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それぞれの人生
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僕は、机の上に広げた年表を見た。
かなりの長さがある。
それに羽ペンで書き入れていくのはお嫁様の名前だ。
今までの資料は膨大すぎて、まだまだその10分の1も消化出来ていない。
何しろ1万年分あるのだ。
しかし、その始祖と言われる紗国の建国にはどのような王がいて、そして一番最初にそこにきたお嫁様はどんな人だったのか……その記録だけはどう探しても今のところ見つかっていない。
だけど、紗国のあちらこちらに少しずつ痕跡がある。
まず大きなものとして、森の神殿にある像だ。
城の大講堂にある大きな九尾の狐ではなくて、人の形をしていた。
あれを見れるのは、歴代の王とその王妃、そして清める係としてその場に出入りする森の民だけだ。
神殿長は代々盲目の王族の娘がなると決まっているので、それを見ることはかなわない。
蘭紗様のお姉さまの佐良紗様もそうだ、盲目でそして魔力が王なみに膨大にあるのが特徴だ。
「薫、アイデンから連絡があったのだけどねえ、どうやらそろそろ完成だそうだよ」
「え?もうですか?!」
僕は驚いて慌ててペンを置いた。
龍族のヴァヴェル王国の王、アイデンはお嫁様の桜さんのガラケーを分解し、そのテクノロジーを自分風にではあるようだけど理解し、紗国の技術でそれに似たものを作り上げたのだ。
「では……もう実装できるんです?」
「どうだろう?まずは衛兵などに持たせ、連絡を魔石を使わずにやり取りさせるとのことだが……」
魔石は1日で普通の石に戻ってしまう、なので普通は門兵や地方の衛兵などは持たされていない。
だけど、その人らにアイデン王の作ったものをもたせることが出来たなら、地方の異変をいち早く知ることができるだろう。
「あんなに大好きなアオアイにも長居をせずサッサと帰るぐらいだ、本当に熱心に研究開発していたようだね」
涼鱗さんとカジャルさんはおかしそうに笑った。
「でも本当に優秀な人ですよね、あれを実現出来るとは思っていませんでしたよ」
「うん、それには同意するよ」
「ああ、あいつはすごいやつだ」
二人共素直に頷いた。
「ところで、ちょっとこれ見てくれないか?」
カジャルさんが分厚い阿羅国の建国記をめくった。
「この……えっとどこだっけ……ここだ……」
カジャルさんはあまりにも分厚い本に四苦八苦しながら目当てのページを開いた。
いたるところに付箋が貼られてある。
「これがどうやらその、バイオリンの人のようだぞ、薫様が気にしていただろう?」
僕はハッとなって立ち上がり、小走りにカジャルさんのデスクに行った。
建国記には、阿羅国が紗国に渡ってくるお嫁様を攫ってきた歴史も書かれている。
それは……見方によっては残酷な罪の歴史だ。
実際に、ただ子供を産むだけの為に生かされたお嫁様も何人もいる。
女性だけではない、男性のお嫁様の場合は無理やり阿羅国にいる女性と交わらせそして子種を吸い取られたわけだ。
なんでそんな無茶苦茶なことを……
これに直面するたびに、僕の知る新人君とはとても思えず、考えるのを拒否してしまいたくなる。
だけど……新人君には……目的があったんだよね。
それが今、阿羅国となっているんだ。
やり方の酷さは過去のこと……そう思って立ち向かうしか僕には無いんだ。
「ここだよ」
カジャルさんが指し示す箇所には名前があった。
「タカシ・ハーラ・エルノー……え?」
僕は何度もその名前を確認した。
「ちょ……うそ……え?」
「薫?どうかしたのか?」
動揺してふらついた僕を後ろから支えて、涼鱗さんが少し慌てた声を出した。
研究員の何人かが異変に気づき、僕の座れる椅子を置いてくれた。
「……うそ……タカシ・エルノー?」
