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115.夏休みのプール③(怖さレベル:★☆☆)
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(……なに? ……なんの、音……?)
夢と現実のさかいにとどまる脳は、あいまいにしか考えがまとまりません。
ゴオォォ……パチャンッ……ゴボッ……
風の音色のようなそのなかに、水がはじけるような小さなものが混じります。
水泡がふくらむような、かすかな音も。
(……海……?)
……バチャン! ……ブクッ……ゴポッ……
水泡の響きが、だんだんと、大きく、近く聞こえてきます。
(……水……プール……?)
おぼろげな夢の空間にとじこめられて、
思考力もひどく低下していました。
ふわふわと、ただ耳に入ってくる音色をなぞるように、脳内に像が結ばれます。
あの風のような低い音は、もしかしてプールの水流の音?
ブクブクという水泡の音は……空気を吐き出す、音?
一度そう気づくと、肌にまとわりつく生ぬるい水の感触と、
舌に感じる塩素のわずかな苦みをリアルに感じます。
まぶたの向こうには、キラキラと光の筋がおどって、
水のなかでゆらゆらと漂っているかのような、浮遊感を覚えました。
(……プールの……なか……?)
おだやかで、生あたたかくて、ほんのりと静かで。
水の流れる音も、騒音にはなりません。
まるで母体のなかに漂っているかのような、ぼんやりとした安心感。
ゴオォォ……ゴポッ……
と。
耳に入ってくる音が、にわかに激しくなり始めました。
ゴポポッ……ガポッ
ざわざわと、水流が乱れる音。
口内に叩きつけられるように飛び込んでくる苦い水。
(…………っ!?)
今まで心地よかった水が、いきなり肌をつきさすような冷たさに変わりました。
驚いた私が、息を吸い込もうととっさに大きく口を開けて、
(息が……できない!?)
いくら喉を広げても、いっこうに酸素が入ってきません。
息を吸う、吐く、という行為自体が、なぜかできないのです。
(苦しい、苦しい……!!)
喉がわななき、まぶたが震えます。
手足が痙攣して、引きつる肺が酸素を欲して収縮します。
このままでは、息が止まる――死んで、しまう!!
”死”を意識した、その途端。
「……げほっ!?」
私は、目を覚ましました。
ワアァ……キャアア……
子どもたちの笑い声、はしゃぎ回る人たちの歓声。
鳴り響く、軽快でアップテンポのメロディ。
ひざを抱えた体制のまま、私は大げさに目をしばたきました。
(ゆっ……夢……?)
ふしぎな、夢でした。
溺れる人間の、いまわの際。
そんな想像が、符号してしまうほど恐ろしい、夢。
(イヤな夢……ってだけでも、なかったけど)
水中から空を眺める、水と光のきらめき。
波にたゆたう心地よさは、どこかホッとするような安心感がありました。
友だちに聞いた話と、疲れとがまざりあって、
あんな不可思議な夢を見たのでしょうか。
(……あ、そういえば。まだ泳いでるのかな)
かかっている時計を見やれば、ウトウトしていたのはほんの一瞬のようでした。
友だちの姿は、大勢の人で見ることはできませんが、
浅瀬にいないことを考えると、まだ大波のなかにいるのでしょう。
(もう一回、波の高いところへ行こうかな?)
夢の残滓をふり払うように、足の指を水にひたしました。
潮の満ち引きのように、ゆらゆらと足の甲までぬるい水流が流れてきます。
しゃがんでいた姿勢から立ちあがり、
ザバッと水を蹴って、そのまま踏み出そうとした時。
「……わ、っ!?」
ぐっ、と足がひっぱられ、
危うく転びかけて床に手をつきました。
「痛っ……」
ヒリヒリと赤くなった手のひら。
すりむきかけたひざも、ピリリとしびれます。
いったいなにが、と後ろを振り返ろうとしたものの、
「え……あれ!?」
左の足が、床にぴったりと並行にくっついてしまっています。
動かそうとふとももをつっぱっても、
ひざから下が床にボンドでくっつけられたかのように、ピクリとも動きません。
(ど、どういうこと……!?)
自分の意志とは関係なく、足が動かない。
どれだけ力をいれても、手で押しても、まったく微動だにしない。
それは、まさしく恐怖でした。
ザワザワと心臓が痛いほど焦りが押しよせてきて、
今まで経験したことのない状況に軽いパニックに陥っていると、
ポン、と優しく背中を叩かれます。
「おねーちゃん、なにしてるの?」
幼い、幼稚園児くらいの女の子です。
かわいらしい三つ編みが、赤いぼうしの端からたれ下がって、
同じ色の水着の上で、ひょこひょこととびはねていました。
「あっ……う、うん。足がね、ちょっと、動かなくて……」
どう説明すればいいかわからず、混乱しながらも正直に言うと、
少女は「フーン」と興味なさげに頷いて、左足を見つめます。
「……そっかぁ。ダメかぁ」
「え、なに?」
「うーん……おねえちゃんの足、つかんでる子がいるんだよね」
「……えっ?」
足をつかんでいる、子ども?
彼女の言葉を脳内でくりかえして、
私はポカンと大口を開けました。
「おねーちゃんのこと、気に入ったんだって。
……残念だなぁ。わたしと遊んでもらおうと思ったのに」
と、呆然とする私に対して、彼女は唇をちいさくとがらせました。
「ちょ、ちょっと待って……足をはなしてもらうにはどうすればいいの?!」
「うーん……わかんない! わたし、あっちに遊びに行くから! バイバーイ」
「えっ、ちょっ……」
三つ編みの女の子は、それだけ言ったかと思うと、
波の向こう側へ走って行ってしまいました。
「えっ……なっ……」
ひとり残された私は、動かない左足を押さえたまま硬直していました。
>>
夢と現実のさかいにとどまる脳は、あいまいにしか考えがまとまりません。
ゴオォォ……パチャンッ……ゴボッ……
風の音色のようなそのなかに、水がはじけるような小さなものが混じります。
水泡がふくらむような、かすかな音も。
(……海……?)
