涙の出なくなった少女は、異世界から死者を呼び戻す少年と出会う

ベロシティ

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俺はポエムが嫌いだ

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 外は、さっきよりかは幾分涼しくなっているような気がした。生ぬるい外気が冷えた肌に心地いい。詩音は、改めて由羅ちゃんと話せてよかったと思う。ここまで腹をわって話せる相手は久しぶりだった。
けれどまた一つ、詩音には懸念することができた。

「お疲れ」
駅の改札に入ったところで、詩音は肩を叩かれる。

「わっ」

振り返ると雨村だった。噂をすれば何とやらとでも言うべきか。

「どうしてここにいるの?」

「二人が心配だったから俺も七時くらいに病院に行ったんだよ。そしたらまだ中にいるっていうから」

「待っててくれたんだ。ごめん」

「俺のほうこそ、愛咲が改札入るまで声掛けせずに済まなかった。性根が悪いもので」

雨村は自分が傷ついている可能性を考えてそっとしてくれたのだろう、と詩音は思う。

「雨村君。あまり良くないニュースなんだけど」

どうせ言うなら早めに、だ。
詩音は由羅の母親が二年前に事故死したことを話す。
雨村の顔がサッと暗くなった。

「これで確証だな。俺は一人を生き返らせるたびに、そいつの血縁を一人殺している」

「まだ分からないよ!」
詩音は手に力を込めた。

「雨村君は増田さんのお姉さんも、由羅ちゃんのお母さんも、以前の世界線で生きていたかどうかなんて確認してないんでしょ。たまたまかもしれないじゃん!」

「ああ。俺もそうであることを祈っている」表情は険しい。

詩音はもう一つ気になっていたことがあった。

「そういえば雨村君のような力を持つ人っていうのは他にいるの?」

「或いはいるのかもしれない」、と雨村は言った。

「インターネットで調べてみたことがあるが、俺と全く同じとまではいかなくとも、近い能力を持った人の書き込みは多数見つかった。その大半は、いわゆる霊能力者というやつだが、蘇生の技を持つと語る人間も少なからずいた。
だが俺は自分で、彼らが本物かどうかを見分けにくくしてしまった。なぜならそれが『縞馬の剣』の放映後だったからだ。俺には本物の能力者か、東条真理を真似た虚言者かを見分けるすべがない。
それに俺の持つ能力は極めて証明しづらい。なぜなら、世間的には生きていたことになるからだ。俺が人を生き返らせたと言い張っても、その人は元々生きているとしか思われない。仮に俺以外に蘇生能力を持った人間がいても、公に出てくることはまずないだろうな」

雨村は一息に喋り、最後に付け加えた。

「何よりも、俺はそんな人物から、お前は人を殺したと明言されることを、恐れている」

詩音は黙った。雨村の能力については、深く触れるべきじゃない。

「それに俺は人をただ生き返らせただけで、事故死の魂ならまだしも、自殺した魂を救えたとは言い難いものがある。増田さんも、戸坂も、生きていることになっていた、というだけで、決して心の傷が癒えているわけではなかった」

詩音は由羅の錯乱した様子を思い浮かべる。

「戸坂だけじゃない。増田さんも、俺が立案した物話で脚光を浴びることに対して罪悪感を感じているようで、ここの所鬱っぽくなっている。このままだと、また」

雨村が言葉を切る。ちょうど入ってきた電車がホームに風を巻き起こした。窓から見える中には会社帰りのサラリーマンがたくさんいて、皆一様に疲れ切った顔をしていた。

「乗ろ」

雨村は無言でうなずく。
どうして世界は、こんなにも残酷な能力を彼に授けたのだろうか。
詩音にはこの世の全てが恨めしく思えた。

「俺はポエムが嫌いだ」

雨村は無気力に吊革に体重をかけている。届かない詩音は手すりに捕まっていた。

「昔の俺は戸坂が嫌いだった」

車内では話す者などおらず、列車の轟音と雨村の声だけが、詩音の耳に響いていた。

「戸坂とは同じ小学校に通っていた。あいつは昔から少し変わっていて、俺はいつも喧嘩をしていた」

雨村と由羅ちゃんが? 詩音には想像がつかない。

「あいつは癇癪を起すといつも言うんだ。『由羅の事なんかなんにもわかんない癖に』って。俺はその台詞にいつも言い返していた。

『他人の事など分かるわけがない。分かって欲しければ自分の言葉で説明しろ。お前、ノートに〈死にたい〉とか、〈誰かの身代わりになれたらいい〉とか、〈誰か自分を見つけて欲しい〉なんてポエムを書いてるそうだな。そんなもん全く意味ないからな。誰かに自分の事を知って欲しいのかもしれないが、お前のやっていることは単なる感情の発散に過ぎない。ろくに人に気持ちを伝えることもできない奴が誰かの助けを求めるな』、
という風にな。

俺は今でも自分の言ったことが間違いだと思っていない。だが俺は彼女の魂から、戸坂の荒れ狂うような感情の動きを知ってしまった。今の俺には、あいつがどんなに理不尽な事を言おうと、それを客観的に否定することが出来ない。だから愛咲、頼むからお前が戸坂を救ってやってくれ」

雨村の吊革を握る手に力が籠った。その鬼気迫る様子と対照的に、詩音の声は穏やかだった。

「大丈夫だよ。由羅ちゃんは自殺した人とは思えないくらいしっかりした子だったよ。むしろ私の悩みも聞いてくれて嬉しかった。きっと雨村君のおかげだよ」

雨村はそんなはずはないという顔をしている。

「あいつを生き返らせたのは、かつての同級生だったこともあって、流れ込む感情に俺が並々ならぬ同情を抱いてしまったからだ。だが生き返らせた直後の戸坂を見ていると、俺の手には負えないと思ってしまった。戸坂の家に言った時、机の上に、大量のシャーペンの蓋が置いてあったんだ。よく見るとその中に一匹ずつ虫が入っていた。まだ生きているのもいれば、すでに何日か経っているのか死んでいるのもあった。戸坂に問いただすと、『生命を自分の手の上で全て掌握したい』って歪んだ唇で答えたんだ。それがもう俺には無理なんじゃないか思ってしまった」

詩音は電車に揺られながらその様を想像する。手に負えないと感じる気持ちはよく分かった。しかしそれでも雨村が懸命に由羅に接したおかげで、詩音は彼女と友達になることができたのだ。

「そっか。でも今の由羅ちゃんはそんな子じゃない。友達だって絶対に作れる優しい子だ。全部雨村君の頑張りだ」

詩音の言葉を聞いた雨村は、やがて噛みしめるように言った。

「それは本当に嬉しい。ありがとう」

車内にアナウンスが流れた。電車が二人の住む駅のホームに差し掛かっている。
それから雨村は、あることに気づいて軽い笑みをこぼした。

「愛咲、あいつのこと由羅ちゃんって呼ぶんだな」
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