狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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母と子

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 今日のアオアイの空は雲ひとつ無い、昨日よりも濃い青に思える。
日はもう高くなってきた。
今回の国際会議ではそれほど重要な案件がないようで、ほとんど報告会のようなものだと聞いているが、その中でも特別に注目されている国がある……阿羅国だ。

阿羅国を復興するという使命を持って、国の政治を正常化しようと奮闘する波羽彦さんたちは、国の中枢の人間がほとんどいなくなってしまった中、市井から優秀な人材を掘り起こし、そして積極的に国外へ留学、また受け入れを行なった。
阿羅国で学べる者は意外にも多いと世界でも評判なのだが、その主たるものは、芸術分野とスポーツだ。

新人君がサッカーや野球やバスケット、そして陸上競技を持ち込み国民に普及させていたことで、それは深く彼らの生活に馴染んでいて、僕の知る地球と変わらぬ姿でそれらは残っていた。

特に阿羅国が力を入れているのはサッカーだ。

新人君がサッカーを長くやっていたことに関係するかどうかはわからないけど。
阿羅国はスポーツの中でも特にサッカーを世に浸透させたいようだ。
審判の資格を持つ者がサッカーの伝道師となり、各国に派遣または招待されているのだ。
ゴールとボールさえあればという気軽さから、魔力がほとんどない市井の子らも遊べるということで、それは今流行の兆しを見せている。
なによりゲーム自体が見てもやっても楽しいから、とっつきやすいのだろう。

そして、芸術分野ではバイオリンだ。

たまたま、バイオリニストがお嫁様として現れ、誘拐という形で阿羅国の地に来たことで始まった……この世界でのバイオリンの歴史。
誘拐され運命の人と出会うことのなかったお嫁様を思うと、心情的には手放しで喜ぶという気にはなれないけど、やっぱり残してくれていて良かったと思う。

「薫様、会議にご出席の方々の昼餐が始まりました。予定通りでございますので、演奏会も順調に始まるでしょう、薫様もお食事をお召し上がりになってください」
「うん、じゃあそうしようかな」

僕は肩に乗せていたバイオリンをそっとケースに戻した。

昨日はアオアイ王が僕のために手配してくれた立派なホールで、ルカリスト王国のサスラス王子との伴奏合わせをした。
正直言って驚くほどサスラス王子はピアノがうまかった。
大きな手が楽器を弾くにあたって有利になるのはもちろんだけど、それだけじゃない。
あんなふうに優しい音を奏でる人とは思わなかった。
僕の演奏との相性は良く、美しい音が奏でられたと思う。

「おかあさま!ぼく、舞台がとてもたのしみです」

翠が丸い目を輝かせて僕をじっと見上げている。
その顔や仕草がたまらなく可愛くて、抱き上げて頬ずりをした。

「ありがとう、うまくいくといいな」
「おかあさまのバイオリンは本当にきれい、うまくいくの!」

かわいらしい声で応援されると、くすぐったいけど本当に心が満たされる。

昨夜は蘭紗様にサスラス王子の伴奏になると告げた時には、「演奏会には出るな」と凄みのある声で言われてとても驚いたのだけど……
結局サスラス王子の現状や、伴奏合わせも済んでしまったこと、そして僕は気にしていないしとても良い機会だと思っていることを伝えて、なんとか納得してもらったのだ。

はじめは、蘭紗様はどうしてあんなに怖い声を出したんだろう……と落ち込んでしまったけど。
僕を心配するあまりにそうなってしまったんだろうとも思うし……
もしかして初めての夫婦喧嘩?だったのかも?

僕はクスっと笑って翠を見つめた。
蘭紗様が不機嫌になった時、翠がトコトコやって来たのだ、そして蘭紗様の膝の上によじ登って小さな両手で蘭紗様の顔を挟んで「おかあさまをいじめちゃだめ!」って言った。

あの時の蘭紗様の顔は、僕一生忘れられないと思うんだよね。
驚きつつ焦りつつ、口をパクパクしてから「いじめてなどいない」と小さな声で呟いたのだ。
あれは怒られた少年の顔だった、今思い出しても面白い。

「翠は、僕の味方なんだね」
「はい、おかあさま」
「翠は、蘭紗様の瑞兆のはずなのにね」

僕と翠は声を出して笑いあった。

「お食事のご用意ができました」
「はい、行きますね」

僕は翠を抱っこしたまま歩き、美しい白亜のバルコニーに出た。
そこには籐のテーブルセットがあって、紗の幕が日差しを遮るようにかかっている。

アオアイの海が広がる風景が眼下に広がり、潮風と山の空気が混じった爽やかな風が身体を包んだ。

いつ来ても、ここは本当に素敵な所だ……

テーブルには、おいしそうなアオアイ料理が並んでいた。
僕は今回マーケットに足を伸ばす時間がなさそうだったので、料理長にお願いしたのだ。
紗国にもアオアイ料理の店はあるけれど、この南国の空気の中で食べるから意味があるんだよね!

