狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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春の兆し

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 朝、ざざざっという音で目が覚めて窓を見た。
音のする窓を見て、庭木から溶けかけた雪が落ちていく音だったとわかってホッとした。

「そろそろ春が来るな……おはよう薫」
「おはようございます」

僕は背後からかけられた優しい声の主を振り返り、暖かい胸の中にもぞもぞと入り込んだ。
フフと笑いながらしっかりと抱きしめてくれるこの人が大好き。

「だがまだまだ寒い、体には気をつけるようにな、そなたは体調に波があるのだから」
「はい……でも、最近はちょっと強くなったでしょ?毎日散歩してますし」
「ああ、近衛からも聞いている。厩舎に寄ることも多いそうだな。あの山道を歩くのは良い鍛錬になるだろう」

蘭紗様は優しくそう言いながら髪を梳いてくれる。
髪の毛はどんどん伸びて、そろそろ肩甲骨あたりに差し掛かる。
その長くなってきた髪は、蘭紗様のお気に入りなのだ。

「今日もお忙しいですか?」
「ああ、来月にはアオアイだから、それに向けて色々とまとめねばならぬからな」
「そうでした……ところで僕、本当に演奏会に出るんですか?」
「薫の演奏が聴きたいとそれは多方面からの要望があるのだ。もちろん我も楽しみにしている」
「でも……僕音大に行ってたわけでもないし……ほんとにちょっと荷が重いです……」
「そなたの世界でどれほどの達人がいたかはわからぬが、今現在そなたの演奏がこの世界では最高峰だと謳われているのは知っているだろう?それは、そなたが王妃だから言われているのではなく、真実そうなのだ。だから胸を張っているがいいさ」
「はい……」

このなんとも言えない気持ちを誰かと共有したくとも、誰もが僕を手放しに褒めるからわりと真面目に困っていた。
でもまあ、演奏会には紗国の王妃として披露するという立場ならば、そこそこ弾けたらいいのだから……と自分を納得させている。

「演奏会には、阿羅国からは波羽彦さんとかも来るんでしょ?」
「ああそうだな、波羽彦と波成も来るだろう」
「そうだ……前から気になっていたのですけどね、波羽彦さんは王妃を娶られるのでしょうか?波成様のことを愛しておられるのに側室になさっているということは……」
「……そうだな……波羽彦と直接話したわけではないが、それに関しては国内からの要望が強いのだろう。波羽彦の子を望む声がな」
「そうですか……」
「だが、波羽彦に王としての力が付いてくれば、周りの声を押しのけることもできるだろうし、わざわざ波成を粗末にしたりはしないだろう」

僕は蘭紗様の言葉を噛み締めながら波成様の顔を思い浮かべた。
どこか翠にも似ている儚い美しさを持つ人だ。
あの人が男性だから王妃になれなかったとしたら、それはあんまりだと思う。

獣化できないままの小さな体で精一杯頑張って生きて来られた方だ。
人一倍努力して医学の道を歩まれて、今は阿羅国の毒素を無くす努力を精一杯されている。
国の恩人のような方を側室に置いておいて、阿羅国の人はそれで納得できるんだろうか?

「さて、もう起きるが……今日は一緒に朝食をとるか?眠ければそのまま寝ても良いぞ?」
「はい、僕も起きますよ」

ベッドに座って両手をあげてフワーっとあくびをしたら、それを見て蘭紗様が幸せそうに笑ってくれた。

いつも目覚めたらもう執務室に消えた後だから、こんな風に一緒に起きるのはめったに無いことだ。
これを逃す気は僕にはない!

「じゃあ着替えましょう!」
「そうか?」

蘭紗様は面白そうに片眉をあげて僕を抱き上げ、ベッドから降りた。
そして頬にキスをして窓のそばまで歩いて行った。

「休日は春まで取れそうにないが……せめてこういう時間は大事にしたいものだ」
「はい」

僕は蘭紗様に抱っこされたまま抱きついて頬をすりすりした。
蘭紗様の花のような香りがほんわりと匂う。
本当に大好き。

「お目覚めでしょうか?」

静かに入ってきた蘭紗様と僕の侍女達と一瞬目が合った。
しかし、侍女達は何事も無かったかのように、朝の準備をし始める。
僕はバツが悪かったけど、蘭紗様はマイペースに僕を可愛がりながら、朝の支度を整えだした。

「そうだ……蘭紗様、空間魔法って難しいでしょうか?」
「ん?」
「バイオリンの音を出すときに、防音ができたらいいなってずっと思ってました」
「なるほど……しかし、練習の音であろうとも、城のものは皆そなたの出す音を楽しみにしていると聞くぞ?」
「え?そうなのですか?……でも、弾いている方は結構気になるんですよね」
「そうか……まあ、ならば、鍛錬場などはどうだろうか?あそこは建物自体が防音になっている、そして広くてステージもあるぞ」
「え?鍛錬場?」
「ああそうだ、跳光が管理をしている魔術や武術の鍛錬をする建物だが、あれは全力で魔力を出したりしても外に影響がないように、空間魔法を使って建てられてあるのだ」
「えと、それもしかして、最初の日の朝に空から見た丸い屋根の?」

