狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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若き友たち

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 演奏会が終わってから控室に戻ると、蘭紗様と翠が待っていてくれて僕を優しく抱きしめてくれた。
それから、僕の顔をじっと見てどこか不安げな表情した。

「演奏が……素晴らしすぎた……どこか、この世のものではないような、夢の世界につながっているような……そなたがどこか遠くへいってしまうのではないかと不安になった」
「僕が?どこへ行くっていうんですか」

僕は笑いながら翠を抱き上げる。
翠は嬉しそうに首に手を回し、頬にキスをしてくれた。

「おかあさまはずっといっしょですよ!」
「うん、そうだよ翠安心してね……それにあの曲は愛を表現したものです。どこかへ行くんじゃなくて、あなたのそばにずっといたいと思って、その心を表現したつもりなんですけど……それじゃ真反対じゃないですか」

僕と蘭紗様は目を合わせてぷっと吹き出した。

「そうだな……悪かった……しかし、いつもよりも更に美しい音色に心を揺さぶられてな」
「ああ……はい」
「なにか秘密があるのか?」
「ん……秘密というか、ようやくあのバイオリンが僕のになってくれたって感じでしょうか……今まではどこか借り物で、それからもっというと、僕には弾きこなせないんじゃないかと重荷になるほどの名器だったんですよ」
「ああ……そういうことか……馴染んだのだな」
「はい」

僕と蘭紗様は見つめ合って静かに微笑んだ。



 その日の夜、世界中の王族やその他の少数民族が集まる晩餐会が開かれた。
迎賓館から着飾った王妃が続々と到着してくる。
名を告げられて挨拶するのだが、勉強した以外の国が多すぎた。
きちんと名をあげていない自治区や、それから少数民族などの代表もいて、僕は必死にそれらを頭に叩き入れる。
主たる国々は覚えているし、絵姿を見ているので顔もわかるのだけど……さすがにここまで多くの細かな部族一つ一つは無理だ。

となりにいる頼りになる蘭紗様を横目で見ながら、適切な対応をその場でアレンジしていかなくてはならない。

僕は小さな溜息をついて、仙から冷たい紅茶を差し出され、それをコクリと飲む。

「薫殿、演奏会はほんとうに……ほんとうに素晴らしかった……」

そう優しく声を掛けてくれたのは波羽彦王だ。

「ありがとうございます波羽彦王……そしてお久しぶりです、その後のご活躍聞いておりますよ」
「いや……恥ずかしいな」

波羽彦王は顔を赤くして頭を掻いた。
となりにはひっそりと立つ細身の波成様がいて、頬を紅潮させてかわいらしい笑顔をみせている。

「薫様……息もつけないほどの素晴らしさで……あの会場で聞くからでしょうか?以前に紗国城で聞いた時とはまた音が違って聞こえました」
「あは……さすが波成様、まさかそれを感じられるとは」
「え?では何か違うのですか?」

僕と波成様はほとんど同じ身長なのだが、この会場で僕たちは埋もれるように小さい。
ちょこちょこと良く働くリス族や鹿族のアオアイ人よりは大きいけれど。

波成様は紗国で不完全ながら麒麟に獣化された。
そこから一気に身長が伸びたのだ。

それまでは鹿族の女性ほどの身長しかなかった、日本で言うと小学生の高学年ぐらいだ。
それもかわいらしかったけど、本人は波羽彦王とのバランスが悪いと悩んでいたんだよね。
今はとっても素敵なカップルに見える。

「本番のときに、スッと何かが吹っ切れて、ようやくあの名器の音を引き出すことができたような気がするんです……でもまだまだこれからかもしれません」
「なるほど……」

ふと横の蘭紗様が僕の腰をぐっと引き寄せた。
何事かと見上げると、蘭紗様の視線の先にいたのは、蘭紗様に睨まれて困った顔をしたサスラス王子だった。

「そなた……我に許しも得ず、薫に直談判で伴奏を申し出るなど……」
「蘭紗、すまなかったよ。私が直接蘭紗に頼んだとして……とても許可など出してもらえないよなあと思っていたのさ」

サスラス王子はどこか気まずそうに苦笑を浮かべた。

「だが……薫様は快諾してくださったし、それに……」
「薫の優しさに付け込まないでほしい」
「ちょ、ちょっとまってください二人とも……」
「うん、ちょっと落ち着け、蘭紗」

