狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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愛の調べ

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 良く晴れた雪景色の中、僕たちは踏みしめられた雪道を歩いた。

空から見たら森に囲まれた丸い屋根が見えた記憶があるけれど、下の道を歩いて行くと、意外にも丸い屋根の鍛錬場の周りはキレイに木々が取り除かれていて、校庭のようになっていた。
外でランニングなどもできるようにしているのかもしれない。

ドーム状に膨れた屋根にも雪が積もっていて、なだらかなカーブのせいで緩んだ雪が落ちてくる。
ズサーっとひっきりなしに落ちる音が聞こえてくるのは、ちょっと怖いほどだ。
そして落ちた雪は雪壁となって屋根の下に積もっていた。

「子どもたちの武術教室というのは、何時から?」
「午後の3時頃と聞いていますよ」
「そうなんだね、では今は大丈夫かな」

大きさもちょうど東京ドームぐらいの建物に近寄り、門番に声をかける。
門番は飛び上がって驚き、僕をじっと見つめてあんぐりを口を開けたまま固まってしまった。

「えっと……あのね、中を使いたいのだけど……」
「君、薫様は中で楽器を演奏される。門を開きなさい」

近衛隊長の柵が門番にそう言うと、ギチギチとおかしな動きで門を開け、深く礼をした。

「申し訳ありません、まさか王妃様がおいでになるなんて!」
「んと、どうか気楽にね。あと、子どもたちが来るまでの間少し借りますね」
「はい、かしこまりました」

門番は帳面を開き、何かを書き込んだ。

僕は柵に案内されて中へと入った。
大きな扉をキイと開くと、規模の大きな体育館のような中が見えた。
なるほど奥にステージがある。

「ここは、鍛錬以外にも使うのですか?」
「そうですね、毎年春に武術を習う子の発表会が催されるのですよ」
「そうでしたか」

それであのような造りになっているのだろう。

「ここは、音の反響を考えた造りではないでしょうが、それでもお部屋よりは実際のホールに近いかと思いますよ」

近衛が別室から持ってきてくれた小さなテーブルの上に、仙は丁寧にバイオリンケースを置き、僕に弓を渡してくれた。
僕はスクリューを回し弦を張ると、渡された松脂を塗った。
独特の香りが漂い、心が研ぎ澄まされる。

久しぶりの、新人君が僕の為に用意してくれたバイオリンだ。
これほどの名器は、日本にいた頃の僕なら持つことは叶わなかっただろう。
これをいつか僕に渡したいと思った新人君は、僕が来るのをわかっていたのだろうか?
それともわからずになんとなくそう思ったのか……
どちらにしても、これほどの幸運に恵まれて僕は感謝しかない。

僕は仙が渡してくれたバイオリンを肩に置き、音を調弦していく。
さすが調整に出していただけあって、ぴたりと音は合っている。

僕は何回か深呼吸した。

心の中のざわめきを収めて、そして美しい情景を心に描き、僕は弾き始める。

はじめに演奏を依頼された時に思ったことがあったのだ。
それなら僕は蘭紗様への愛の曲を弾きたいと。
僕は蘭紗様に会えてから、人を愛することを知り、愛される喜びを知った。
そして今では3人家族として幸せなのだ。

今なら憧れていたあのバイオリニストのように艶やかにあの曲を弾けるのではと思ったからだ。

譜面は阿羅国から色々と取り寄せた。
昔、阿羅国に拉致されたバイオリニストのお嫁様が、それはそれは膨大な数のクラシック音楽の譜面をきちんと起こしてくれていたのだ。
阿羅国では両家の子女は嗜みとしてバイオリンを習うという、それが可能なのもその方のお陰なんだろうね。



送ってもらった譜面の中にそれはあった。

日本にいた頃から大好きだった……だけど、どう表現していいのかわからなかったあの曲。
音楽というのは難しい。
譜面通りに弾けばそれで良いのなら機械にやらせればいいのだ。
その音に何を乗せるのか。
……それを考えると人生経験の少ない僕には愛の曲を弾くのは無理だったんだよね。