「おかあさま!これおいひいです」

翠は、フォーに似た野菜と蒸し鶏の乗った麺をちゅるちゅるしながら話した。
くせのある野菜ははぶいてもらったので、翠にもおいしくたべられるよね!
スープは魚介の出汁がたっぷり出ていて本当においしいんだ。

「僕もこれ大好きなの、あ、翠、これも食べてみて」

僕は翠の前にチャパティーのようなしっかりとしたクレープ生地に、エビや野菜が巻かれたものをかわいらしいお皿に乗せて差し出した。

「わあ!丸いサンドイッチです!」
「んと、サンドイッチなのかな?……トルティーヤ?」

料理の名前はわからないけど、とっても美味しかったんだよね。
これも僕のリクエストなんだ。

前回のときはカジャルさんがずっと一緒にいてくれて色々と案内してくれた。
今回は宰相である涼鱗さんの助手として会議に一緒に出席している。
カジャルさんはおとなしく奥様しているような性格じゃないから、きっと今生き生きとしてるんじゃないかな?
僕は前回と違って翠と二人で迎賓館で過ごしていた。
そう言えば……あのときはまだこの子は手元にいなかった……そう思うと不思議な気がする。
こんなにもこの子がいることが自然なのに。

「おかあたま!おいひい!」

口にいっぱい詰め込んだまま感動を言葉にする翠を微笑みながら見守った。
こんな時間は本当に贅沢だ。

「よかった……でも翠、お口に食べ物入れすぎだし、入れたままお話するのは駄目だよ」
「あぃ」

翠は口に両手をやってしょぼんとしたので、頭を撫でてやった。

「翠は王子様なんだからね」
「うん」
「薫様、ラハーム王国の王妃様よりお届けものでございます」
「ええ?」

僕は驚いて里亜を見上げた。
手のひらに乗るぐらいの小さな紙製の箱には大きな美しいリボンが結ばれていた。

「なんだろう?」

僕はお皿を片付けてもらってリボンを解いた。
リボンにはさまっていたカードを読む。

『薫様……演奏会楽しみにしております。はじめてのことで緊張なさっておいででしょう。これはラハームに古くから伝わるお守りです。どうぞ身につけてくださいませ』

貴婦人の代表のような美しく流れるような文字に、僕のことを心配してくれる文面……
僕は胸がきゅっと苦しくなるぐらい嬉しかった。
母がそばにいてくれるような……そんな感覚になる。

箱の中の絹の包みを開くと、薄い半透明の円形のガラスのようなものが出てきた。
美しい繊細な技で彫刻が施され、花々が描かれてあった。
手に取って日に透かして見る。
キラリと光って本当にキレイだ……

「これは……えと……鱗?」
「はい……それは蛇族の鱗でございますね」
「うわ……またもらっちゃった……」
「しかしそれは……他族にはほとんど渡ることのない蛇の喉元の鱗ではないかと」
「のどもと?」
「はい、完全な円形のものはそこにしかないと聞いたことがあります、お守りになるので一族の母が成人した子に渡すのだそうです」
「子に……」

その言葉に胸を打たれ、言葉が続かない。
涼鱗さんのお母様は、僕のことを息子のように思ってくださっているのだろうか?
うれしい。

「身につけて演奏会にと、そう書いてあるのだけど、割れないかな?」
「蛇の鱗は滅多なことでは割れませんよ、衣装にお着替えされた後、胸元にお入れになってはどうですか?」
「うん、そうするよ」

僕は頬を上気するのを感じた。

「きれいですね」

翠も興味津々だ、少し持たせて見せてあげると、「わあ!」と言いながらじっと見つめてニッコリと笑った。

「おかあさま、うれしそう」
「うん」
「よかったですね」
「うん、ありがとう」

僕たちは昼食を終え、演奏会のための着替えをするため立ち上がった。

「なんだか楽しみになってきたかも……」

僕の心はやっと落ち着いてきたのだった。

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