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日常イズベスト
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それからまた、いつもの学校生活が始まった。相変わらず雨村は、妙な反抗を繰り返して先生に怒られまくっていたが、彼が態度を改めることは一向になかった。「俺は何も納得していない。カラコンを付けてはいけない理由を誰か説明しろ」と喚いている。
詩音も例のごとくクラスメイトとは浅く狭く関わり、そそくさと下校しては時々ダーツをぶん投げた。
変わったことと言えば、雨村と由羅と時間を共にすることが増えたことだ。雨村はやはり詩音と友達と思われるのが嫌なのか、学校ではほとんど話しかけてこなかった。しかし放課後集まっては、三人で雨村の考えた謎の遊び(人間ボウリングやハンガーフリスビー)をした。それから詩音の趣味であるダーツにも一緒に行った。
どん、と鋭い音を立てて詩音の矢尻が二十のトリプルリングに突き刺さる。二人はあっけにとられた顔をしていた。
「詩音かっこいい」
「お前何でそんなにうまいんだ?」
雨村は少し引いていた。
「さあ? 毎日やってたからかな」
「ねー、それ自分のやつなの?」
由羅は興味津々である。
「そうだよ。タングステンダーツっていってね、ここのバレル部分が九十五パーセントタングステンで出来てて、ストレート型の王道のものだけどとても扱いやすいよ。でね、シャフト部分が鈴木洋平選手モデル仕様になってるから……」
父や大人と行くことはあっても友達とダーツをすることは初めてで、詩音は興奮していた。
「それで、いくらするの?」
「バレルが? それともシャフト? フライト?」
「いや、その、矢が」
「全部で三万円くらいかな」
「三万⁉」雨村が声を裏返した。
「高いなあ。聖、由羅にも買ってよ」
「誰が買えるか! そもそも俺の小遣いは三千円だ」
「あ、でも一番安いやつだと三千円くらいで揃えられるよ。良かったね、雨村」
詩音は意地悪く言った。
「やったああああああ」由羅ははしゃいだ。
「どう考えても明らかに間違っている」
雨村はごちゃごちゃ口を動かしてしたが、由羅に、来週誕生日! と言われると、しぶしぶ財布を取り出した。
「いいよ。私も半分出すよ」
「いや」雨村は詩音の言葉を手で制した。
「俺は愛咲の性格が悪くなって嬉しいのだ」
そして笑みを浮かべた雨村に、「きっしょ、ドMかよ」と由羅。
「うっせえ。お前は黙ってろ!」
帰り道、雨村に謝ったことがあった。
「元々はただの嫌われ者の私とこんなに遊んでくれてごめん。迷惑だったらいつでも言ってね」
しおらしく呟いた詩音へ、雨村は言った。
「愛咲が自分の事をどう思っているのかは分からない。だが愛咲が思っているほど状況は悪くない。子役がなんだとか、正直俺らからすればどうでもいいし、俺のクラスだけでも愛咲のことが実は好きな奴なんて山ほどいるぞ。もっと自信を持て」
雨村はおべっかを使っているようには見えなかった。詩音は全部自分の勘違いだったらいいのにな、と思った。
意識の問題か、それとも雨村と由羅と一緒にいることで実際に何かが変わったのか。詩音は少しずつ、学校で話すようになった。
以前より笑う回数が増えた。実際に、「詩音最近なんかいいことあった?」とクラスメイトに聞かれることもあった。学校での友達が増え、喋ったことのない男子が、話しかけてくるようになった。世界は残酷だが、詩音の思っていた以上に素直なものなのかもしれない。
そしてトラウマになりかけていた、『縞馬の剣』の続きも読み始めた。
信じていた価値観が崩れてしまった東条真理は、心のよりどころを失い、何も手がつかない状態になる。縞馬の剣を使って人を殺すことも止めた。(この辺りは雨村と通ずるところが多いのかもしれない)