仙が譜面台を設置してくれ、僕の指定した譜面をそこにおいてくれた。
僕が日本でこの曲を弾いたときにはピアノの伴奏が付いていた、今回も頼めば伴奏をしてくれるという。
ならばとピアノの伴奏をお願いしてみたんだ、どんな人が伴奏してくれるのか、楽しみだ。

僕は譜面を確認しながら音を出していく。

ふわっと響き渡る極上の音……ああ、ここで弾くとこんなにも音が艶やかに輝くんだと思って嬉しくなった。

知らずに笑顔になる僕に、見守る人々も優しげに微笑んでくれた。

時間が過ぎ去るのも忘れて僕は音を出すことに没頭した。
そして、大体のおさらいが済み、通して弾いてみる。

目を瞑り、蘭紗様への愛の気持ちを高らかに歌い上げ、そして心を込める。
蘭紗様がいるから僕は今ここにいる。
僕のことを思って、いつもそばにいてくれる優しい人。
愛するということが何かを教えてくれた人。

3分ちょっとの演奏を終えて目を開けて、再び譜面を見て確認した。
何年も弾いていない曲なので、やはり精度が低い……
久しぶりにこれほどの集中力を出し切った気がして、フウと息を吐いて目線をあげた。

その場にいたのは……なんと子どもたち。

「え?」

僕は驚いて思わず間抜けな声を出してしまった。
子どもたちはキレイに並んで座り、僕のことをじっと見ていた。
よく見ると泣いている子もいるし、真っ赤な顔でそわそわしてる子もいる。

「えと……あれ?武術教室始まってます?ごめんなさい、先生はどこ?」
「薫様、まだ始まってはいませんよ、この子達は早めに来た子らです」
「そうなの?ごめんね、驚かせて」

その中からひょろっと背が高い一人の男性が立ち上がり、僕の方へ歩み寄ってきた。

「薫様、何度かお会いしております、跳光家の束です」
「あ……僑先生の従兄さんですよね」
「はい、本日は……このような機会に恵まれて子どもたちもみな喜んでおります。芸術に触れることは貴族でないとなかなかありませんから」
「そう……そうか……」

僕は改めて子らを見渡した。
シンプルな着物を着ている子が大半で、たしかに絹の着物しか着ない貴族ではなさそうだ。
でも、貧民というわけではないのは、顔の丸さや肌ツヤを見ても明らかで、紗国の豊かさに感謝しなくてはと思う。

「だけどね、芸術に親しむのは何も貴族だけに限らずとも良いと思うんだよね。習いたい子がいるのなら、そのように僕が考えるよ。よかったら……そのように話してみて」
「しかし、そのような楽器はお高いのでは?」
「芸術家を産むのは国としても誇り高いことだよ、よかったら僕が用意するから、そういう子がいるのならぜひ」
「なんと……」

束さんは驚きながらも子らに微笑んで頷いた。

「この武術教室は、何代も前から跳光が無料で行っている教室でして、この中から特に才能のある子は近衛になっている者もいるほどです、そして……武術には向かないながらも芸術に興味のある子もおります。歌や絵のうまい子も。薫様にご相談してもよろしければ、それらの資料をまとめまして、後ほどお届けいたします」
「いいね、ありがとう。そういうのすごくうれしいよ」

僕が笑うと束さんも笑ってくれた、笑うと僑先生に似ている。

「王妃様、とてもきれいな音でした」
「また聞かせてください」
「お願いします」

子どもたちは僕と束さんの会話を聞いて緊張が解けてきたのか、色々と話しかけてきた。

「ありがとう……いまのは練習だからね、きちんと通して納得の行く演奏ができるようになるまで、ここに時折弾きに来るつもり、よかったら聴きにおいでね」
「はい!」

子らはとても喜んでバンザイをしたりしてはしゃいでいる。
小さな子が集まると空気が澄んでいくようで、あたりがキラキラしている。

「今何時?」
「お昼過ぎでございます」
「そう……じゃあ、片付けて戻りましょう。場所、ありがとうね」

僕は束さんにお礼を言って城に戻った。

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