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残された子2
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「薫様、穏やかなのは今だけでございますよ。学び舎からいたずら坊主らが戻りましたらそれはもう、すごいんですから!戦争ですよ」
そう言って楽しそうに笑う院長の顔を見て僕は安心した。
ああ、この人なら大丈夫。
そう思えたから。
「……この町にはもう一つ孤児院があるとか……」
「はい、ここと真逆の方向ですが、同じく森の中にございますよ」
「そこはどんな感じでしょう?」
「こことだいたい似たりよったりです。私の兄がそこの院長をしております」
「そうでしたか……人数は?」
「こちらが32人で、あちらが確か45人でしたか……多少あちらが人数が多いんですよ。あちらには兄弟の子も多いのです」
兄弟と聞いて僕は港で見たあの子らを思い出す。
「あの……ここにいる子達は、みんなきちんと清潔な服を着ていますが……そうではなく擦り切れた汚れた服を着た子を港町で見たんですよ。何か心当たりがありますか?」
院長は一瞬押し黙り、そして僕たちをフロアの隅にあるテーブルセットに誘った。
手伝いの女性がお茶を入れてくれたので、そこで一息ついた。
「それは……おそらく孤児院に入ることを拒否している子らです」
「拒否?」
院長は噛みしめるようにゆっくりと話しだした。
院長の横に座った町の長も、どことなく落ち着かない。
「あの子らのように孤児院を拒否する子供は意外にも多いのですよ、町の皆が心配して私らに知らせが来るので、迎えには行くのですがね……」
「どうして拒否するのでしょう?住む場所はあるのでしょうか?」
「ああ……はい、あの子らは町の賭場の小間使いとして雇われたり、市場の運び屋をやってるんですよ、ですので夜休む場所ぐらいは提供してもらってるようですが……毎日ちゃんと食べられているか?となると、どうなのかわかりません。それに、あの子らは読み書きも数も数えることもできないまま大人になってしまいます。そうすると……」
「連鎖が起きるんです」
町の長はまっすぐに僕を見つめて話した。
「連鎖……」
「はい、その子らがまたそういう子を産むということです」
「町のものはどう思っているのだ?子供が賭場に出入りすることは我は禁じているはずだが」
蘭紗様が静かに聞いた、責める口調にならないよう気をつけていることがわかった。
「は……はい……それはもう……わかってはいるのですが……どうしても孤児院に入るのはいやだと聞かない親のない子を……じゃあ雇ってやるとなるのは、そういう業種になります。子供は文句も言わずに働くし、休む場所も小さくて住む、階段の下や屋根裏で寝かせてるんでしょう……そういう意味でも使い勝手が良いんだそうです。このことは古くからこの町で繰り返されてきたことですのでね……うちの祖父なんかも生前よくそのことでせめて待遇を良くしてやれとか、学び舎に時々でも行かせてやれだとか、そんなことを直談判しに行くこともありましたが、賭場を仕切るのは気性の荒い輩です。その本人だって似たような生まれ育ちですのです、そんなこと訴えたって待遇が良くなるはずもなく」
「なるほど……」
「私も兄もこのことにはずっと心を痛めていて、なんとか引き取れないか、幾度も賭場に足を運んだんですよ」
「あなたが?」
院長の言葉にカジャルさんが驚いて聞き返す。
僕にはわからないけど、この世界の賭場というのはよほど安全面で不安がある場所なのだろう。
「兄と一緒にですけど、私だって孤児院の責任者として、親のない子が虐げられているのは見過ごせません。あの子らがきちんと育つよう、国からお金だって預かっている身なんです。やれることはしないと」
そう言うと、院長は優しい眼差しで僕の膝の上でおとなしくしている翠に目を向けた。
まっすぐに見つめ返す翠を見てフッと微笑むと涙を一筋流した。
「翠紗様の……お話を伺ってからは……私は本当に夜も眠れないぐらい悔しい思いをしました。同じ院長という立場の貴族階級の人間がすることじゃありません。こんなにかわいらしい子を……それと同じ様に、あの子らも本当は手元において大事にしてあげたいんですよ」
僕は何も言えなくてカジャルさんを見た。
カジャルさんは口を真一文字に結んで難しい顔をしていた。
「で、なんでそいつらは院長らが迎えに行っても拒否するんだ?それがわからねば、解決せんだろう?」
カジャルさんのそのもっともな問いに長は重い口を開いた。
「あの子らは……親を待ってるんですよ」
「親?死んだから孤児なんだろう?」
「そうですが……あの子らのほとんどは母が娼婦なんですよ、父が誰かわからないばかりか、多くは外国の船の乗員です。そういう母親ってのは、亡くなる前に、きっとお前らには父が迎えに来るからここで待てとそう言うんです」
「だからあの子らは律儀に父が迎えに来るのを待ってるんです。そんなお迎えは一生待っても来ないって理解することもできないまま」
それを聞いて僕たち4人は息を飲んだ。
なるほど……そういう事情があったのかと。
「しかし……ここのいる子らも、外国籍との混血が多いだろうと見受けるが……どうなのだ?」
「ええ、この子らのほとんどは生まれてすぐに母親自ら頼ってきて置いていく子や、それからまだ言葉がわからないほど幼い頃に母と生き別れた子らです。そういう子らですので、母の思いや気持ちは受け継がれていないんです」
「長、町にいる孤児らの人数は把握しておるのか?」
蘭紗様は静かに若い長に尋ねた。
「はい……5人ほどです。それが多いかどうかはなんとも言えないです、私はその何人かの母親とは幼馴染です、この町で生まれ育った女ですからね。小さい頃は一緒に遊んだことだってあったんです。自分がそういう事になった時、どうして長の私を頼れと言わず父を待てだなんて言うのか私にはわかりません。だけど、それが唯一の彼女らの救いだったとしたら……」
「救い……」
僕は思わず呟いた。
救いとは……なんだろう?