「薫……ゆっくりでいいから、話してみてくれる?君の様子はただ事じゃない……その名に覚えがあるんだね?」
僕は指先が冷たくなったのを感じて両手を握りしめた。
幼い頃……この人のバイオリンを母と共に聞いた。
そして、僕はそのあまりにも美しい音色に魅せられて、バイオリンを習いたいと親にねだったのだ。
この人がいなければ、僕はバイオリンを弾こうなどとは思わなった。
「この人は、僕がバイオリンを始めようとしたきっかけを作った人なんです……」
……飛行機事故で亡くなったはずなのに……
「というと?この人も日本から来た人ということかな?」
「いえ、日本からかどうかはわかりません、フランスという国と日本の混血なので……確か住まいはフランスだったかと……」
「なるほど……しかし、タカシ・エルノーは君と同じ時代の人だったということだね」
「はい……年齢は違いますが……そして、たぶんですけど……新人君はこの人のことを知ってました」
「というと?かなりの有名人だったわけかな」
「はい、それもありますが……僕が大ファンだったので何度も話して聞かせていたので……」
僕の脳裏に新人君といつも遊んだ公園が浮かんだ。
そこで二人で過ごした時間……
本当にずっと、僕に寄り添ってくれていた友だった。
「なるほど……そういうこともあって、この人を阿羅彦は特別扱いしたのだな」
「はい……それはもう、伝説になっておりますよ」
そう言ったのは、阿羅国からこの研究所に建国記を運んできてくれた六蛙さんだ。
元々、阿羅国で建国記の写しを作成する部門に勤めていた文官だった。
しかし、この研究所に自分も勤めたいとの希望で、春になってすぐ家族も紗国に呼び寄せ、本格的にここに根を下ろすつもりで研究を手伝ってくれている。
「どんな伝説だ?」
「阿羅彦様が、タカシ・ハーラ・エルノー様がいらしたときにとても喜んで、そして何もかも特別待遇でとても大事になさったのです。今までのお嫁様に対する待遇とあまりにも違ったので、伝説となっているのです」
「なるほどな……で、あるとすると、やはり薫との会話を覚えていた可能性は高いな」
「それに、薫様がお持ちになってるバイオリンはたしか『ハーラ』では?」
「そうなのか……この人から取った名前だったわけなんだ」
「そうです」
「薫は、好きだった演奏家ならば、ハーラと聞いて気づかなかったの?」
「いえ、ハーラはミドルネームなので、それは公表されていなかったんですよね。僕たちはタカシ・エルノーと呼んでいたんです」
「そうか……」
涼鱗さんは、ふむふむと頷きながらその記述のあるところを指で追いながら読んでいる。
カジャルさんも興味深げにもう一度目を通していた。
「僕が受け取った楽譜なんかも、エルノーさんが全部書いたんでしょうか?」
「他にも何人か音楽家の方がいらしてるんですよ、もちろんエルノー様がお残しになった楽譜もたくさんあります」
「なるほど……本当に……こちらの時間とあちらの時間は平行ではないのですね」
「それか、こちらに来る時に時も越えるのかもしれんな。何しろ界を渡るのだ、何があったって不思議じゃない」
「ええ、たしかにそうです」
僕は溜息をついて椅子の背もたれにゆっくりともたれた。
涼鱗さんが僕の様子を見て、侍女にお茶を頼んでくれた。
「薫、少し休んだほうがいいよ?なんだか顔色が優れないみたいだからね」
「ん……そうかな……ありがとうございます」
僕は回らない頭でお礼を言って、自分のデスクに戻った。
そして、そっとスマホを取り出す。
写真のアプリを立ち上げ、スクロールする。
まもなく、新人君と僕が笑顔で写るスナップが見えた。
それをタップして大きくして、じっと見つめた。
新人君、君はきっと嬉しかったよね。
同じ時代に地球にいた人とここで出会ったんだ。
孤独だった君の心を、タカシ・エルノーがきっと潤してくれたんだろうね。
彼は幼い僕に話しかけてくれた……とても優しい人だった。
きっとその優しさで、君は救われたんじゃないかな。
