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100.学校の四階女子トイレ③(怖さレベル:★★☆)

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「……ん」

フッ、と意識が浮上します。
どうやら、あのまま――眠ってしまっていたようでした。

こうこうと光る蛍光灯が、無機質にトイレ内部を照らしています。

「……何時、だろう」

携帯電話も、時計すらもない現状。

私は便座から立ち上がり、重い足を引きずりながら、
そっと外の様子を伺おうと窓に近づきました。

夕日は影も形もなく、外は真っ暗です。
遠く聞こえていた生徒の声も、まったく聞こえてきません。

「お母さん……お父さん……」

あと、どれだけ待てばいいのでしょう。

両親は共働き。

私が家に帰っていないことにも、
まだ気づいていないかもしれません。

喉もヒリヒリとにぶく痛むし、
心なしか頭までどっしりと重くなってきました。

じんわりと体が発熱しているのも感じます。

(……静かだ)

夜の校舎。
まだ、先生は残っているのでしょうか。

ドアの前に開けられないように重しが置かれているなら、
見回りでここに気づいてくれないだろうか。

そう、ぼんやりとほてった脳内で考えていると。

――ガチャ

不意に、入口のドアノブが動きました。

(え……だ、誰か……来た!?)

良かった、助かった!

慌てて入口に向かうと、ノブはガチャン、と一回まわった後、
反対側にまた、カチャン、と回されました。

「……ん?」

動きが、おかしい。

トイレのドアを開けるつもりなら、
ノブを回して、そのまま押せばいいだけです。

そう、疑問が頭をもたげた瞬間。

――カチャッ……ガチャガチャッ!!

ノブが外れるかと思う程に、
激しくドアが振動し始めました。

「ひ、っ……!?」

ちがう。助けじゃない。

異様な動きに、私はジリジリと後ずさりました。

目前の扉はガタガタと異常なほどに音を立てて、
次第に振動を強め、トイレ全体がきしむかのようです。

ガチャッ……ガタガタ、ガチャッ!!

あの女子四人のイタズラにしては、あまりに度が過ぎています。
脳内に、あの七不思議がよぎりました。

『学校の女子トイレ。首吊り自殺した女子生徒が棲みついていて、
 夕方の六時以降にトイレに入ると、なにかが起きる』

(に、逃げなきゃ……!!)

なにかが、トイレの外にいる。
なにか異様なものが、中に入ろうとしている。

でも、逃げるにしても、いったいドコに!?

「……っ!」

私はとっさに、入口から一番離れた窓側、
手前から数えて四番目にあたる個室にとびこみ、カギをかけました。

(入って……入って、来ないで……!!)

死にものぐるいでカギの部分を押さえつつ、
必死で祈りをささげている私の耳に無常な音が飛び込んできました。

カチャッ……キィ

入口の扉が、開く音。

あれだけ待ち望んでいたはずなのに、
心臓はギシギシと脈うって、冷たい汗がアゴを伝って流れおちます。

キュッ……キュッ……

タイルの上をすべる、うわばきのゴムの音。

(せ、先生じゃ……ない)

見回りに来た先生であれば、こんな靴の音はしません。

これは、まるで。

はき潰したうわばきを、ちょっとかかとをこすりながら歩いている、
同年代位の生徒の、そんな足音――。

……キィ、バタン

(個室のなかに、入った……?)

遠く。

おそらくは一番目の個室のドアが開いた音。

トイレを借りにきた生徒?

(そ……そうだよ。私、過剰反応しすぎだって……)

常識的に考えれば、
お化けや幽霊なんてほうがおかしいのです。

そう。ただ、それだけ。
きっと、自分の考えすぎ――。

祈るように、念じるようにそう思い込もうとしていると。

……キィ、バタン

個室から出たらしき、物音が聞こえました。

(……水。流してない、よね?)

用を足すために入ったのなら、
当然、水を流す音がするはずです。

しかし、今。
まったく、そんな音は聞こえませんでした。

そう、今のはまるで。

個室のなかに、誰か人がいないかを確認した、
たったそれだけ、のような。

……キィ、バタン

「…………ッ!!」

さっきよりも、音が近い!
おそらく、二つ目の個室に入ったのでしょう。

――いったい、なんのために?

小刻みに震えはじめた指先をギュッと強くにぎりしめ、
必死に呼吸を殺します。

なにか。

ただの人ではない、なにか恐ろしいものが、
一つ一つ、トイレの個室を調べている?

……キィ、バタン

二つ目のトイレからそれが出て、

キュッ、キュッ……

かかとを擦る足音が、すぐ真横の個室の前にたたずみました。

……キィ、バタン

「……ッ!?」

すぐ横に。

なにかが。
おぞましい気配をもった、なにかが。

(どっ……どう、しよう……!?)

このままジッとしていたら、
次にここ、四番目のトイレに入ってくるのは明らかです。

――もし、それが来たら?

『学校の女子トイレ。首吊り自殺した女子生徒が棲みついていて、
 夕方の六時以降にトイレに入ると、なにかが起きる』

脳内に、恐ろしい怪談がリフレインされ、

「っ……わあぁぁぁああ!!」

あまりの恐怖に耐えかね、個室のドアをけり開けて、
全力でトイレの入口の扉にとびつきました。

(あれが入ってきたんだから……開く、はず!!)

半狂乱になりながら、ノブに手をかけたその瞬間。

キュッキュッキュッ

「……え」

すぐ真後ろで、うわばきの擦れる音。

ヒタッ……

かたまった手首に、氷のようなつめたさ。
すぅ、と上腕をなでる、冷えた指先。

ハァー……

耳にふきこまれた、なにかのため息。
一瞬にして、全身に鳥肌がわきました。

硬直し、微動だにできない私の肩に、
なにかが、ドサッ、と体重をかけてくる感触。

そのまま、雪のようにつめたい指が、
二の腕をさすり、そのままそっと首に回って――、

……ガチャッ

「あ! ここにいた!!」
「……えっ?」

突如。
目前の扉が、向こう側から開かれました。

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