だが真理は、ある日道で母親を発見する。母の死は誰かの犠牲によって消えていたのだ。真理は喜んで母に話しかけようとした。しかし彼女はそこで気づく。
どうして、自分は母と過ごしていないのだろう。母が生きていることになっていたならば、自分は叔父叔母の元で過ごしているはずがなく、母と幸せな家庭に暮らしていたはずだ。
そのことを叔母に聞くと、今更どうしたの? と心配された。
「あんたのお母さんは幼い時に浮気して家から出てったじゃない。弟……あんたのお父さんは、二年前に心のバランスを崩して自殺したでしょ。あんた大丈夫? 嫌な夢でも見たの?」
真理は愕然とした。私はもう既に父も母も復活させていたのに、そのうえで今は……。だとすれば私は一体何をやっていたのだろう。無用な殺生を繰り返して。
さらに追い打ちをかけるような出来事が起こった。二期の最後に叔母が殺された。捕まった犯人は肩に大きな切り傷を抱えている。
真理が切り損ねた男だった。
詩音は小説から手を離す。
雨村よ。少し残酷すぎやしないか。
けどきっと、これが雨村の見ている世界であり、彼の心の傷なのだろう。雨村と共に過ごした詩音には何となく理解できる。
ただ、こうなってくると気になるのは三期の展開だ。ファンの間でも意見が割れているのは、真理と謎の少年が縞馬の剣を手にしているシーンだ。剣を真理に授けた説もあれば真理から取り上げようとした説もある。うがったものでは、真理は産まれた時から縞馬の剣を手にしていて、少年が使い方を教えたという説もある。顔のない少年が、天使か悪魔か神か仏か。真相は定かではないが、やはり縞馬の剣を扱う以上、悪魔であるという見方が多勢だ。けれど詩音は思う。もし縞馬の剣を持つ人間が悪魔なのだとしたら、両親の死を嘆き、彼らを生き返らせた真理も悪魔になる。しかし幼少期から描かれた真理の心の動きはどう見ても人間のそれだ。やってきた行為については悪魔と呼ばれても仕方のないものだが、詩音には真理を否定する気にはなれなかった。
少年と剣の謎。生きていた母親。日ごとに病む真理。
果たしてこの話にハッピーエンドは訪れるのだろうか。
詩音も例のごとくクラスメイトとは浅く狭く関わり、そそくさと下校しては時々ダーツをぶん投げた。
変わったことと言えば、雨村と由羅と時間を共にすることが増えたことだ。雨村はやはり詩音と友達と思われるのが嫌なのか、学校ではほとんど話しかけてこなかった。しかし放課後集まっては、三人で雨村の考えた謎の遊び(人間ボウリングやハンガーフリスビー)をした。それから詩音の趣味であるダーツにも一緒に行った。
どん、と鋭い音を立てて詩音の矢尻が二十のトリプルリングに突き刺さる。二人はあっけにとられた顔をしていた。
「詩音かっこいい」
「お前何でそんなにうまいんだ?」
雨村は少し引いていた。
「さあ? 毎日やってたからかな」
「ねー、それ自分のやつなの?」
由羅は興味津々である。
「そうだよ。タングステンダーツっていってね、ここのバレル部分が九十五パーセントタングステンで出来てて、ストレート型の王道のものだけどとても扱いやすいよ。でね、シャフト部分が鈴木洋平選手モデル仕様になってるから……」
父や大人と行くことはあっても友達とダーツをすることは初めてで、詩音は興奮していた。
「それで、いくらするの?」
「バレルが? それともシャフト? フライト?」
「いや、その、矢が」
「全部で三万円くらいかな」
「三万⁉」雨村が声を裏返した。
「高いなあ。聖、由羅にも買ってよ」
「誰が買えるか! そもそも俺の小遣いは三千円だ」
「あ、でも一番安いやつだと三千円くらいで揃えられるよ。良かったね、雨村」
詩音は意地悪く言った。
「やったああああああ」由羅ははしゃいだ。
「どう考えても明らかに間違っている」
雨村はごちゃごちゃ口を動かしてしたが、由羅に、来週誕生日! と言われると、しぶしぶ財布を取り出した。