だけど二人共、運命の相手には出会えずじまいだったわけだよね……
難しいね、生きるって。
僕は窓の外を見て晴れ渡る美しい空を見上げた。
かなりの長さがある。
それに羽ペンで書き入れていくのはお嫁様の名前だ。
今までの資料は膨大すぎて、まだまだその10分の1も消化出来ていない。
何しろ1万年分あるのだ。
しかし、その始祖と言われる紗国の建国にはどのような王がいて、そして一番最初にそこにきたお嫁様はどんな人だったのか……その記録だけはどう探しても今のところ見つかっていない。
だけど、紗国のあちらこちらに少しずつ痕跡がある。
まず大きなものとして、森の神殿にある像だ。
城の大講堂にある大きな九尾の狐ではなくて、人の形をしていた。
あれを見れるのは、歴代の王とその王妃、そして清める係としてその場に出入りする森の民だけだ。
神殿長は代々盲目の王族の娘がなると決まっているので、それを見ることはかなわない。
蘭紗様のお姉さまの佐良紗様もそうだ、盲目でそして魔力が王なみに膨大にあるのが特徴だ。
「薫、アイデンから連絡があったのだけどねえ、どうやらそろそろ完成だそうだよ」
「え?もうですか?!」
僕は驚いて慌ててペンを置いた。
龍族のヴァヴェル王国の王、アイデンはお嫁様の桜さんのガラケーを分解し、そのテクノロジーを自分風にではあるようだけど理解し、紗国の技術でそれに似たものを作り上げたのだ。
「では……もう実装できるんです?」
「どうだろう?まずは衛兵などに持たせ、連絡を魔石を使わずにやり取りさせるとのことだが……」
魔石は1日で普通の石に戻ってしまう、なので普通は門兵や地方の衛兵などは持たされていない。
だけど、その人らにアイデン王の作ったものをもたせることが出来たなら、地方の異変をいち早く知ることができるだろう。
「あんなに大好きなアオアイにも長居をせずサッサと帰るぐらいだ、本当に熱心に研究開発していたようだね」
涼鱗さんとカジャルさんはおかしそうに笑った。
「でも本当に優秀な人ですよね、あれを実現出来るとは思っていませんでしたよ」
「うん、それには同意するよ」
「ああ、あいつはすごいやつだ」
二人共素直に頷いた。
「ところで、ちょっとこれ見てくれないか?」
カジャルさんが分厚い阿羅国の建国記をめくった。
「この……えっとどこだっけ……ここだ……」
カジャルさんはあまりにも分厚い本に四苦八苦しながら目当てのページを開いた。
いたるところに付箋が貼られてある。
「これがどうやらその、バイオリンの人のようだぞ、薫様が気にしていただろう?」
僕はハッとなって立ち上がり、小走りにカジャルさんのデスクに行った。
建国記には、阿羅国が紗国に渡ってくるお嫁様を攫ってきた歴史も書かれている。
それは……見方によっては残酷な罪の歴史だ。
実際に、ただ子供を産むだけの為に生かされたお嫁様も何人もいる。
女性だけではない、男性のお嫁様の場合は無理やり阿羅国にいる女性と交わらせそして子種を吸い取られたわけだ。
なんでそんな無茶苦茶なことを……
これに直面するたびに、僕の知る新人君とはとても思えず、考えるのを拒否してしまいたくなる。
だけど……新人君には……目的があったんだよね。
それが今、阿羅国となっているんだ。
やり方の酷さは過去のこと……そう思って立ち向かうしか僕には無いんだ。
「ここだよ」
カジャルさんが指し示す箇所には名前があった。
「タカシ・ハーラ・エルノー……え?」
僕は何度もその名前を確認した。
「ちょ……うそ……え?」
「薫?どうかしたのか?」
動揺してふらついた僕を後ろから支えて、涼鱗さんが少し慌てた声を出した。
研究員の何人かが異変に気づき、僕の座れる椅子を置いてくれた。
「……うそ……タカシ・エルノー?」
「薫……ゆっくりでいいから、話してみてくれる?君の様子はただ事じゃない……その名に覚えがあるんだね?」
僕は指先が冷たくなったのを感じて両手を握りしめた。
幼い頃……この人のバイオリンを母と共に聞いた。
