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演奏会3
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エサイアスさんは、床すれすれまである長いコートのような優雅なジャケットを翻してステージに現れた。
黒いそれには黒く光る糸で繊細に刺繍が入っていて、とても豪華でかつエレガントだ。
客席からは女性の黄色い声が聞こえる。
彼の様子を見て、初めに会った時とまるで違う雰囲気に舌を巻く、彼はこの世界のスターなのだなと感じた。
さきほどまでの阿羅国のバイオリンの音に支配されていた会場内を一瞬にして自分に振り向かせ、そして音を奏で始めた。
美しい旋律が印象的なその曲を、僕は知らない。
こちらの世界の曲なのだろう。
静かにはじまった曲の中になにかの決意のようなものが秘められ、そして爆発的な情熱を感じるラストの盛り上がり。
彼の演奏も素晴らしかった。
この世界でも、音楽は大事なものなのだな……そう感じられてとても嬉しかった。
ふと、会場を見ると、蘭紗様と翠がじっと僕を見ていた。
暗い中、遠くにあって顔がはっきり見えるわけでもないのに、心配そうな様子が見て取れる。
……心配かけちゃったみたい……
僕は膝の上のクーちゃんに話しかけた。
「クーちゃん、次は僕たちだから、客席の蘭紗様と翠のところから見守っててね」
「クル」
エサイアスさんへの拍手が鳴り止まない中、僕たちはそっと立ち上がり、クーちゃんは音もなく会場を優雅に飛んで、まっすぐ蘭紗様の方へ飛び去った。
殆どの者がそれに気づかなかったが、その姿を偶然見た者は瞠目し拍手の手を止め、口をあんぐりと開けている。
僕はそれを見て愉快な気持ちになった。
「サスラス王子、僕たちも、頑張りましょ。僕たちの思いを届けましょう」
「……この曲は、愛の心をうたうものなのだろう?」
「そうですね、僕は……蘭紗様に愛を届けたい、そして僕を支えてくれる人皆にも」
「では私は……大切な友、波羽彦と……憧れのあなたを思って弾こう」
「憧れ?!」
「……恋や愛ではないが、あなたへの憧れは今も心にある、それぐらい許してほしい」
熊族の男は大きな体を少し曲げて僕に手を差し出した。
「さあ、お手をどうぞ、薫様」
タレ目をさらに下げてにこりと微笑むサスラス王子はとても可愛らしく見えた。
「はい、お願いしますね」
仙も小声でサスラス王子に僕のことを頼んだ。
僕は、サスラス王子にエスコートされ、リスの侍女たちの先導で階段を降りた。
そして、出番の終わった出演者達のキラキラした目線を浴びながら舞台の袖に立つ。
ステージは明るくて観客の顔は殆ど見えない。
それでも、そこにいるはずの皆の顔を思い浮かべ、そして僕とサスラス王子はステージに出た。
一際大きな拍手と熱気に包まれ驚きつつも感謝を込めて会場を見渡す。
美しい彫刻が重厚に飾られたアンティークな設え、ところどころに見える白亜の柱も優雅な意匠だが、あれはおそらく沈滞石だ。
これに囲まれていては誰も悪意を持てないとされている不思議な石。
観客の顔は誰もが期待を込めて瞳を輝かせている。
僕を初めて見る人も大勢いるだろう、そして誰もが僕がどこから来たのかも知っている。
そして歓迎してくれていることに感謝した。
サスラス王子は僕を真ん中までエスコートすると、自分は斜め後ろのピアノに着席した。
美しい純白のグランドピアノは、さきほどピアニストのエサイアスさんが弾いたそれだ。
僕はサスラス王子と目を合わせ、合図を送った。
静かに始まったピアノの音色に僕のバイオリンが重なっていく。
サスラス王子が言うように、これは愛の調べなのだ。
素直に僕はその思いを音に乗せた。
そのバイオリンの音に一瞬会場が静まり返る。
僕は自分でも驚くほどの素晴らしい音色が出せていることに感激していた。
どう弾いても良い音が出る名器だったけど、これほどの深み、そして澄んだ音が出せるのかと身体が震えた。
僕なんかが扱いきれるようなものじゃないと躊躇うことさえあった一挺のバイオリン。
だけど今ここにきてようやく僕に馴染んだ。
身体から振り絞るように思いを重ね、愛する人の顔を浮かべ、そして曲は終わりを告げた。
シンとした会場が一気に沸き、僕はあっけに取られ、そして頬が紅潮するのを感じて恥ずかしくなって礼をした。
ますます激しく拍手は鳴り止まず、歓声もかけられ、そしてスタンディングオベーションを受けた。