娼婦に身を落として、だけど心の支えとなった好きな男の面影を追いかけて、我が子がその愛する人の子だと思いこむことでその日をやっと生きていたということだろうか?
「とはいえ……子を産む娼婦は多くはありません。大抵は薬を飲みますからねえ……」
「薬?」
長の言葉がわからず僕が問うと、カジャルさんも涼鱗さんも、そして蘭紗様も嫌な顔をした。
「あれは危ないということで我が国には出回らないようにしているはずだが……」
「蘭紗様、今出回っているのはそれよりも粗悪品なのです、外国から船で運ばれてくるのです」
「どこからだ?」
「それは私にもわかりません。完全に裏社会のことですので表には出てきません、薬屋に売られているわけではないのです。そのあたりは賭場の男たちのシノギなんでしょう」
「違法か……」
「娼婦の子が孤児になりやすいのは、その薬のせいもあるんでしょう」
若い長は悲しげに目を伏せた。
「どうしたら、その子達を救えますか?」
「……それは……」
「蘭紗、薫……これはもう、ここで話していても仕方ないだろう。一度城に帰って、そしてきちんと話し合おう」
涼鱗さんは静かに、だけど強い声でそう言った。
僕たちが今ここでやれることはない。
少なくともこの地方の孤児院の経営はきちんとしている、それがわかっただけでも。
僕は結局何も出来ずに無力感が隠せなかった。
そう言って楽しそうに笑う院長の顔を見て僕は安心した。
ああ、この人なら大丈夫。
そう思えたから。
「……この町にはもう一つ孤児院があるとか……」
「はい、ここと真逆の方向ですが、同じく森の中にございますよ」
「そこはどんな感じでしょう?」
「こことだいたい似たりよったりです。私の兄がそこの院長をしております」
「そうでしたか……人数は?」
「こちらが32人で、あちらが確か45人でしたか……多少あちらが人数が多いんですよ。あちらには兄弟の子も多いのです」
兄弟と聞いて僕は港で見たあの子らを思い出す。
「あの……ここにいる子達は、みんなきちんと清潔な服を着ていますが……そうではなく擦り切れた汚れた服を着た子を港町で見たんですよ。何か心当たりがありますか?」
院長は一瞬押し黙り、そして僕たちをフロアの隅にあるテーブルセットに誘った。
手伝いの女性がお茶を入れてくれたので、そこで一息ついた。
「それは……おそらく孤児院に入ることを拒否している子らです」
「拒否?」
院長は噛みしめるようにゆっくりと話しだした。
院長の横に座った町の長も、どことなく落ち着かない。
「あの子らのように孤児院を拒否する子供は意外にも多いのですよ、町の皆が心配して私らに知らせが来るので、迎えには行くのですがね……」
「どうして拒否するのでしょう?住む場所はあるのでしょうか?」
「ああ……はい、あの子らは町の賭場の小間使いとして雇われたり、市場の運び屋をやってるんですよ、ですので夜休む場所ぐらいは提供してもらってるようですが……毎日ちゃんと食べられているか?となると、どうなのかわかりません。それに、あの子らは読み書きも数も数えることもできないまま大人になってしまいます。そうすると……」
「連鎖が起きるんです」
町の長はまっすぐに僕を見つめて話した。
「連鎖……」
「はい、その子らがまたそういう子を産むということです」
「町のものはどう思っているのだ?子供が賭場に出入りすることは我は禁じているはずだが」
蘭紗様が静かに聞いた、責める口調にならないよう気をつけていることがわかった。
「は……はい……それはもう……わかってはいるのですが……どうしても孤児院に入るのはいやだと聞かない親のない子を……じゃあ雇ってやるとなるのは、そういう業種になります。子供は文句も言わずに働くし、休む場所も小さくて住む、階段の下や屋根裏で寝かせてるんでしょう……そういう意味でも使い勝手が良いんだそうです。このことは古くからこの町で繰り返されてきたことですのでね……うちの祖父なんかも生前よくそのことでせめて待遇を良くしてやれとか、学び舎に時々でも行かせてやれだとか、そんなことを直談判しに行くこともありましたが、賭場を仕切るのは気性の荒い輩です。その本人だって似たような生まれ育ちですのです、そんなこと訴えたって待遇が良くなるはずもなく」