僕は東京ドームのような建物が森の中にあるのを思い出した。

「そうだ、森の中にある。近衛に案内させると良いだろう。使用許可などは特にいらない。門番がいるだろうがそなたを止めたりはせんだろう」
「でも、鍛錬する場であるなら、そこは大事な修行する場所なのでは?僕が勝手に使ってもいいのかな?」
「たいていは、跳光の者は外で体を鍛えるからな、あそこは特別な訓練の際に使うのだ。それはたまにしか無いから大丈夫だろう」
「そうなんですか……でしたら行ってみます」

僕は良い練習場所が見つかったと内心とても喜んだ。
アオアイでは世界中の王族の方々が僕の演奏を聞くのだ、はっきり言って胃が痛くなるほどのプレッシャーなんだよね……

「お食事は食堂でお召し上がりでよろしいでしょうか?」
「ああ、二人でゆく」
「はい」

侍従長が僕たちを案内してくれ、朝食用の小さめな美しい食堂に来た。
僕は朝が苦手で遅い朝食になることが多いので、仙が適当に選んだ食事を部屋でとることが多くて、ここにはあまり来ない。

ガラス張りの壁からは、美しい紗国の山々が見える。
雪化粧されたその山々も、そのうち緑の木々が見えてきて、春を感じさせてくれるのだろう。

「おはようございます」

給仕達はにこやかに美味しそうな紗国料理を並べてくれる。
白いごはんに卵焼き、お椀にはお吸い物。
そして、蒸し魚に色とりどりの蒸し野菜がセイロに入っている。
美味しそうなフルーツも色鮮やかに盛られていて、食欲をそそる。

「紗国料理は、日本の料理に似ていますね」
「そうか……前もそのように言っていたな」
「はい、まあでも、日本の朝食なら、焼き魚や玉子にお味噌汁なのかな」
「なるほど、味噌も醤油も紗国では伝統的なものだ。もし日本由来だとしたら、かなり古くに日本からのお嫁様が渡ってきていたと考えられるかもしれんな」
「はい……でも……それを毎日食べていたとしてもですよ?僕は味噌や醤油の作り方は知りませんから、どうやってこれらが渡ってきたかは興味深いですよね」
「それもそうだな」

僕たちはおいしい朝ごはんを味わって食べ、そして、蘭紗様を送り出した。
もちろんいってらっしゃいのキスをして。

「薫様、蘭紗様からのご依頼で、鍛錬場にお寄りになりたいとか」

僕が部屋で朝届いた文を仕分けしていたら近衛の一人が声をかけてくれた。

「そうなんだよね、そこでバイオリンを練習したいと思ってね」
「なるほど……楽器の音を試されたいのですね、広くて良いかもしれません」
「ああ、そうか反響なんかもあるものね、そんなに広いの?」
「はい、それはもう……紗国の一番大きな大広間と同程度でございましょう」
「へえ、楽しみだな。鍛錬場の使用許可は特にいらないと聞いてるんだけどね、万が一そこを使う予定があったらいけないから、一応聞いておいてもらえる?」
「はい、すでに確認を取ってまいりました。跳光家では本日は使用しないとのことですが、子供らの武術教室は開かれるそうで」
「え、武術教室?」
「はい、市井の子らが体を鍛える為に週に一度開かれるのです。ですが、全体は使いませんので、楽器をお使いになるのには全く影響がないと聞いていますよ」
「……ほんとにそれ、じゃまにならない?」
「大丈夫でございますよ」
「そう?」

僕は一瞬迷ったけど、そのまま予定を変えずに部屋を出ることにした。

近衛3人とバイオリンを持つ仙と散歩をしながら雪道を歩く。
いつもとは違う道でかなり深い森が両側に広がっている。
それでも道には馬車の轍ができていて、朝から皆が働いているのがわかる。

僕はいつも遅く起きるから、なんだか怠け者みたいで恥ずかしいよね。

「薫様、今日は厩舎には寄れませんが……」
「厩舎とはどうも反対方向になるみたいね」
「そうですね」
「では、翠を迎えに行くときに厩舎によりましょう、あの子達、僕がいくと喜ぶし顔がみたいから」

3頭のかわいい天馬達は、僕のことを母のように慕ってくれるのだ。
本当に可愛くて、毎朝会えるのが楽しみなんだよね。

「ではその様に致しましょう」

ざざっと、そこかしこで木々から雪が落ちる音がする。
日差しもポカポカしていて晴れている。
春の兆しを感じながら、僕は鍛錬場に向けて歩いた。

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