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下駄箱の蓋

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翌日、詩音が学校に登校すると、やはりというべきか、雨村がぼさぼさ頭で下駄箱に突っ立っていた。

「愛咲おはよう。とても清々しい朝だ」

清々しさとは正反対のクマを、目の下にたたえている。

「雨村君おはよう。昨日は大変だったね」

「全くだ。しかも問題は何も解決していない」

「そうだよね……」

数人の生徒が横を通り過ぎ、よお雨村、と声を掛けながら意外そうな顔をする。はたから見ても変な二人なのだろうなと詩音は思う。だが人の目線などまるで気にしないだろうと思っていた雨村が意外にも恥ずかしそうにしていた。詩音は日頃周りから浮いている自分のことが申し訳なくなる。

「相談なのだけどさ、戸坂のことどうしたらいいと思う?」 

「うーん。戸坂さんはどんな子なの?」

「小学校の頃からクラスで浮いていて、今あいつは俺以外に友達がいない。軽い発達障害があることもあって、特にメンタル面が不安定で心配だ。今はなんとかバランスを保っているが、このままでは俺の記憶の二の舞だ」

二の舞。その言葉の意味はかなり深刻だ。

「戸坂さんは今何してるの?」

「大事を取って二日間入院することにしたそうだ。まあ体調は悪くないようだし、学校嫌いだからあいつにとっては良かったのかもしれない」

「そっか。じゃあ私、戸坂さんのお見舞いに行ってくる」

雨村は目を丸くした。
「正気か。お前、昨日あいつにぶん殴られたんだぞ」

「そうだけど、私あの猫と毎日遊んで懐いてたから、もしかしたら戸坂さんが引っ掻かれたのは私のせいかもしれない。それに、私も戸坂さんと仲良くしたい」 

詩音の横を小走りの同級生が通過した。通りすがる生徒はだんだん少なくなっている。そろそろいい時間なのかもしれない。

「愛咲にそんな積極性があったとは意外だな」

雨村は無駄に玄関箱の蓋でパカパカと音を鳴らしている。 

「こんな気持ちになるのは自分でも意外なんだけど、戸坂さんには私と似たものを感じたから」

「愛咲と戸坂は全然似てないと思うがな。まあそれはいい、俺も一緒に行こう」

うん、と言いかけた詩音の頭に、由羅の鋭い目つきが浮かんだ。

「いや、やっぱり私一人で行った方がいいと思う」

「一人で大丈夫か?」心配そうにする雨村だったが、
「でも確かにそうかもな。また俺といて殴られても困るしな」
と冗談にもならないことを言って空笑いした。

詩音はしばし考えてから言う。

「今日の放課後、戸坂さんについてもう少し詳しく教えてくれない? 私は戸坂さんをあまりに知らなすぎる」

「分かった。それについては任せ……」

キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。

「え⁉」二人は同時に時計を見上げた。

時刻は八時三十分。

「まだ鳴り終わるまでならセーフだ。走るぞ!」「うん!」
詩音はめでたく、中学校初遅刻となった。
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