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汽笛2
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……ああ、あの子らだけ、服装が違うんだ……
ボロとまではいかないけど、青い上着の裾は擦り切れていて穴があいている。
握り合う手は何かで汚れて真っ黒だ。
顔だけは白いけど……子供らしい柔らかな線ではない、痩せていた。
兄のポケットには何が詰まっているのかパンパンになっていていて、それが哀れさを誘う。
そこにはきっと、市場で拾った食べ物を詰めているのでは?と推測できたからだ。
「薫?」
「……あの……蘭紗様」
完全に足を止めてしまった僕を訝しむように皆が振り向く。
「ん?」
不思議そうに見つめられて、何も言えなくなった。
ここであの子らのそばに駆け寄って、「これでご飯を買いなさい」とお金を渡すというのか?
それがなにかの解決になるというんだろうか……
衆目を集め、あの子らが傷つくことだって考えられる。
そうじゃなくて……もっと根本から何かを変えたくて、僕は今紗国の孤児院の調査をしているはず。
「あの……なんでもないです。ごめんなさい」
「ああ……」
蘭紗様は一瞬真面目な顔をしたが、すぐに笑顔に戻り、僕の手を引いた。
翠の小さな手が僕の頭を触る。
ゆっくりとタラップを上り終わり、そして船の中に入った。
船長が挨拶に来た、前回アオアイに行ったときにもお世話になった方だ。
船の中の全権はこの人にある、命令系統は王よりも船長が上だ。
海の上での支配者は、船長なのだ。
船長は紗国生まれの紗国人で、この豪華な紗国王族の御用船を誇りを持って動かしている。
そして、とても蘭紗様を尊敬してくれている。
船長はたくましい体を折り曲げてきちんと臣下の礼をして僕たちを迎えた。
船員達が居並ぶ中、大きなバンケットルームで出港の挨拶と儀式を終え、船はゆるりと動き出した。
そこから甲板に移り、港から見送る国民達に手を振った。
小さく見える人々の中から、もう、あの兄弟の姿を探すことはできなかった。
涼鱗さんがいつか話してくれたこと。
『一人だけ助けても、苦しむ人全員を助けられはしないのだから、目の前に見える一人だけを助けようとするなと……そう教わるんだよ、私達王族はね』
だけど翠だけを助けた僕を誰も責めず、皆は暖かく受け入れてくれた。
結果、翠は蘭紗様のそばにいるべき立場だったことがわかったから良かったけど。
あの時のあの行動は……さすがに衝動的過ぎたんだなと今更実感が湧いてくる。
あの子達の無表情な顔が脳裏に浮かぶ……少しだけ、僕と目が合った時嬉しそうに顔を歪めた二人の子供。
「蘭紗様、少しお話があります」
「薫?」
「よかったら、カジャルさんも、涼鱗さんも聞いてくれますか?」
「もちろんだよ」
皆が潮風に吹かれたまま僕を見つめた。
「さきほど港で……僕を見つめる兄弟を見ました」
「ん?」
「兄弟?」
「港町の子だろう」
「ええ、このあたりにいる子でしょうが……粗末な身なりで、汚れていました。そして痩せていて、思いつめた顔で僕をじっと見ていて、なんだか胸が詰まってしまって」
「なるほど……だから先ほど……」
蘭紗様に引き寄せられ、ぽふっと胸に抱きしめられた。
「あの子達は孤児でしょうか」
「ん……そうだろうな。このあたりは豊かだ、親がいてそのような姿にはならんだろう」
「ここらの孤児院は、実は2つあるんですが、人数が多いんだ」
カジャルさんの言葉に皆が「ふむ」とうなずく。
「そう言えば……港町の端と端に2つあるんでしたね」
僕も資料を思い出し、そう答えた。
「港は色んな国の者も訪れるから、落し子が多いらしいな……孤児院が一つでないのは、人数が多いからなんだが、どこからどう見ても紗国人じゃない子が多いそうだ」
「なるほど……それで、調査は進んでいるのか?」
「いや、南の方はまだだ、俺が北の3箇所を回ったんだが、義兄上が西方を周っている」
「北方の調査結果はどうだったのだ?」
「北は、互助が発達していた。どの町も、子が親を失うと近所の者が手を差し伸べ、孤児院に一度は預かるのだが、育つのは家庭が良いという考えが浸透していて、家庭に置き皆で子を慈しんでいる」
「ほう……紗国は……優しい国だねえ」
涼鱗さんが目を細めてうなずく。
「西の方の孤児院は、正常に動いていたそうだよ、義兄上の見てきたところ、近所の人らがいつも目をかけていて建物の修繕もかって出てくれるようだし、常に野菜などの差し入れもあるようで、管理者も適切にお金をかけていて、子らは皆子供らしく育っているようだ、もちろん学び舎にも通っている」
