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125.井戸の怪異3②(怖さレベル:★★★)

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コーン……

(……なんだ? この音)

なにかに反響しているかのように、くぐもった音。
小石を壁にぶつけているかのような、固さを感じる音です。

(……なんだ、これ……鳥……にしちゃ、ちょっと……)

俺は耳をそばだてつつ、キョロキョロとあたりを見回しました。
しかし、周囲いったいは森。反対は合宿所。そして目前は、井戸。

このくぐもったような、反響音の出どころなんて――。

……コンッ

「……あ」

トサッ、と足元に一つ、石ころが飛んできました。

「え……あ……え?」

……コン

二つ目の石。
俺が、恐ろしい予感と共に顔を上げて、井戸を見ると。

……コンッ

暗い、黒い暗闇の中。井戸と木板のそのわずかに剥がれた合間から、
白い、白い指先が覗いています。

「……え」

乾いた声がもれました。
そのつき出した白くなまめかしい指の先から、
ポロ、と草の上に石が一つ、落とされます。

……カツッ

冷たい石の転がる音が、鼓膜に響きました。

「ひっ……ひぃいいっ!!」

俺はパニックに陥って、
携帯を引っ掴んだまま全力で表玄関の方へと走りました。




「……っ、や、やめた方がいい、って!!」

俺は二人の待っていた場所へ戻ってそうそう、
半狂乱になって叫びました。

「ばっか、声でけぇっての! ははぁ、なんか見たんだな?」

巌が、興味を隠し切れないといった風に前のめりに尋ねてきました。

「みっ……見た。見ちまったよ」
「うへぇ、まじかよ……」

小戸木が、ひるんだように後ずさりました。

「ゆ……指! 井戸ん中から、指出てくんの見ちまったよ……」
「うわ……指? 他は?」
「わ、わかんねぇ……そこで逃げてきちまったし……」

と、息も絶え絶えに説明すれば、巌は二ヤッと笑います。

「おいおい、指じゃなくて、白蛇とか、そんなオチじゃねぇの?」
「なっ……う、ウソじゃねぇよ! 第一、その前に石投げつけられたんだし」

と、思わず茶化す巌にくってかかりました。

「はいはい、わかったわかった。……ま、俺が行ってくればわかることだよなァ」
「はぁ? 行く気かよ」

すでに行ってきた小戸木も、巌の発言には目をひん剥きました。

「そりゃあ行くだろ。オレ霊感なんてねぇしさ。
 へーきへーき、どーせゴミ袋とかヘビとか、そんなだよ」

と、あざけりの表情すら浮かべ、
裏の井戸の方へと歩いて行ってしまいました。

「あいつ……完全にバカにしてやがる……」

さきほどの恐怖を、ただの見間違いと茶化され、
俺はイライラと足元の土を踏みつけました。

「つーか、小戸木。お前ん時にはなんともなかったのかよ」

腹立ちまぎれに、となりでまごついていた同期に声をかけました。

「なんとも……まぁ、そりゃ不気味だったけれど、べつになにもなかったぜ?」
「ホントかよ……」

なにもなかった、と言われてしまうと
一人でパニックになっていた自分がまるで道化のようで、
急に恥ずかしくなってきました。

(アレ……指、だったよな?
 ヘビでも、ゴミでもなかった……)

暗闇からつきだす五本の細い指。

脳内で再現しようとするものの、時間とともに映像はあいまいにぼやけ、
リアルさが失われて行ってしまいます。

(……見間違い? でも、音だって……)

コーン、という石ころを打ち付けるくぐもった響きも、
耳の奥に焼き付いています。

あの薄く開いた隙間から、白い指が投げて来たに違いありません。

(……隙間。あ、そうだ)

「なぁ。小戸木。お前、井戸んとこに目印つけた、って言ってたよな?」
「あ? あぁ。見たか?」

ボーっと携帯画面を眺めていた彼が、
ニヤッと笑ってこちらを見ました。

「いやいや……やり過ぎだろ? 先輩たちに怒られるぞ」
「えーっ? あれくらいで? 第一、風でそのうち飛ばされるだろ」
「……風?」

どうにも、話がうまくかみ合っていない、ような。
俺が首を傾げると、
小戸木もけげんな表情を浮かべてこちらに向き直りました。

「見たんだろ? 井戸の板の上に、石でピラミッド作ってあったの」
「……は?」
「いやー、ごろごろ石っころ落ちてたから、なかなかうまくできたんだよ。
 ちょっと意味深にも見えるしさ、丁度いいだろ~?」

ケタケタと笑う小戸木の横で、
俺は必死に井戸の映像を思い返します。

石――井戸の板の上?

ムリだ。だって木の板が剝がされて――。

「……小戸木。井戸の上の板、どうなってた?」
「は? 何言ってんだ。普通に覆われてただろ」

何をバカなことを、とこちらを伺う目にウソはありません。

俺は一度収まった恐怖が、
再びゾワゾワと舞い戻ってくるのを感じました。

「……つーか、巌、やけに時間かかってねぇ?」

小戸木が液晶の時刻を確認しつつ、ボソリと呟きました。
ここで二人で待機して、すでに十五分は経ったでしょうか。

井戸までの距離など、片道五分とかかりません。

(まさか……?)

薄気味の悪い想像が、脳裏を駆け巡りました。

「あいつ、オレらがしびれきられして来んの、待ち構えてんのかなぁ?」

小戸木が頭上で腕を組みつつ、のんきに笑っています。

「……ちょっと、様子見にいくか」
「えーっ? また井戸行くのか」

茶化してはいたものの、さすがにあの雰囲気の場所へ戻りたくないのか、
彼はしぶるようにその場で足踏みをしています。

「……オレだけ行ったら、ここで一人っきりだぞ?」
「ゲッ……そーなんのか……チッ、わかったよ」

さすがに、肝試しも終わったというのに、
一人取り残されるのは気が進まなかったらしく、
小戸木はしぶしぶといったていで後をついていきました。

オレは携帯のライトを再び点灯させ、
足音をなるべく殺すよう忍び足で井戸の方へと向かいました。

(……静かだ)

夜の森。とっくに零時を回った時刻。

風もすっかり音を消し、周囲はなんの物音もしません。

木々のざわめきも鳥の声も、虫の鳴く声すら――。

(静か……静かすぎじゃないか?)

ふと周囲を見回し、違和感に気付きました。

いくら風がないにしても、鳥の声、虫の声一つしないのはおかしいんじゃないか。

「おーい、なにしてんだよ。お前が見にいくって言ったんだろ?」
「あ……悪い……」

いつの間にか俺を追い越した小戸木が、
眉をひそめてこちらを見つめています。

(いやいや……偶然。偶然だって)

俺は首を強くふってイヤな想像をかき消すと、奴の後ろを追いかけました。

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