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88.自宅の階段②(怖さレベル:★★☆)
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寝ぼけてみている、まぼろし?
そう自分をごまかすには、
あまりにも肉感をともなった生々しさがあります。
ザワザワと皮膚を荒らす怖気に、
必死で目前の異常を否定しようとしました。
しかし、握りしめていた手のひらに刺さる自分の爪の鋭利さに、
かえって現実を実感させられることになりました。
「う……っ」
ジリ、と一歩後ずさった時。
キィイ……と、床板が憐れに軋みました。
そして。
その薄い物音に。
さも、初めて気が付いた、と言わんばかりに。
奴が――ドッペルゲンガーが、グリン、とカメレオンのように首を動かし、
その斜めった頭でこちらを見上げました。
「あ……」
バチッ、と違いの視線が交差します。
薄暗闇で、互いの表情など読み取れぬはずであるのに、
その瞬間、バチッと電撃が走り、理解しました。
……ニィ
自分では一度も浮かべてたことのない、
強烈な邪気をまとった笑み。
悪意しかないそんな表情を、それが浮かべていることを。
「ま、っ……!」
無意識にこぼれた静止の声などまるきり無視して、
奴は階段の途中で止まっていた足を、トン、と進めました。
「……う」
トン、トン。
足取りは、いっそ軽やかに。
まなじりの下がった、
目元だけ笑うチグハグな表情を浮かべたそれ。
トン、と段をのぼる度に、
閉じていた口を、うっすらと開いていきます。
意味ありげなその動きに、
否応なく口元に視線が吸い寄せられました。
白い歯と、健康的な赤い舌。
本来であれば、それが存在するはずの口腔。
しかし、薄暗闇であるにも関わらず、
なぜだかハッキリと――そこに、黒い液体が満ちているのがわかりました。
なみなみの口内にたくわえられたそれは、
ぬかるんだ水たまりを連想させます。
いや――そのどろりとした液体は、
よどんで沈む底なし沼さながら。
一度落ちれば、二度と這いあがれない。
あれに取り込まれてしまえば、二度と――。
トン、トン。
足音にハッと意識が呼び戻されれば、
ドッペルゲンガーはいつの間にか、
階段を上りきる寸前までやってきていました。
「あ……う……っ」
ヤバい、逃げなくては。
そう思うものの、二階にいるボクが避難できるところといえば、
妹の部屋か、自分の部屋、そしてトイレくらい。
トイレに閉じこもるなど考えられないし、妹を巻き込むなんて論外。
かといって、自室に逃げたところでこれが消えるのかどうか。
混乱で足が竦んで、冷静な判断すら下せません。
トン。
ドッペルゲンガーとの距離が、階段一つ分縮まります。
「……う、っ」
ついに。
二階にやってきたそれと、
一歩分の歩幅を開けて対峙しました。
目じりにシワを寄せた不気味な目をしたその化け物は、
全身からにじみ出るほどの強い悪意を宿して、
ジリジリと、ジワジワと、ゆっくり手を伸ばし――。
シャッ
と。
ボクとその影の間に、小柄ななにかがよぎりました。
「あ……ち、チィ?」
さきほど、妹の部屋にしのび込んだはずの、愛猫。
それが、自分とむかい立つ偽物との間に陣取り、
しずかに尾を揺らしています。
威嚇するでもなく、毛を逆立てるわけでもなく、
ただ、ジッとその灰色の眼差しで見つめるだけ。
であるにも関わらず、ボクもどきはまるで天敵に脅かされている
かのごとく、勢いを消して後ずさっていきます。
「あ……っ!」
階段から、脚を踏みはずしてしまう! と、
ボクが目を大きく見開いたその刹那。
――パッ……
「え……?」
まるで手品さながらに、そいつは姿を消してしまいました。
「え、な……っ!?」
現状が理解できず、慌てて階下を覗きます。
しかし、それの姿はどこにもなく、
ただ、静かな階段が存在しているのみです。
「あ……チィ」
彼女はまるきり無感情なまなざしでチラリとボクを見上げると、
そのまま下ろしていた腰をスッと持ち上げました。
「あ、ありがとう、チィ」
感謝の言葉に対して返事一つ返すこともなく、
チィは再び、トコトコと妹の部屋へ戻っていってしまいました。
残された自分はといえば、
今の一連のできごとに脳内はパニックを起こしていて、
ゾンビのようにフラフラと自室に戻ることしかできませんでした。
この後……このドッペルゲンガーとは、