「なるほど……あるべき姿だな」
「では残るは、東と南ということか」
「帰りに、僕が調査に行ってもいいですか?」
思い切って僕は口にだしてみた……
「……帰りとは……アオアイからの、ということか?」
「はい、直接孤児院に僕が出向くのはよしたほうが良いと、カジャルさんも葛貫かつらさんも……」
「俺が行くから……どうか、任せてくれ」
カジャルさんは真剣な顔で僕を見つめた。
僕はその視線を受け止めて、そして微笑んだ。
「僕は、庇護されるだけの王妃ではないんです。どうか心配しすぎないでほしいな。僕に耐えられないほどひどくはないはず。だってそれならば、僕に提出したあの文がまるきり嘘ってことになるでしょう?港町の長はそんな人じゃないはずですよ」
僕はカジャルさんと葛貫さんが調査を始める前に、各町の長からもらった文を思い出した。
どれもそこまで悪い内容ではなかった。
「もしも……港町の長が僕に嘘の報告をしていたとしたら……それはそれで、ちょっと別の問題もあるんじゃないのかな」
「確かに……だが、薫が見たその兄弟がもしも孤児院の子だとしたら、ボロをまとわせるような環境にその孤児院はあるってことじゃないのか?」
「港町の孤児院はどこが管理しているのだ?」
「ここら一帯は、豪久の家だな」
「豪久……」
僕や翠の誕生日にも、それからお正月にも贈り物を送ってきてくれたので、名前だけは覚えていた。
「どういう人たちでしょう?」
「ああ、紗国の建設を担当している古くからある名家だよ、あの60階の城も、豪久家が造ったと言われている、あのプールの建設も豪久だ。不正を働くような家ではないぞ」
「ならば……この土地にあのような子がいることになにか理由があるのでは」
「……そうだな、では、我も、一緒に孤児院の視察に行こう」
「蘭紗様!」
僕は驚いて蘭紗様を見上げた。
だけど、優しく微笑んで安心させようとしてくれているのがわかって、何も言えなかった。
「……じゃあ、私らも一緒にいくよ、どうせ皆帰り道だしねえ」
涼鱗さんもカジャルさんも「なんてことない」という顔をしている。
この人達がそばにいてくれていて、本当に良かった。
みんなちゃんと、人のことを思いやることが出来る人たちなんだ。
その時ちょうど、港に別れを告げる汽笛が、ボウと長く鳴った。
その音が、どこか物悲しく聞こえた。
ボロとまではいかないけど、青い上着の裾は擦り切れていて穴があいている。
握り合う手は何かで汚れて真っ黒だ。
顔だけは白いけど……子供らしい柔らかな線ではない、痩せていた。
兄のポケットには何が詰まっているのかパンパンになっていていて、それが哀れさを誘う。
そこにはきっと、市場で拾った食べ物を詰めているのでは?と推測できたからだ。
「薫?」
「……あの……蘭紗様」
完全に足を止めてしまった僕を訝しむように皆が振り向く。
「ん?」
不思議そうに見つめられて、何も言えなくなった。
ここであの子らのそばに駆け寄って、「これでご飯を買いなさい」とお金を渡すというのか?
それがなにかの解決になるというんだろうか……
衆目を集め、あの子らが傷つくことだって考えられる。
そうじゃなくて……もっと根本から何かを変えたくて、僕は今紗国の孤児院の調査をしているはず。
「あの……なんでもないです。ごめんなさい」
「ああ……」
蘭紗様は一瞬真面目な顔をしたが、すぐに笑顔に戻り、僕の手を引いた。
翠の小さな手が僕の頭を触る。
ゆっくりとタラップを上り終わり、そして船の中に入った。
船長が挨拶に来た、前回アオアイに行ったときにもお世話になった方だ。
船の中の全権はこの人にある、命令系統は王よりも船長が上だ。
海の上での支配者は、船長なのだ。
船長は紗国生まれの紗国人で、この豪華な紗国王族の御用船を誇りを持って動かしている。
そして、とても蘭紗様を尊敬してくれている。
船長はたくましい体を折り曲げてきちんと臣下の礼をして僕たちを迎えた。
船員達が居並ぶ中、大きなバンケットルームで出港の挨拶と儀式を終え、船はゆるりと動き出した。
そこから甲板に移り、港から見送る国民達に手を振った。
小さく見える人々の中から、もう、あの兄弟の姿を探すことはできなかった。
涼鱗さんがいつか話してくれたこと。
『一人だけ助けても、苦しむ人全員を助けられはしないのだから、目の前に見える一人だけを助けようとするなと……そう教わるんだよ、私達王族はね』
だけど翠だけを助けた僕を誰も責めず、皆は暖かく受け入れてくれた。
