狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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番外編

ある日の僕の冒険13

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 巫女姫様は、ふわふわのクッションを重ねて背をあずけ、座っていた。
ぱっちりとした丸い目がかわいい普通の少女に見えた。
この方が何千年も生きて来た方だと、一目見て誰か思うだろうか?

「薫……あなたにまさか会えるなんて」

先ほどよりもさらにスムーズに話す巫女姫様、僕はどぎまぎして立ちすくんでしまった。

「その椅子にお座りになって」

まだ手足はうまく動かないのだろう、視線だけで椅子をすすめられた。
見るとベッドの脇に、可愛らしい布張りの椅子が置いてあった、僕はすすめられるままにそれに腰かけ、姫巫女様の顔を見つめた。

「私ね、アラトにあなたのことを聞いたことがあるの」
「え?」

想像もしなかった言葉に息をするのも忘れた。

「ずっと昔、アラトがまだ国を興して間もないころ、この里に招かれたことがあったのよ」
「それは……どうして?」
「あの人の初代の恋人は淫魔のジル、そしてその次が瀬国のイバン、そしてラハームの樹玲陽、そしてエルフのアレクシス、そのアレクシスに導かれてここに来たわ、美しい男だった、姿も、そして心も」
「その……アラト君は……」

僕はそこまで言って、こらえきれず涙をあふれさせてしまった。
巫女姫様は眉を下げ、微笑んだ。

「あなたが何を言いたいのか、わかるわ。彼は最後、ひどかったものね」

そして、ため息をついた。

「僕、どうしても信じられなくて……どうしてアラト君があんなふうになってしまったのか、彼がどんなに優しくて良い友だったかなんて、この世界の人にはもう、何を言っても通じないんです」
「それはそうでしょう、ね」

巫女姫様も悲しげに、そう呟いた。

「アラトほど、心の美しい人はめずらしいわ。美しいというよりも、純粋なのね。穢れを知らなかった。そこが美点でもあり、また、欠点でもあった、そういうことでしょうね」
「穢れを知らない……」
「ええ、アラトは、最後の思念を私も送ってきたわ、おそらく、あなたのつれあいに倒されたその時ね。『ニィシェ、外は明るいよ、そろそろ起きたら?』ってね」

僕はもう耐えられず嗚咽を漏らして泣くしかなかった。
姫巫女さまも一緒に涙を流してくれた、この世界にも、彼の死を悼む人がいてくれた。

「アラトが意識を失うようになってから、私も阿羅国のことは詳しくは知らないの。アラトが訪ねて来ることも無くなったからね。……でもね、今世界で知られているような恐ろしい国になったのは、アラトのせいじゃない。私はそれを知っているわ。だから、友のことで心を傷めないで、薫」
「はい……はい」
「アラトはね、バイオリニストが国に来た時、とてもうれしそうだった。『自分の記憶が正しければ薫のあこがれた人だった』と、バイオリンをぜひ阿羅国で育てたいと、ね。こんな風にあなたがこの世界に来ることを知っていたら、もう少し自我を保っていられたかもね」
「巫女姫様……あなたはニィシェ様とおっしゃるのですね」
「ええ、私をそう呼ぶのは、亡くなった父と、アラトだけだったわ。アラトはね、私に言ったわ、『もう俺をアラトと呼ぶ者はいなくなった、だが君だけは俺をアラトだとおぼえていてくれ』とね」
「……そうですか……」
「でもここにいたわ、幼いころからのアラトを知る人、薫、あなたがいるわ。今、やっとアラトは報われたんじゃないかしら。ね」
「あなたは予知ができると、そう長はおっしゃってましたけど、もしかしてアラト君のことや、そのほかのこともご存じだったのでしょうか?」
「いえ、私の予知はね、とても偏っているし不安定よ。世の中のすべてのことを見通せる神ではないの」
「はい……」
「例えばそうね」

ニィシェ様は窓の外を見上げた。

「眠っていて時折意識が浮上してね、空を見たいなと思って意識を空に飛ばすのよ、そうしたらものすごい雨雲が見えたりしてね。里が豪雨にあってしまうとそう思ったらね、その鈴を鳴らすのよ、鳴らすのはね思念を飛ばすの。これだけ長い時間寝ていればそれぐらいはできるようになるわ」

そういって、ウィンクをして微笑んだ。

「では、予知というよりも、見えたものを伝えたということになりますか?」
「ええ、あとはそうね、あなたをここに呼んだように、時々私の夢と夢が交差する者がいるの、私は夢を通してあなたをこの地に呼んだ。今は冬だから、夢の中であなたに防寒具も着せたわ」

ニィシェ様はさもおかしげに声をあげて笑った。

「夢を通じて人を移動させるって……」

僕はその力のすごさに少し震えた。

「それね、アラトに教えてもらったのよ。アラトの淫魔の力の一つ。夢を通じて人と交わる。私はその話を聞いてからね、ずっと鍛錬したの、どうせずっと夢の中なんだもの。時間は無限にあったしね」
「ですけど……ふつうはそんなことできません……やはりニィシェ様は特別なお方です」
「そうね、でもこの力、あんまり褒められたものじゃないわ、実際に目を覚まして、こんな風に右往左往する人を見て、特にあなたのつれあいを見て、どんなに自分が人々を驚かせて傷つけてしまっていたか、それを思い知ったの」

ニィシェ様はかわいらしい顔で自分の手をじっと見た。

「今後はこんな遊びはやめるわ、私」
「そうですか」
「ごめんね、驚かせて、あなたのつれあいにも、謝らないと」
「ふふ……蘭紗様はきっとお許しですよ、もうすでに」
「あなたは、愛されているわね、薫」

あたたかい目だった、僕は思わず、動かないニィシェ様の手を取り、握った。

「どうか、お友達になってください、ニィシェ様、アラト君のお話をもっと、聞かせてください」
「ええ、私もそれを望むわ、薫」

あたたかな日差しを浴びながら、僕たちは微笑みあった。

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