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ティータイム1 留紗視点

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 僕の留紗という名は父上が付けてくださった。
留という字には、紗国にしっかりと根を下ろし大切に思ってほしいという気持ちが込められていると教えられている。

父は僕が生まれた時、魔力が強すぎて身体の弱い蘭紗兄様は長くないと思いこんでいたらしい。
だから必ず早いうちに僕が次の王になるだろうって、そう予想してしまったんだ。

だけど、兄様には薫様がいらっしゃった。
日本という遠い世界の果てから。

お嫁様を得た王は完璧な王となるのだ……それが紗国というもの。
この先何百年もの長い時を、兄様と薫様は紗国を治めるんだ。

僕にはもう、この国を背負う必要はないんだなって思うのと同時に、こんな僕はもういらないんじゃないかと少し怖くなった。





「留紗! 学び舎が終わったらね、おかあさまが留紗と一緒にいらっしゃいって。あのねおやつ、一緒に食べましょって!」

少しも背が伸びないまま新学期を迎えた翠紗様は、僕の手をぎゅっと握って嬉しそうに微笑んだ。
そんな小さな翠紗様を見下ろして、僕も微笑み返した。

僕は薫様に憧れていたから、はじめて翠紗様が城に来た時……とても胸騒ぎがしたんだ。



いとこのお姉さまがおっしゃった……『嫉妬っていうのよ』



取られちゃう、そう思ったんだ。

予想通り、翠紗は兄様と薫様の子となった。
僕ははじめ、その子と仲良くなんて出来ないかもしれないと恐れていた。
だけどそんなことはなかった。

初めて会ったお嫁様専用の調理室……弱々しい姿で椅子に座っていた翠紗様のあの姿を忘れられない。
王子の証である紗国王族の文様が織り込まれた緑青の着物を着ていた。
座っていたのは調理室に似合わない室内用の椅子。
そして頼りない表情をした翠紗様は僕のことを不思議そうに見つめてきた。

薫様は楽しそうにおかゆを作られて、それを自室に運ばせて手ずからそれを翠紗様に食べさせた。

僕だって知っている。
母というものがどういうものか。

市井では一緒に寝て一緒に起きて一緒にご飯を食べて……それが当たり前だということも。

だけど、その様子を目の当たりにして衝撃で言葉がなかった。
そして僕は言ってしまったんだ。


『翠紗様は本当に幸せですね。同じ王子なのに、僕は母上とはたまにしか会いませんし、こんな風に食事を一緒に取ることもありませんでしたから』って……


あんなことを言っていいはずなかった。
うらやましいだなんて。

僕は翠紗様がどれほどの辛い目にあってきたか……聞かされていたのに。
目の当たりにしたその光景のあまりの眩しさに、つい……うらやましいだなんて言ってしまうなんて。

だけど、誰も僕を責めないばかりか嬉しそうに微笑んだ。


「ねえ留紗!ねえ!早く帰ろう、おかあさまがケーキ焼いてくれるんだよ」
「そうなの?!」

僕も嬉しくなって翠紗様の顔を見つめる。
学び舎の片付けをしながらウンウンと頷く翠紗様は興奮で頬が真っ赤だ。

この方は霊獣だ。
王族であっても単なる狐族の僕とは違う。
同じ組の者は皆優秀で、将来の紗国を背負う者ばかりだ。
だから皆知っている、この方を大切にしなければならないって。
この先気の遠くなるような長い日々を、王と王妃と共に生き抜く方……守り神なんだ。

「えっとね……今日はね、山間部から取り寄せた朝取りのベリーソースを作ってみるって……」

まるで国の極秘事項を話すみたいに小さな声でコソコソと真面目な顔で呟く翠紗様は、美しい黄緑色の瞳をキラキラと輝かせていた。

「すごい……美味しそう……」
「急いでかえろ!」
「うん!」

薫様はご存知なのだ、僕が来春からアオアイに留学をすることを。
なので僕は今、アオアイ学園から課せられた厳しい学科の課題をこなしている。
学校に残って補習を受けることもあるぐらいに。

自分のことはそれなりに優秀だと思っていたけど、そうでもなかったと思い知らされる難易度の高さで、つい弱音が出てしまいそうになる。

だが試験に受かった者たちはこの課題を皆がするのだ、しかも市井の者は塾の先生に手伝ってもらう者以外に、全てを一人でこなす者もいるというから驚いた。

……好きで一人でするのではないのだとも聞いたけど。
つまり、勉学とはお金がかかるのだ。
そのお金が捻出できなければ、一人でやる他にない。

確かに努力すれば一人でできなくもない。
アオアイから送られてきた課題は一人でもできるよう、とても工夫がされていて配慮を感じる。

だから僕も、なるべく一人で取り組みたいと先生にも伝えてあるのだ。

だけど、毎日だと疲れるので休息日を作るようにアオアイから指示があるんだ。
それが今日なんだ。

それを薫様はちゃんと気づいていて誘ってくださったに違いない。
僕は薫様の手作りのケーキが大好きだ。

素人のマネごとだから……と謙遜されるけれど。
あまくてやわらかくて、しっとりしていて。
他のどんな高級なものよりも、美味しく思える。

『それはきっと、心がこもっているからなんでしょう』

父上がそうおっしゃった。

最近の父上はずっと笑顔だ。
重圧に押しつぶされるようにお仕事をなさっていた頃とは何かが違う、僕でもそれがわかるぐらいに、父上は今、やわらかになられた。

それもきっと薫様のお気遣いが色んな所にあるからなのかも?と僕は思っている。

僕は翠紗様と手を繋いで城へと急いだ。
後ろでは僕らの侍従と近衛がいる。

「あのね留紗、今日ね、紹介したい子がいるの」
「え?」

僕が驚いて翠紗様を見つめると、嬉しそうに満面の笑みになって小さな手で丸を作った。

「こんな感じなの」
「んと……え?」

僕はわけが分からず微妙な笑みを浮かべるだけだ。
でも勝手に興奮状態になっている翠紗様は構わずに「かわいいの!」「まるいの!」「ふあふあなの!」と叫ぶように話す。
可愛らしい声が響くたびに、城の者がこちらを振り向き、礼をしながら嬉しそうに微笑む。

「んと……なんだかわからないけど、楽しみ!」
「うん!」


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