波羽彦王と僕が必死に間に入ってなんとか蘭紗様の勢いを止めた。

「やめてください蘭紗様、サスラス王子は素晴らしい演奏で僕の伴奏をしてくださったのだし、それから、僕はもうサスラス王子とはお友達になりましたから!」
「はぁ?」

蘭紗様は盛大にしかめっ面で心の底から嫌そうにサスラス王子を見た。

「はじめての大舞台で緊張していた僕を、支えてくれたのも、サスラス王子です。僕にとっては大事な友だちですよ、これからまたこのような機会があるのなら、伴奏はまたサスラス王子にとそう思っているんです」
「……薫……何を……」

腑抜けたような顔で僕を見つめる蘭紗様の後ろでクククと笑う人がいた。

「蘭紗……薫にはどのみち勝てないだろう?このあたりで降参して……それからサスラスとも仲良くしておくほうが良いと思うよ、なんせ妻の友達なんだからねえ」

後ろから涼鱗さんがからかうようにそう言うと、蘭紗様は少年のように拗ねた顔で涼鱗さんとサスラス王子を睨みつけた。

いつもの大人の男という蘭紗様のイメージがガラガラと崩れるけど……なんだかかわいいな……

「ハハッ……蘭紗……おまえもそんなふうになるんだなぁ……意外だよ全く」

サスラス王子が愉快げに笑った。

「心配するな蘭紗、私は婚約中なんだよ、夏には式の予定なのさ」
「なに?」
「今度、ルカリスト王国の西の領土を引き継ぐこととなってね。正式に臣下に下るってわけさ。もう、王子ではなくなるんだ、今回が王子として最後の国際会議だったわけ。まあ、そんなことはどうでもいいんだけど……というか、我が国の岩塩だが……そなたラルカで勝って父から権利をもらってるだろう?あれは私の領土の谷から出るんだぞ?」
「……ならもう、送らずとも良い」
「こら、蘭紗」

涼鱗さんは困った顔で肩をすくめた。

「とにかく……僕は何も嫌な思いはしてません。今回の演奏が落ち着いてできたのは、サスラス王子が支えてくれたことが大きかったんです。それは蘭紗様も理解してほしいんですよ」

僕はなるべく落ち着いた声で説明をした。

「……そうか」

蘭紗様は不機嫌な顔を隠しきれていないけれど、僕には優しい視線を向けてくれた。

「だが……そなたは熊族だ……執着が激しいと言われてるだろう?我が妻によこしまな考えを持ってはいないか?」
「ふふ……持つわけないだろう?妻ができるんだ。それに蘭紗、さすがに私はね、もう二度とアオアイ地下牢には繋がれたくないよ。沈滞石で出来た手枷足枷はな、すっごくダルいんだぜ?試してみるか?」
「いらぬ」
「しかし……サスラス、その話し方もそろそろ改めねばならんのではないか?王子でなくなるのなら、蘭紗は他国の王だ。そんな話し方でいいわけないだろう?」

波羽彦王がそっとたしなめると、一際大きな身体のサスラス王子はどこか寂しそうに皆の顔を順番に見つめた。

「そうだな、私は蘭紗と涼鱗の2つ上の学年だが……身分は桁違いに低くなるんだよな。……こんな先輩ぶった話し方は今日で最後か……今度からはきちんとするさ。地方の領主らしくな」

蘭紗様は眉を動かして息を吐いた。

「まあ……そこまで改まる必要もない、返って居心地が悪い……涼鱗だってもう王子ではないが、何も変わっておらん」
「私?」

涼鱗さんが人差し指を自分に向けて驚いた。

「でも……サスラス王子は僕には丁寧に話されていたと思うのですが」
「薫様は特別だ。丁寧に話していたのは、自然にそうなったというか……」

サスラス王子は大きな体を揺らして鼻の横をポリポリと掻いた。

「まあ……薫がサスラスを友と呼ぶのなら、我はそれを尊重しよう」
「……そうか、感謝する、蘭紗。……で、岩塩はいるか?」
「……送ってくれ」

その場の皆が吹き出して笑いに包まれた。

遠くで見ていたらしいアオアイのアーメ王子がコソコソと僕の近くに寄ってきて耳打ちした。

「薫様……皆が仲直りしたようで……私も安心ですよ……一時はどうなることかと……そして演奏会ではお見事でした」
「アーメ王子!おひさしぶりです!お褒めいただいてありがとうございます。」
「うん、うん!」

そこに波成様も寄ってきて改めて挨拶を交わした。
僕たちは同じような体格の小柄な者同士、小さく乾杯をした。

アーメ王子おすすめのアオアイ果実酒がとっても甘くておいしかった。

少し見上げると蘭紗様たちの輝くような王族の仲間がいる。
この人達が次の世代を担う人たちなんだなと、ぼんやり考えた。
皆それぞれ優秀な若者たちだ。


僕も頑張らないとね



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