなどどうでしょう?セリにすれば高額を出せる国が独り占めしてしまう可能性もありますが、くじならば神のみぞ知るですからね」

僑は実に楽しそうだ。

「しかし蘭紗様、どうか確約していただきたいのですが……私らの研究所に卸されている液の数は減らさないでいただきたいのですよ、紗国の民のためのクスリにもなっておりますし、そして私の研究にもなくてはならぬというか……」
「うむ、それは大丈夫だ、あくまで余剰分をと考えているからな」
「良かった!」
「ラージ、群生地の結界はどのようにしているかな?」
「今は私の結界だけですが、これから不埒な者が盗みや荒らしに入る可能性も考え、強化をしていただきたく思います」
「そうだな……」
我は不安げなラージの顔を見て、警備の配置なども視野に入れねばと再認識した。

「子どもたちに教えるために向かっていたのがその群生地だよね?」

涼鱗がそのラージに冷酒を勧めつつ話し質問した。
ラージは楽し気に微笑んで頷いた。

「左様でございます。本当にあそこから森に入ってすぐなのですよ」
「ならば、私の住まいの近くでもある。警備が手薄なときは私の思念を張ることもできるよ」
「なんと……」

ラージは目を丸くして驚いていたが、ようやく安心したように穏やかに目を細めた。
その様子の彼を見て、我もまたホッとした。
大切な恩師なのだ、心穏やかにいてほしい。

「群生地は割と道から近い。これまで荒らされたことが無かったのが奇跡なぐらいだ。これからは危なくなる可能性は高いのだから、この事は我がきちんと対処する、今聞いたように涼鱗もいるしな」

皆がうんうんと頷いて酒の杯を口に運んだ。

「本当に安心いたしました」
「まあ、そんなに緊張したり心配したりしないでよ、私が悪いようにはしないからね」

涼鱗がフフっと笑って給仕に甘いものを注文している。

「それから、父のお嫁様の話だが……僑、どうなのだ」
「はい……ハリル様とお名前が判明いたしましたのも、薫様のお陰ですね」
「そうだな」

薫が私の知らぬ間に父のお嫁様の寝所に出向き、心を開いて話してくれた。
名も教えたがらなかったお嫁様だったが、ようやく少しは心を開いてくれたのだ。

「ハリル様にはそれ、使えない?」

涼鱗も心配気だ。
19年もの間監禁されていたとは酷すぎる。

「そうですね……ハリル様は、苛烈な生活が長すぎた為に、弱りすぎております。生きる気力自体を無くされているという心の問題もございますが、とにかくお体がボロボロの状態でして、原液などもっての外ですね」
「そうか……森のしずくと聞いて、あるいは……と思ったのだけどねえ、素人考えだったようだねぇ」
「恩恵が大きければ大きいほど、受け取る方の覚悟もいるということでしょう。今のハリル様に森のしずくは毒になりかねません」
「それは……おいたわしい」

ラージは眉を寄せて悲しげに俯いた。

「では……今後はどのような方針で治療にあたるのだ?」
「私が思いますに、薫様がおいでになるかぎり、自害をなさったりなどはないかなと」
「自害?」

皆がハッとして僑を見やる。

「ええ、一時期はかなり危なかったのですよ。真実をお知りになりもう二度と故郷に帰れないと知ってからは」
「……まあ、気持ちは大いにわかる。つまり私が今カジャルから離されて監禁されて気がついたら違う世界だったってことだよねぇ。あんまりだよ、それ……」

涼鱗は身震いをした、我も同じ思いだ。

「ですが、徐々に心を開かれ、侍女たちには気軽に頼み事も言われるようになったとのことですし、医師から見て状態が良くなったとまでは言えませんが、前よりはかなり良くなって参りました。あとはもう少し体力が戻るよう、せめて普通のお食事をいただけるようになってもらいたいと思っております」
「つまり内臓の損傷具合がそれほど悪いのだな」
「はい、あまりにも幻覚剤に頼りすぎる日々をお過ごしでした。救いは、現在、量の調節がうまくいっており、徐々にですが使用量が少なくなってきていることですね」
「それはいずれゼロにはならぬのか?」
「全く無かったことにはならないでしょう。ご存命の間はずっと少量ながら体に入れ続けるほかありません」
「そうか……」

ひんやりした秋の空気に包まれて、場がシンとなり、皆が真顔になった。

「今日この部屋に皆を招いたのはこれを見せたかったのだ」

我は頃合いだと思い、襖を指差した。

「その襖絵でございますか?」
「ああ、この絵はスレイスルウだ。これが描かれたのは詳しくはわからんが、約1000年前とされている。ラージ、そなたの母がこの紗国へ参られたのが、その頃であったらしいな」
「ええ、そういえばそうだったかもしれません……なんせ私が生まれる前のことですので」
「それはそうだろう……そなたの母は紗国に教師としてやってきたのだ。我らの祖先の」
「そうなのですか?」

皆は知らない話に驚いて聞き入り、酒の杯を持つ手も置き、こちらをじっと見ている。

「スレイスルウの花はそなたの母がここに持ち寄り、植えたのだ。だから城の近くに群生地があるのだよ」
「え、しかし……移植は……できないのでは……」
「王族には伝えられている話があってな。そなたの母は紗国に恩があったらしい。それを返しにここに来たのだが、この地が気に入り住み着いた。そして一度スレイスルウを取りに里に戻り森に植えたのだ。森にはスレイスルウが根付くよう、その時に特別な魔術を施したとある、しかしその魔術が何なのか、我らは知らぬ」
「……母が……なぜわざわざスレイスルウを」
「それは、その時に森のしずくを用いて助けたい方がいたそうだ。その様に伝えられているだけで深くはわからぬ。そして、スレイスルウがもたらされたことに時の王は感謝し、国を助けた美しい花として大事に守り育てることとした、そしてこの襖の間を作ったのだ。今日はこの話をするのにこれ以上最適な間はないと思ってな」

皆が真剣な面持ちで襖絵を見る。

色鮮やかな森の中に豊かに咲き乱れる水色の花。
『水花の間』とは良く言ったもので、水色の花はたゆたう光を集め、まるで水そのもののようにも見える。
我は幼い頃よりこの絵が好きだった。
今になって、我らの助けにまたなろうとしてくれることに感謝せねばならぬと思う。

「そういうことだ、ラージ、そなたの母に心から感謝する」

我々はもう一度立ち上がり、誰からともなく襖に向かい乾杯をした。


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