……バチャン! ……ブクッ……ゴポッ……
水泡の響きが、だんだんと、大きく、近く聞こえてきます。
(……水……プール……?)
おぼろげな夢の空間にとじこめられて、
思考力もひどく低下していました。
ふわふわと、ただ耳に入ってくる音色をなぞるように、脳内に像が結ばれます。
あの風のような低い音は、もしかしてプールの水流の音?
ブクブクという水泡の音は……空気を吐き出す、音?
一度そう気づくと、肌にまとわりつく生ぬるい水の感触と、
舌に感じる塩素のわずかな苦みをリアルに感じます。
まぶたの向こうには、キラキラと光の筋がおどって、
水のなかでゆらゆらと漂っているかのような、浮遊感を覚えました。
(……プールの……なか……?)
おだやかで、生あたたかくて、ほんのりと静かで。
水の流れる音も、騒音にはなりません。
まるで母体のなかに漂っているかのような、ぼんやりとした安心感。
ゴオォォ……ゴポッ……
と。
耳に入ってくる音が、にわかに激しくなり始めました。
ゴポポッ……ガポッ
ざわざわと、水流が乱れる音。
口内に叩きつけられるように飛び込んでくる苦い水。
(…………っ!?)
今まで心地よかった水が、いきなり肌をつきさすような冷たさに変わりました。
驚いた私が、息を吸い込もうととっさに大きく口を開けて、
(息が……できない!?)
いくら喉を広げても、いっこうに酸素が入ってきません。
息を吸う、吐く、という行為自体が、なぜかできないのです。
(苦しい、苦しい……!!)
喉がわななき、まぶたが震えます。
手足が痙攣して、引きつる肺が酸素を欲して収縮します。
このままでは、息が止まる――死んで、しまう!!
”死”を意識した、その途端。
「……げほっ!?」
私は、目を覚ましました。
ワアァ……キャアア……
子どもたちの笑い声、はしゃぎ回る人たちの歓声。
鳴り響く、軽快でアップテンポのメロディ。
ひざを抱えた体制のまま、私は大げさに目をしばたきました。
(ゆっ……夢……?)
ふしぎな、夢でした。
溺れる人間の、いまわの際。
そんな想像が、符号してしまうほど恐ろしい、夢。
(イヤな夢……ってだけでも、なかったけど)
水中から空を眺める、水と光のきらめき。
波にたゆたう心地よさは、どこかホッとするような安心感がありました。
友だちに聞いた話と、疲れとがまざりあって、
あんな不可思議な夢を見たのでしょうか。
(……あ、そういえば。まだ泳いでるのかな)
かかっている時計を見やれば、ウトウトしていたのはほんの一瞬のようでした。
友だちの姿は、大勢の人で見ることはできませんが、
浅瀬にいないことを考えると、まだ大波のなかにいるのでしょう。
(もう一回、波の高いところへ行こうかな?)
夢の残滓をふり払うように、足の指を水にひたしました。
潮の満ち引きのように、ゆらゆらと足の甲までぬるい水流が流れてきます。
しゃがんでいた姿勢から立ちあがり、
ザバッと水を蹴って、そのまま踏み出そうとした時。
「……わ、っ!?」
ぐっ、と足がひっぱられ、
危うく転びかけて床に手をつきました。
「痛っ……」
ヒリヒリと赤くなった手のひら。
すりむきかけたひざも、ピリリとしびれます。
いったいなにが、と後ろを振り返ろうとしたものの、
「え……あれ!?」
左の足が、床にぴったりと並行にくっついてしまっています。
動かそうとふとももをつっぱっても、
ひざから下が床にボンドでくっつけられたかのように、ピクリとも動きません。
(ど、どういうこと……!?)
自分の意志とは関係なく、足が動かない。
どれだけ力をいれても、手で押しても、まったく微動だにしない。
それは、まさしく恐怖でした。
ザワザワと心臓が痛いほど焦りが押しよせてきて、
今まで経験したことのない状況に軽いパニックに陥っていると、
ポン、と優しく背中を叩かれます。
「おねーちゃん、なにしてるの?」
幼い、幼稚園児くらいの女の子です。
かわいらしい三つ編みが、赤いぼうしの端からたれ下がって、
同じ色の水着の上で、ひょこひょこととびはねていました。
「あっ……う、うん。足がね、ちょっと、動かなくて……」
どう説明すればいいかわからず、混乱しながらも正直に言うと、
少女は「フーン」と興味なさげに頷いて、左足を見つめます。
「……そっかぁ。ダメかぁ」
「え、なに?」
「うーん……おねえちゃんの足、つかんでる子がいるんだよね」
「……えっ?」
足をつかんでいる、子ども?
彼女の言葉を脳内でくりかえして、
私はポカンと大口を開けました。
「おねーちゃんのこと、気に入ったんだって。
……残念だなぁ。わたしと遊んでもらおうと思ったのに」
と、呆然とする私に対して、彼女は唇をちいさくとがらせました。
「ちょ、ちょっと待って……足をはなしてもらうにはどうすればいいの?!」
「うーん……わかんない! わたし、あっちに遊びに行くから! バイバーイ」
「えっ、ちょっ……」
三つ編みの女の子は、それだけ言ったかと思うと、
波の向こう側へ走って行ってしまいました。
「えっ……なっ……」
ひとり残された私は、動かない左足を押さえたまま硬直していました。
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