これが最高の賞賛であることはこの世界でも同じだろう。
こんなことは初めてで足が震えたが、そっと後ろにサスラス王子が立って、促されるままもう一度礼をして手を振った。
その時スーッとクーちゃんが現れて鳳凰の姿で僕の肩に乗って、観客がどよめく。
サスラス王子は慌てずに僕をエスコートしてくれて舞台からはけた。
舞台袖では出演者らが客席と同じ様に興奮状態で拍手を打ち鳴らしており、涙を流すものさえいた。
「薫様……お声掛けなど失礼に当たるかもしれませんが……」
そばに寄って跪いたのは、阿羅国のバイオリニストだった。
「私はずっと……その名器「ハーラ」があなたの手に渡ったことが悔しかった。名手のほまれ高い私が手にすべきものだと……恥ずかしげもなく考えておりました。しかし、ようやくわかりました。あなたこそ、このハーラが求める方、そして阿羅彦様が心に秘めた思いを受け取られる方でございます」
「……ハーラ?」
「はい……阿羅国ではそれをハーラと呼び、憧れの名器として伝説になっておりました。今日、その音をこの耳で聞くことができ……感激で胸の震えが止まりません」
「……そう……名前があったんだね」
「私のこのバイオリンも、同じ職人の手によるものです」
「そうなの……あなたの演奏は素晴らしかった……」
「いえ、私は……恐れ多くも薫様に挑むような挑戦的な心で弾いてしまった。あれではいけなかった」
「曲の解釈は間違っていないでしょう、あれはそういう曲です」
阿羅国のバイオリニストは悲しげに微笑んだ。
「……これからもハーラを……このような場でぜひ、弾いてくださいますよね?これきりなどということはございませんよね?」
僕はその問いに答えることを躊躇した。
またこんな緊張をするのは、ごめんだと言う気持ちがないわけではない。
「それは、私もそう思うぞ」
「ええ、私もです」
サスラス王子とピアニストのエサイアスが頷いた。
「ならば、次の機会があれば……また伴奏はサスラス王子で……ね?」
「え!」
サスラス王子は目を白黒させて慌てふためき、皆を笑わせた。
「お二人の息はぴったりでございました。次回も楽しみにしておりますから」
「ほんとうに!!」
その場の皆が口々にそう言ってくれて僕とサスラス王子は見つめ合って苦笑した。
紆余曲折があったけど、この人と僕は結局音楽で繋がれた。
きっと良い友人になってくれるだろう。
素晴らしいバイオリンをありがとう……新人君……
黒いそれには黒く光る糸で繊細に刺繍が入っていて、とても豪華でかつエレガントだ。
客席からは女性の黄色い声が聞こえる。
彼の様子を見て、初めに会った時とまるで違う雰囲気に舌を巻く、彼はこの世界のスターなのだなと感じた。
さきほどまでの阿羅国のバイオリンの音に支配されていた会場内を一瞬にして自分に振り向かせ、そして音を奏で始めた。
美しい旋律が印象的なその曲を、僕は知らない。
こちらの世界の曲なのだろう。
静かにはじまった曲の中になにかの決意のようなものが秘められ、そして爆発的な情熱を感じるラストの盛り上がり。
彼の演奏も素晴らしかった。
この世界でも、音楽は大事なものなのだな……そう感じられてとても嬉しかった。
ふと、会場を見ると、蘭紗様と翠がじっと僕を見ていた。
暗い中、遠くにあって顔がはっきり見えるわけでもないのに、心配そうな様子が見て取れる。
……心配かけちゃったみたい……
僕は膝の上のクーちゃんに話しかけた。
「クーちゃん、次は僕たちだから、客席の蘭紗様と翠のところから見守っててね」
「クル」
エサイアスさんへの拍手が鳴り止まない中、僕たちはそっと立ち上がり、クーちゃんは音もなく会場を優雅に飛んで、まっすぐ蘭紗様の方へ飛び去った。
殆どの者がそれに気づかなかったが、その姿を偶然見た者は瞠目し拍手の手を止め、口をあんぐりと開けている。
僕はそれを見て愉快な気持ちになった。
「サスラス王子、僕たちも、頑張りましょ。僕たちの思いを届けましょう」
「……この曲は、愛の心をうたうものなのだろう?」
「そうですね、僕は……蘭紗様に愛を届けたい、そして僕を支えてくれる人皆にも」
「では私は……大切な友、波羽彦と……憧れのあなたを思って弾こう」
「憧れ?!」
「……恋や愛ではないが、あなたへの憧れは今も心にある、それぐらい許してほしい」
熊族の男は大きな体を少し曲げて僕に手を差し出した。
「さあ、お手をどうぞ、薫様」
タレ目をさらに下げてにこりと微笑むサスラス王子はとても可愛らしく見えた。