「いいよ。私も半分出すよ」
「いや」雨村は詩音の言葉を手で制した。
「俺は愛咲の性格が悪くなって嬉しいのだ」
そして笑みを浮かべた雨村に、「きっしょ、ドMかよ」と由羅。
「うっせえ。お前は黙ってろ!」
帰り道、雨村に謝ったことがあった。
「元々はただの嫌われ者の私とこんなに遊んでくれてごめん。迷惑だったらいつでも言ってね」
しおらしく呟いた詩音へ、雨村は言った。
「愛咲が自分の事をどう思っているのかは分からない。だが愛咲が思っているほど状況は悪くない。子役がなんだとか、正直俺らからすればどうでもいいし、俺のクラスだけでも愛咲のことが実は好きな奴なんて山ほどいるぞ。もっと自信を持て」
雨村はおべっかを使っているようには見えなかった。詩音は全部自分の勘違いだったらいいのにな、と思った。
意識の問題か、それとも雨村と由羅と一緒にいることで実際に何かが変わったのか。詩音は少しずつ、学校で話すようになった。
以前より笑う回数が増えた。実際に、「詩音最近なんかいいことあった?」とクラスメイトに聞かれることもあった。学校での友達が増え、喋ったことのない男子が、話しかけてくるようになった。世界は残酷だが、詩音の思っていた以上に素直なものなのかもしれない。
そしてトラウマになりかけていた、『縞馬の剣』の続きも読み始めた。
信じていた価値観が崩れてしまった東条真理は、心のよりどころを失い、何も手がつかない状態になる。縞馬の剣を使って人を殺すことも止めた。(この辺りは雨村と通ずるところが多いのかもしれない)
だが真理は、ある日道で母親を発見する。母の死は誰かの犠牲によって消えていたのだ。真理は喜んで母に話しかけようとした。しかし彼女はそこで気づく。
どうして、自分は母と過ごしていないのだろう。母が生きていることになっていたならば、自分は叔父叔母の元で過ごしているはずがなく、母と幸せな家庭に暮らしていたはずだ。
そのことを叔母に聞くと、今更どうしたの? と心配された。
「あんたのお母さんは幼い時に浮気して家から出てったじゃない。弟……あんたのお父さんは、二年前に心のバランスを崩して自殺したでしょ。あんた大丈夫? 嫌な夢でも見たの?」
真理は愕然とした。私はもう既に父も母も復活させていたのに、そのうえで今は……。だとすれば私は一体何をやっていたのだろう。無用な殺生を繰り返して。
さらに追い打ちをかけるような出来事が起こった。二期の最後に叔母が殺された。捕まった犯人は肩に大きな切り傷を抱えている。
真理が切り損ねた男だった。
詩音は小説から手を離す。
雨村よ。少し残酷すぎやしないか。
けどきっと、これが雨村の見ている世界であり、彼の心の傷なのだろう。雨村と共に過ごした詩音には何となく理解できる。
ただ、こうなってくると気になるのは三期の展開だ。ファンの間でも意見が割れているのは、真理と謎の少年が縞馬の剣を手にしているシーンだ。剣を真理に授けた説もあれば真理から取り上げようとした説もある。うがったものでは、真理は産まれた時から縞馬の剣を手にしていて、少年が使い方を教えたという説もある。顔のない少年が、天使か悪魔か神か仏か。真相は定かではないが、やはり縞馬の剣を扱う以上、悪魔であるという見方が多勢だ。けれど詩音は思う。もし縞馬の剣を持つ人間が悪魔なのだとしたら、両親の死を嘆き、彼らを生き返らせた真理も悪魔になる。しかし幼少期から描かれた真理の心の動きはどう見ても人間のそれだ。やってきた行為については悪魔と呼ばれても仕方のないものだが、詩音には真理を否定する気にはなれなかった。
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果たしてこの話にハッピーエンドは訪れるのだろうか。
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