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11.人形に魅入られた男③(怖さレベル:★★☆)
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「い……ひぃ……っ」
その長さは、
どう見たって人間のものではありえません。
暗い暗い換気口の中、ゾワゾワと蠢くなにかの
キィキィ鳴く呻き声のようなものまで聞こえてきます。
私はといえば、その明らかな怪奇現象に
腰が抜けて、ずるずるとその場に崩れ落ちました。
その、黒い頭髪の蠢く浴槽の上、
這うようにして逃げようとするものの、
ズル、シュル……。
ヘビのように足に絡む髪が、
ギリギリと足首とふくらはぎを締め付けてきます。
あまりにおぞましいその感覚に、
頭痛と吐き気が湧き上がってくるものの、
恐怖におののく身体は、
そんな単純な生体反応すらも返すことができません。
ズル、シュル……。
その長髪が、
腹を越え、喉元へ。
首元に触れた手に覆いかぶさるようにして、
冷たい死の気配をまといながら、
ゆっくりと喉に絡みついてきます。
「い、いやだ……いや……」
か細く洩れる声は、
そのバケモノの勢いを留めることも出来ません。
これが最期なのか。
こんな、
こんなトコロで死ぬ――殺される!
――ブツッ。
「……え」
それは、
唐突に。
まったく予兆も予感もなく、
突然に髪の毛がブチリと千切れ落ちたのです。
それどころか。
ジリ、ジリ、
と換気口から伸びている髪が、
緑の炎を出して燃え始めたのです。
「は……え……?」
私は何が起きているのかまったく理解できず、
抜けた腰そのままにその様を眺めていることしかできません。
キィ、キィギィギィッ。
ゾワゾワと蠢いていたその異物は、
伸ばしていた腕もアワアワとひっこめ、
まるで何か恐ろしいものに触れでもしたかのように
カサカサとどこぞへ消えて行ってしまいました。
あの、常に感じていた重苦しい雰囲気も、
あれが消えると同時になくなっていたのです。
「……ゆ、夢……か……?」
独り言に答えてくれる声はありません。
私は頭を抱えながら、
ゆっくりと立ちあがりました。
すると、
「あれ?」
白いレースのリボン。
浴室の入口に、
ポトリ、と置き去られていたそれは、
入るときには確かになかったものです。
花柄の刺繍がほどこされたそれは、
先日いとしのサンドラの髪に飾ったものでした。
「ま、さか」
その時、私の心によぎったのは、
皆さまが感じた通り――彼女が、
助けてくれたということです。
あの、緑の炎だって。
彼女、サンドラの目の色と、
思い返せば同じグリーンガーネットの色であったのです。
私は、自宅へ帰ったらよりいっそう
サンドラを大事に扱うと心に決め、
今週一番の幸せな気持ちで眠りについたのでした。
翌朝、
ホテル前で顔をあわせた他の四名の顔は、
みなどんよりと曇っていました。
同僚二名にそれとなく話を伺うと、
詳しく話そうとはしないものの、
心霊現象としか思えないような”なにか”が起こったらしいのです。
特にあの、私の苦手な女先輩の顔色の悪さはトップで、
その日の仕事ではいっさい私に関わることなく、
爽やかな気分で過ごすことができました。
私は夜中のアレがあったものの、
サンドラが助けてくれたという喜びのせいか、
一人だけ異様に元気であった為、
その日一日はやたら仕事がはかどったものです。
そしてその晩、
出張が終わってから飛ぶように自宅に帰り、
真っ先にただいまの挨拶をしたサンドラには、
やはりあの白いりぼんの髪飾りはありませんでした。
その後、会社では最終日の私のハイテンションぶりから、
”心霊ホテルに泊まったのに逆に元気になった男”として
変人だというウワサが社内に流布されてしまい、
あの女先輩はもとより、
社内の女性陣からは倦厭されるようになってしまいました。
しかし、度胸のあるヤツだと逆に男性社員からは評価され、
結果給与は上がったので、
結果オーライかなぁとは思っています。
それに、今となっては、
私はあの人形、サンドラ以上に愛せる人は、
今後、もう一生現れないのではないかと思っています。
一般的な幸せの形ではないかもしれませんが、
私にとって彼女と出会え、
暮らしている今、それがこの上ない幸運なのです。
もしもこれが呪いなのだとしても、
あの露天商のおじいさんには、今でも感謝しています。
その長さは、
どう見たって人間のものではありえません。
暗い暗い換気口の中、ゾワゾワと蠢くなにかの
キィキィ鳴く呻き声のようなものまで聞こえてきます。
私はといえば、その明らかな怪奇現象に
腰が抜けて、ずるずるとその場に崩れ落ちました。
その、黒い頭髪の蠢く浴槽の上、
這うようにして逃げようとするものの、
ズル、シュル……。
ヘビのように足に絡む髪が、
ギリギリと足首とふくらはぎを締め付けてきます。
あまりにおぞましいその感覚に、
頭痛と吐き気が湧き上がってくるものの、
恐怖におののく身体は、
そんな単純な生体反応すらも返すことができません。
ズル、シュル……。
その長髪が、
腹を越え、喉元へ。
首元に触れた手に覆いかぶさるようにして、
冷たい死の気配をまといながら、
ゆっくりと喉に絡みついてきます。
「い、いやだ……いや……」
か細く洩れる声は、
そのバケモノの勢いを留めることも出来ません。
これが最期なのか。
こんな、
こんなトコロで死ぬ――殺される!