たびたび相見えることになるのですが……
それはまた、次の機会があれば、お話させて頂きます。
そう自分をごまかすには、
あまりにも肉感をともなった生々しさがあります。
ザワザワと皮膚を荒らす怖気に、
必死で目前の異常を否定しようとしました。
しかし、握りしめていた手のひらに刺さる自分の爪の鋭利さに、
かえって現実を実感させられることになりました。
「う……っ」
ジリ、と一歩後ずさった時。
キィイ……と、床板が憐れに軋みました。
そして。
その薄い物音に。
さも、初めて気が付いた、と言わんばかりに。
奴が――ドッペルゲンガーが、グリン、とカメレオンのように首を動かし、
その斜めった頭でこちらを見上げました。
「あ……」
バチッ、と違いの視線が交差します。
薄暗闇で、互いの表情など読み取れぬはずであるのに、
その瞬間、バチッと電撃が走り、理解しました。
……ニィ
自分では一度も浮かべてたことのない、
強烈な邪気をまとった笑み。
悪意しかないそんな表情を、それが浮かべていることを。
「ま、っ……!」
無意識にこぼれた静止の声などまるきり無視して、
奴は階段の途中で止まっていた足を、トン、と進めました。
「……う」
トン、トン。
足取りは、いっそ軽やかに。
まなじりの下がった、
目元だけ笑うチグハグな表情を浮かべたそれ。
トン、と段をのぼる度に、
閉じていた口を、うっすらと開いていきます。
意味ありげなその動きに、
否応なく口元に視線が吸い寄せられました。
白い歯と、健康的な赤い舌。
本来であれば、それが存在するはずの口腔。
しかし、薄暗闇であるにも関わらず、
なぜだかハッキリと――そこに、黒い液体が満ちているのがわかりました。
なみなみの口内にたくわえられたそれは、
ぬかるんだ水たまりを連想させます。
いや――そのどろりとした液体は、
よどんで沈む底なし沼さながら。
一度落ちれば、二度と這いあがれない。
あれに取り込まれてしまえば、二度と――。
トン、トン。
足音にハッと意識が呼び戻されれば、
ドッペルゲンガーはいつの間にか、
階段を上りきる寸前までやってきていました。
「あ……う……っ」
ヤバい、逃げなくては。
そう思うものの、二階にいるボクが避難できるところといえば、
妹の部屋か、自分の部屋、そしてトイレくらい。
トイレに閉じこもるなど考えられないし、妹を巻き込むなんて論外。
かといって、自室に逃げたところでこれが消えるのかどうか。
混乱で足が竦んで、冷静な判断すら下せません。
トン。
ドッペルゲンガーとの距離が、階段一つ分縮まります。
「……う、っ」
ついに。
二階にやってきたそれと、
一歩分の歩幅を開けて対峙しました。
目じりにシワを寄せた不気味な目をしたその化け物は、
全身からにじみ出るほどの強い悪意を宿して、
ジリジリと、ジワジワと、ゆっくり手を伸ばし――。
シャッ
と。
ボクとその影の間に、小柄ななにかがよぎりました。
「あ……ち、チィ?」
さきほど、妹の部屋にしのび込んだはずの、愛猫。
それが、自分とむかい立つ偽物との間に陣取り、
しずかに尾を揺らしています。
威嚇するでもなく、毛を逆立てるわけでもなく、
ただ、ジッとその灰色の眼差しで見つめるだけ。
であるにも関わらず、ボクもどきはまるで天敵に脅かされている
かのごとく、勢いを消して後ずさっていきます。
「あ……っ!」
階段から、脚を踏みはずしてしまう! と、
ボクが目を大きく見開いたその刹那。
――パッ……
「え……?」
まるで手品さながらに、そいつは姿を消してしまいました。
「え、な……っ!?」
現状が理解できず、慌てて階下を覗きます。
しかし、それの姿はどこにもなく、
ただ、静かな階段が存在しているのみです。
「あ……チィ」
彼女はまるきり無感情なまなざしでチラリとボクを見上げると、
そのまま下ろしていた腰をスッと持ち上げました。
「あ、ありがとう、チィ」
感謝の言葉に対して返事一つ返すこともなく、
チィは再び、トコトコと妹の部屋へ戻っていってしまいました。
残された自分はといえば、
今の一連のできごとに脳内はパニックを起こしていて、
ゾンビのようにフラフラと自室に戻ることしかできませんでした。
この後……このドッペルゲンガーとは、
たびたび相見えることになるのですが……
それはまた、次の機会があれば、お話させて頂きます。
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