「なるほど……」
「私も兄もこのことにはずっと心を痛めていて、なんとか引き取れないか、幾度も賭場に足を運んだんですよ」
「あなたが?」
院長の言葉にカジャルさんが驚いて聞き返す。
僕にはわからないけど、この世界の賭場というのはよほど安全面で不安がある場所なのだろう。
「兄と一緒にですけど、私だって孤児院の責任者として、親のない子が虐げられているのは見過ごせません。あの子らがきちんと育つよう、国からお金だって預かっている身なんです。やれることはしないと」
そう言うと、院長は優しい眼差しで僕の膝の上でおとなしくしている翠に目を向けた。
まっすぐに見つめ返す翠を見てフッと微笑むと涙を一筋流した。
「翠紗様の……お話を伺ってからは……私は本当に夜も眠れないぐらい悔しい思いをしました。同じ院長という立場の貴族階級の人間がすることじゃありません。こんなにかわいらしい子を……それと同じ様に、あの子らも本当は手元において大事にしてあげたいんですよ」
僕は何も言えなくてカジャルさんを見た。
カジャルさんは口を真一文字に結んで難しい顔をしていた。
「で、なんでそいつらは院長らが迎えに行っても拒否するんだ?それがわからねば、解決せんだろう?」
カジャルさんのそのもっともな問いに長は重い口を開いた。
「あの子らは……親を待ってるんですよ」
「親?死んだから孤児なんだろう?」
「そうですが……あの子らのほとんどは母が娼婦なんですよ、父が誰かわからないばかりか、多くは外国の船の乗員です。そういう母親ってのは、亡くなる前に、きっとお前らには父が迎えに来るからここで待てとそう言うんです」
「だからあの子らは律儀に父が迎えに来るのを待ってるんです。そんなお迎えは一生待っても来ないって理解することもできないまま」
それを聞いて僕たち4人は息を飲んだ。
なるほど……そういう事情があったのかと。
「しかし……ここのいる子らも、外国籍との混血が多いだろうと見受けるが……どうなのだ?」
「ええ、この子らのほとんどは生まれてすぐに母親自ら頼ってきて置いていく子や、それからまだ言葉がわからないほど幼い頃に母と生き別れた子らです。そういう子らですので、母の思いや気持ちは受け継がれていないんです」
「長、町にいる孤児らの人数は把握しておるのか?」
蘭紗様は静かに若い長に尋ねた。
「はい……5人ほどです。それが多いかどうかはなんとも言えないです、私はその何人かの母親とは幼馴染です、この町で生まれ育った女ですからね。小さい頃は一緒に遊んだことだってあったんです。自分がそういう事になった時、どうして長の私を頼れと言わず父を待てだなんて言うのか私にはわかりません。だけど、それが唯一の彼女らの救いだったとしたら……」
「救い……」
僕は思わず呟いた。
救いとは……なんだろう?
娼婦に身を落として、だけど心の支えとなった好きな男の面影を追いかけて、我が子がその愛する人の子だと思いこむことでその日をやっと生きていたということだろうか?
「とはいえ……子を産む娼婦は多くはありません。大抵は薬を飲みますからねえ……」
「薬?」
長の言葉がわからず僕が問うと、カジャルさんも涼鱗さんも、そして蘭紗様も嫌な顔をした。
「あれは危ないということで我が国には出回らないようにしているはずだが……」
「蘭紗様、今出回っているのはそれよりも粗悪品なのです、外国から船で運ばれてくるのです」
「どこからだ?」
「それは私にもわかりません。完全に裏社会のことですので表には出てきません、薬屋に売られているわけではないのです。そのあたりは賭場の男たちのシノギなんでしょう」
「違法か……」
「娼婦の子が孤児になりやすいのは、その薬のせいもあるんでしょう」
若い長は悲しげに目を伏せた。
「どうしたら、その子達を救えますか?」
「……それは……」
「蘭紗、薫……これはもう、ここで話していても仕方ないだろう。一度城に帰って、そしてきちんと話し合おう」
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