「はい、お願いしますね」
仙も小声でサスラス王子に僕のことを頼んだ。
僕は、サスラス王子にエスコートされ、リスの侍女たちの先導で階段を降りた。
そして、出番の終わった出演者達のキラキラした目線を浴びながら舞台の袖に立つ。
ステージは明るくて観客の顔は殆ど見えない。
それでも、そこにいるはずの皆の顔を思い浮かべ、そして僕とサスラス王子はステージに出た。
一際大きな拍手と熱気に包まれ驚きつつも感謝を込めて会場を見渡す。
美しい彫刻が重厚に飾られたアンティークな設え、ところどころに見える白亜の柱も優雅な意匠だが、あれはおそらく沈滞石だ。
これに囲まれていては誰も悪意を持てないとされている不思議な石。
観客の顔は誰もが期待を込めて瞳を輝かせている。
僕を初めて見る人も大勢いるだろう、そして誰もが僕がどこから来たのかも知っている。
そして歓迎してくれていることに感謝した。
サスラス王子は僕を真ん中までエスコートすると、自分は斜め後ろのピアノに着席した。
美しい純白のグランドピアノは、さきほどピアニストのエサイアスさんが弾いたそれだ。
僕はサスラス王子と目を合わせ、合図を送った。
静かに始まったピアノの音色に僕のバイオリンが重なっていく。
サスラス王子が言うように、これは愛の調べなのだ。
素直に僕はその思いを音に乗せた。
そのバイオリンの音に一瞬会場が静まり返る。
僕は自分でも驚くほどの素晴らしい音色が出せていることに感激していた。
どう弾いても良い音が出る名器だったけど、これほどの深み、そして澄んだ音が出せるのかと身体が震えた。
僕なんかが扱いきれるようなものじゃないと躊躇うことさえあった一挺のバイオリン。
だけど今ここにきてようやく僕に馴染んだ。
身体から振り絞るように思いを重ね、愛する人の顔を浮かべ、そして曲は終わりを告げた。
シンとした会場が一気に沸き、僕はあっけに取られ、そして頬が紅潮するのを感じて恥ずかしくなって礼をした。
ますます激しく拍手は鳴り止まず、歓声もかけられ、そしてスタンディングオベーションを受けた。
これが最高の賞賛であることはこの世界でも同じだろう。
こんなことは初めてで足が震えたが、そっと後ろにサスラス王子が立って、促されるままもう一度礼をして手を振った。
その時スーッとクーちゃんが現れて鳳凰の姿で僕の肩に乗って、観客がどよめく。
サスラス王子は慌てずに僕をエスコートしてくれて舞台からはけた。
舞台袖では出演者らが客席と同じ様に興奮状態で拍手を打ち鳴らしており、涙を流すものさえいた。
「薫様……お声掛けなど失礼に当たるかもしれませんが……」
そばに寄って跪いたのは、阿羅国のバイオリニストだった。
「私はずっと……その名器「ハーラ」があなたの手に渡ったことが悔しかった。名手のほまれ高い私が手にすべきものだと……恥ずかしげもなく考えておりました。しかし、ようやくわかりました。あなたこそ、このハーラが求める方、そして阿羅彦様が心に秘めた思いを受け取られる方でございます」
「……ハーラ?」
「はい……阿羅国ではそれをハーラと呼び、憧れの名器として伝説になっておりました。今日、その音をこの耳で聞くことができ……感激で胸の震えが止まりません」
「……そう……名前があったんだね」
「私のこのバイオリンも、同じ職人の手によるものです」
「そうなの……あなたの演奏は素晴らしかった……」
「いえ、私は……恐れ多くも薫様に挑むような挑戦的な心で弾いてしまった。あれではいけなかった」
「曲の解釈は間違っていないでしょう、あれはそういう曲です」
阿羅国のバイオリニストは悲しげに微笑んだ。
「……これからもハーラを……このような場でぜひ、弾いてくださいますよね?これきりなどということはございませんよね?」
僕はその問いに答えることを躊躇した。
またこんな緊張をするのは、ごめんだと言う気持ちがないわけではない。
「それは、私もそう思うぞ」
「ええ、私もです」
サスラス王子とピアニストのエサイアスが頷いた。
「ならば、次の機会があれば……また伴奏はサスラス王子で……ね?」
「え!」
サスラス王子は目を白黒させて慌てふためき、皆を笑わせた。
「お二人の息はぴったりでございました。次回も楽しみにしておりますから」
「ほんとうに!!」
その場の皆が口々にそう言ってくれて僕とサスラス王子は見つめ合って苦笑した。
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