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116.山菜採りの異変①(怖さレベル:★☆☆)

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(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)

いやぁ……あれはほんの、三か月前のことですよ。

見ていただいてわかるとおり、すでに六十を超えた身。

旦那はまだがんばって働いているけれど、
私は一足先に隠居させてもらっていまして。

っていっても、まだ年金をもらえる年じゃあないから、
ちょこっとパートしたり、町で手伝いしたりして、
生活費の足しにはしてるんですけどねぇ。

それで、その日はおんなじパート仲間に誘われて、
近所の山に、山菜採りに行くことにしたんですよ。

ちょうど時期も、春先のきもちのいい季節。

青葉のキラキラした光のさしこむなか、
採集するのは本当に楽しいよ、って誘われて。

旦那も山のモノは好きだし、私ももちろん鉱物だから、
ふたつ返事で参加することを決めました。

誘ってくれたパート仲間や、彼女の知り合いなど計十人ほどで、
日曜日の朝、その山に向かうことになったんです。



「いやぁ、よく採れるねぇ」

カゴを片手に、夢中になって斜面を登ります。

パート仲間は毎年山菜採りをやっているとのことで、
密集している箇所や採り方のコツなどを伝授してくれたおかげで、
面白いように数が増えていきました。

もともと体を動かすのが好きだった私は、
ヒョイヒョイと足を動かして、どんどんみんなの先へ進んでいって、
気づいたら――すっかり、ひとりになってしまっていました。

「あっちゃあ……夢中になりすぎちゃった」

幸い、山と言っても今は携帯の電波も通じます。
すぐ連絡をとろうかとも思ったものの、
カゴにはまだだいぶ空きもありました。

合流する前に、もうちょっと数を足しておきたいなぁ、と私は少しだけ欲がわきました。

順調に進んでいる採取をそのままとめたくもなくて、
そのまま、サクサクと足を進めていきます。

すると。

パキッ……

「……ん?」

やぶの向こう。
小枝が割れるような、甲高い音が鳴りました。

とっさに足を止めて、ジッと音の方向をさぐります。

(……パート仲間のだれか? いや……動物、かもしれない)

音のした方向は、山の上のほう。
仲間たちは、自分の後ろ、山の下にいるはずです。

この山はシカやイノシシの目撃情報もあり、
山頂近くでは、クマも出没することがある、と聞いていました。

もし、クマだったら――と、
私がカゴを抱えてじりじりと後ずさりを始めると。

……ガサッ

「あ……」

ヒョコリ、と草むらから顔を出したのは、
年齢にして三十代半ばくらいの、若い男性でした。

「あ、どうも……こんにちは」

私はとっさに愛想よくあいさつするも、
男性は無言のまま、ジーっとこちらを見つめています。

(山登りの人、かしら……)

無言の男性に、私はヘラヘラと愛想笑いを浮かべつつ、
一歩一歩、後ずさりました。

登山者か、と考えはしたものの、
それにしては、その男性の格好は妙でした。

やぶのなかを通ってきたのか、枯草や枝葉がついた、
モコモコとしたニットの上着に、デニム。

足元は、山登りには明らかに不向きと思われる革靴。

さらにおかしいのは、こんな山中にいるというのに、
荷物が腰につけた、小さなボディバッグしかないということです。

「…………」

男性はこちらに姿を見せたまま、
それ以上身動きすることもありません。

無感動な表情のまま、
ただただ、ジイっとこちらを凝視しています。

その、ふたつの目。

なんの感情もこもっていない無機質な瞳は、
せっかくうららかで暖かい陽気のなかにいるというのに、
体温を奪われるような冷たさがありました。

(……変な人に会っちゃったわ)

両手はなにも持っていないものの、
向こうは若い力のある男性、自分は老齢のおばあちゃん。

力の差は明らかです。

もし、こちらを害そうと思えば、
それこそ一捻りでしょう。

私はこわばる頬をなんとか笑みの形にして、
男性にむかってにこやかに話しかけました。

「ここには、山登りできたの? 私はお友だちと一緒に山菜採りにきてるのよ。
 そろそろ待ち合わせの時間になるから戻るわね。道中気をつけて」
「…………」

言葉のなかにそれとなく同行者がいることを匂わせながら、
笑みを浮かべたままジリジリと後ずさりました。

やはり男性はいっさい口を開かぬままに、
こっちの動向をひたすら見つめていましたが。

「…………」

ザッ……

(……ひ、っ)

何歩か距離をとろうとすると、
男性は、離れた分だけ距離を縮めてきます。

(やっぱり……この人、危ない……!)

金目のものなど持っていないし、
うら若い乙女でもありません。

男性の目的はわかりませんが、
そのうす暗いまなざしと、うつむきがちな表情、
そして無言のまま近づいてくるプレッシャーは、
恐怖以外のなにものでもありません。

背を向ければ、いっきに距離をちぢめてくるかもしれない。

この足場の悪い山中、若い男性と老いた自分との差を考えれば、
もしそれをされたら、逃げることなどできないでしょう。

「……っ」

じり、じり。

男性を視界に入れたまま、一歩一歩、足を後ろに下げていきます。

パキリ、と枝を踏しめる音。
ザッ、と土をすべる感触。

目前の男は、いまだ無言のまま、
それでも距離を離すことなく、
すーっと一定の感覚で後をついてきます。

(ひいぃ……っ)

恐怖と動揺で混乱した私は、足元の確認をすることを、
うっかり怠ってしまったんです。

ザッ……ズルッ

「あ……!!」

右脚が、ゆるくなった土を踏みしめた途端、
その下がボロッと崩れ落ちました。

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