――ブツッ。
「……え」
それは、
唐突に。
まったく予兆も予感もなく、
突然に髪の毛がブチリと千切れ落ちたのです。
それどころか。
ジリ、ジリ、
と換気口から伸びている髪が、
緑の炎を出して燃え始めたのです。
「は……え……?」
私は何が起きているのかまったく理解できず、
抜けた腰そのままにその様を眺めていることしかできません。
キィ、キィギィギィッ。
ゾワゾワと蠢いていたその異物は、
伸ばしていた腕もアワアワとひっこめ、
まるで何か恐ろしいものに触れでもしたかのように
カサカサとどこぞへ消えて行ってしまいました。
あの、常に感じていた重苦しい雰囲気も、
あれが消えると同時になくなっていたのです。
「……ゆ、夢……か……?」
独り言に答えてくれる声はありません。
私は頭を抱えながら、
ゆっくりと立ちあがりました。
すると、
「あれ?」
白いレースのリボン。
浴室の入口に、
ポトリ、と置き去られていたそれは、
入るときには確かになかったものです。
花柄の刺繍がほどこされたそれは、
先日いとしのサンドラの髪に飾ったものでした。
「ま、さか」
その時、私の心によぎったのは、
皆さまが感じた通り――彼女が、
助けてくれたということです。
あの、緑の炎だって。
彼女、サンドラの目の色と、
思い返せば同じグリーンガーネットの色であったのです。
私は、自宅へ帰ったらよりいっそう
サンドラを大事に扱うと心に決め、
今週一番の幸せな気持ちで眠りについたのでした。
翌朝、
ホテル前で顔をあわせた他の四名の顔は、
みなどんよりと曇っていました。
同僚二名にそれとなく話を伺うと、
詳しく話そうとはしないものの、
心霊現象としか思えないような”なにか”が起こったらしいのです。
特にあの、私の苦手な女先輩の顔色の悪さはトップで、
その日の仕事ではいっさい私に関わることなく、
爽やかな気分で過ごすことができました。
私は夜中のアレがあったものの、
サンドラが助けてくれたという喜びのせいか、
一人だけ異様に元気であった為、
その日一日はやたら仕事がはかどったものです。
そしてその晩、
出張が終わってから飛ぶように自宅に帰り、
真っ先にただいまの挨拶をしたサンドラには、
やはりあの白いりぼんの髪飾りはありませんでした。
その後、会社では最終日の私のハイテンションぶりから、
”心霊ホテルに泊まったのに逆に元気になった男”として
変人だというウワサが社内に流布されてしまい、
あの女先輩はもとより、
社内の女性陣からは倦厭されるようになってしまいました。
しかし、度胸のあるヤツだと逆に男性社員からは評価され、
結果給与は上がったので、
結果オーライかなぁとは思っています。
それに、今となっては、
私はあの人形、サンドラ以上に愛せる人は、
今後、もう一生現れないのではないかと思っています。
一般的な幸せの形ではないかもしれませんが、
私にとって彼女と出会え、
暮らしている今、それがこの上ない幸運なのです。
もしもこれが呪いなのだとしても、
あの露天商のおじいさんには、今でも感謝しています。
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