そして、僕はそのあまりにも美しい音色に魅せられて、バイオリンを習いたいと親にねだったのだ。
この人がいなければ、僕はバイオリンを弾こうなどとは思わなった。
「この人は、僕がバイオリンを始めようとしたきっかけを作った人なんです……」
……飛行機事故で亡くなったはずなのに……
「というと?この人も日本から来た人ということかな?」
「いえ、日本からかどうかはわかりません、フランスという国と日本の混血なので……確か住まいはフランスだったかと……」
「なるほど……しかし、タカシ・エルノーは君と同じ時代の人だったということだね」
「はい……年齢は違いますが……そして、たぶんですけど……新人君はこの人のことを知ってました」
「というと?かなりの有名人だったわけかな」
「はい、それもありますが……僕が大ファンだったので何度も話して聞かせていたので……」
僕の脳裏に新人君といつも遊んだ公園が浮かんだ。
そこで二人で過ごした時間……
本当にずっと、僕に寄り添ってくれていた友だった。
「なるほど……そういうこともあって、この人を阿羅彦は特別扱いしたのだな」
「はい……それはもう、伝説になっておりますよ」
そう言ったのは、阿羅国からこの研究所に建国記を運んできてくれた六蛙さんだ。
元々、阿羅国で建国記の写しを作成する部門に勤めていた文官だった。
しかし、この研究所に自分も勤めたいとの希望で、春になってすぐ家族も紗国に呼び寄せ、本格的にここに根を下ろすつもりで研究を手伝ってくれている。
「どんな伝説だ?」
「阿羅彦様が、タカシ・ハーラ・エルノー様がいらしたときにとても喜んで、そして何もかも特別待遇でとても大事になさったのです。今までのお嫁様に対する待遇とあまりにも違ったので、伝説となっているのです」
「なるほどな……で、あるとすると、やはり薫との会話を覚えていた可能性は高いな」
「それに、薫様がお持ちになってるバイオリンはたしか『ハーラ』では?」
「そうなのか……この人から取った名前だったわけなんだ」
「そうです」
「薫は、好きだった演奏家ならば、ハーラと聞いて気づかなかったの?」
「いえ、ハーラはミドルネームなので、それは公表されていなかったんですよね。僕たちはタカシ・エルノーと呼んでいたんです」
「そうか……」
涼鱗さんは、ふむふむと頷きながらその記述のあるところを指で追いながら読んでいる。
カジャルさんも興味深げにもう一度目を通していた。
「僕が受け取った楽譜なんかも、エルノーさんが全部書いたんでしょうか?」
「他にも何人か音楽家の方がいらしてるんですよ、もちろんエルノー様がお残しになった楽譜もたくさんあります」
「なるほど……本当に……こちらの時間とあちらの時間は平行ではないのですね」
「それか、こちらに来る時に時も越えるのかもしれんな。何しろ界を渡るのだ、何があったって不思議じゃない」
「ええ、たしかにそうです」
僕は溜息をついて椅子の背もたれにゆっくりともたれた。
涼鱗さんが僕の様子を見て、侍女にお茶を頼んでくれた。
「薫、少し休んだほうがいいよ?なんだか顔色が優れないみたいだからね」
「ん……そうかな……ありがとうございます」
僕は回らない頭でお礼を言って、自分のデスクに戻った。
そして、そっとスマホを取り出す。
写真のアプリを立ち上げ、スクロールする。
まもなく、新人君と僕が笑顔で写るスナップが見えた。
それをタップして大きくして、じっと見つめた。
新人君、君はきっと嬉しかったよね。
同じ時代に地球にいた人とここで出会ったんだ。
孤独だった君の心を、タカシ・エルノーがきっと潤してくれたんだろうね。
彼は幼い僕に話しかけてくれた……とても優しい人だった。
きっとその優しさで、君は救われたんじゃないかな。
だけど二人共、運命の相手には出会えずじまいだったわけだよね……
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