結果、翠は蘭紗様のそばにいるべき立場だったことがわかったから良かったけど。
あの時のあの行動は……さすがに衝動的過ぎたんだなと今更実感が湧いてくる。
あの子達の無表情な顔が脳裏に浮かぶ……少しだけ、僕と目が合った時嬉しそうに顔を歪めた二人の子供。
「蘭紗様、少しお話があります」
「薫?」
「よかったら、カジャルさんも、涼鱗さんも聞いてくれますか?」
「もちろんだよ」
皆が潮風に吹かれたまま僕を見つめた。
「さきほど港で……僕を見つめる兄弟を見ました」
「ん?」
「兄弟?」
「港町の子だろう」
「ええ、このあたりにいる子でしょうが……粗末な身なりで、汚れていました。そして痩せていて、思いつめた顔で僕をじっと見ていて、なんだか胸が詰まってしまって」
「なるほど……だから先ほど……」
蘭紗様に引き寄せられ、ぽふっと胸に抱きしめられた。
「あの子達は孤児でしょうか」
「ん……そうだろうな。このあたりは豊かだ、親がいてそのような姿にはならんだろう」
「ここらの孤児院は、実は2つあるんですが、人数が多いんだ」
カジャルさんの言葉に皆が「ふむ」とうなずく。
「そう言えば……港町の端と端に2つあるんでしたね」
僕も資料を思い出し、そう答えた。
「港は色んな国の者も訪れるから、落し子が多いらしいな……孤児院が一つでないのは、人数が多いからなんだが、どこからどう見ても紗国人じゃない子が多いそうだ」
「なるほど……それで、調査は進んでいるのか?」
「いや、南の方はまだだ、俺が北の3箇所を回ったんだが、義兄上が西方を周っている」
「北方の調査結果はどうだったのだ?」
「北は、互助が発達していた。どの町も、子が親を失うと近所の者が手を差し伸べ、孤児院に一度は預かるのだが、育つのは家庭が良いという考えが浸透していて、家庭に置き皆で子を慈しんでいる」
「ほう……紗国は……優しい国だねえ」
涼鱗さんが目を細めてうなずく。
「西の方の孤児院は、正常に動いていたそうだよ、義兄上の見てきたところ、近所の人らがいつも目をかけていて建物の修繕もかって出てくれるようだし、常に野菜などの差し入れもあるようで、管理者も適切にお金をかけていて、子らは皆子供らしく育っているようだ、もちろん学び舎にも通っている」
「なるほど……あるべき姿だな」
「では残るは、東と南ということか」
「帰りに、僕が調査に行ってもいいですか?」
思い切って僕は口にだしてみた……
「……帰りとは……アオアイからの、ということか?」
「はい、直接孤児院に僕が出向くのはよしたほうが良いと、カジャルさんも葛貫かつらさんも……」
「俺が行くから……どうか、任せてくれ」
カジャルさんは真剣な顔で僕を見つめた。
僕はその視線を受け止めて、そして微笑んだ。
「僕は、庇護されるだけの王妃ではないんです。どうか心配しすぎないでほしいな。僕に耐えられないほどひどくはないはず。だってそれならば、僕に提出したあの文がまるきり嘘ってことになるでしょう?港町の長はそんな人じゃないはずですよ」
僕はカジャルさんと葛貫さんが調査を始める前に、各町の長からもらった文を思い出した。
どれもそこまで悪い内容ではなかった。
「もしも……港町の長が僕に嘘の報告をしていたとしたら……それはそれで、ちょっと別の問題もあるんじゃないのかな」
「確かに……だが、薫が見たその兄弟がもしも孤児院の子だとしたら、ボロをまとわせるような環境にその孤児院はあるってことじゃないのか?」
「港町の孤児院はどこが管理しているのだ?」
「ここら一帯は、豪久の家だな」
「豪久……」
僕や翠の誕生日にも、それからお正月にも贈り物を送ってきてくれたので、名前だけは覚えていた。
「どういう人たちでしょう?」
「ああ、紗国の建設を担当している古くからある名家だよ、あの60階の城も、豪久家が造ったと言われている、あのプールの建設も豪久だ。不正を働くような家ではないぞ」
「ならば……この土地にあのような子がいることになにか理由があるのでは」
「……そうだな、では、我も、一緒に孤児院の視察に行こう」
「蘭紗様!」
僕は驚いて蘭紗様を見上げた。
だけど、優しく微笑んで安心させようとしてくれているのがわかって、何も言えなかった。
「……じゃあ、私らも一緒にいくよ、どうせ皆帰り道だしねえ」
涼鱗さんもカジャルさんも「なんてことない」という顔をしている。
この人達がそばにいてくれていて、本当に良かった。
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