狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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汽笛1

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 潮風の吹く港町に降り立った。
二人のお忍びデート以来だ。
あの時期の潮風はピューと吹くと寒さが身にしみたけど、今は違う。
少しだけ花の香りが混ざった湿った風は、僕の身体を気持ちよく通り過ぎていく。

「おかあさま!おふね!」

腕の中で翠の小さな身体が跳ねる。
先ほどから見たことのないものの連続で興奮しきっているのだ。

「わあ!おおきい!」
「そうだね、翠、この大きなお船に乗るんだよ。そしてこの海を渡っていくの」
「海ってどこまで続いているのですか?」
「ふふ……どこまで続いているのかは……おとなになったら自分で探してみて?僕もこの世界の果てが何なのか知らないの」

僕は抜けるように青い美しい空を見上げた。

地球にいた頃の常識ならば、ここも星なのだろうと思う……
太陽は一つで月も一つ。
東から上って西に沈んでいく。
この世界も、地球のように自転しながら恒星を回る惑星であるはずだ。
四季があって、一年の長さもほとんど変わらない。
だからこそ、僕にも無理なく溶け込める暮らしであるのだろう。

だけど、ここの暮らしにはその概念はいまのところ無いみたいだ。
天体を観測する研究者達がいるのは聞いている。
彼らはアオアイに拠点を置き、世界に散らばって研究をしているようだ。
やがて彼らが積み上げたもので、色々とわかっていくことがあるはずだ。
世界の学問の発展には、そういう過程が大事なんだろうと思うから、僕は余計なことを言わないようにしていた。

それに、世界には果てがあるんじゃないか?



それは地球にいた頃から不思議に思っていたことと同じじゃないのかと思う。
……宇宙の果てってなんだろう?
果てがあるとして……
その果ての外には何があるのだろう?
なにもないとして……じゃあ……なにもないってなに?



僕は子供の頃からそんなことをベッドの中でずっと考えている子だった。
考えては、その考えの行き着く先に勝手にゾッとしたりしていた。

寝込んだ時は百科事典を枕の横に置いて、惑星図をじっと眺めていた。
そういえば、お祖父様に買ってもらった天体望遠鏡……あれはまだうちにあるのかな?

もしあるのなら、妹にも眺めてほしいと思う。
夜風に当たらないよう、外には出れなかった妹だけど、無事手術を終えた今なら、きっともう、あの美しい星空を眺められるよね。

「おかあさま!あれはなに!」

大興奮中の翠の小さな手が指差した先にあるのは、港町のマーケットだ。
僕と蘭紗様がデートしたあの屋台が並ぶ通り。

「あれはね、露店っていうお店なの。いろいろなものが置いてあるけど……今はちょっと時間がないかな?もうお船に乗るから」
「そうなのですか」

残念そうに人差し指を顎に置いて、なおもじっとマーケットを見る翠に笑いながら背中をポンポン叩いて機嫌を取る。

「さあ、翠!大きなお船に乗るよ!蘭紗様もご挨拶が済んだみたい」

蘭紗様は港町の長と話しをしていたが、涼鱗さんと共にこちらに歩いてくる。
僕の横にいたカジャルさんが、そっと翠に耳打ちした。

「翠紗様、アオアイにある市場はこんなものじゃない大きさだよ、そこで色々と見て回ればいいさ!」
「ん!!」

目をキラキラさせて大好きなカジャルさんを見つめる翠が本当にかわいい。

力のない僕でも軽いと思える小さな体だけど、翠は本当によく育ってくれている。
よく喋るようになったし、ちゃんとわがままも言ってくれる。

「さあ翠紗、こっちに来るんだ」

蘭紗様の腕の中に飛びつくように移動した翠は嬉しそうに頬を擦り付けてニコニコした。
ふと視線を感じて横を見ると、市場から僕たちを見つめている人々の中に、小さな兄弟がいた。
大人たちに混じって、手を繋いでこちらを伺っていた。

「薫、どうかしたか?」
「いえ、なんでもないですよ」

僕は皆と一緒に手をふる人々に応えながらタラップをのぼった。
そしてもう一度その兄弟を見た。
他にも子供がいるのに、なぜだかその子達から目が離せない。

そして、違和感に気が付き、足が止まった。


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