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130.お経のサウンドロップ②(怖さレベル:★★☆)

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まさか、外にまで音が漏れているなんて思わなかったし、
ネタばらしをしたら、彼らになにを言われるかわかったものじゃありませんでしたから。

でも、おれはそのあと電車で地元に戻りつつ、
(これは使えるな)と思ったんです。

というのも、おれが住んでいるアパートの外には、
自販機が五台並んでいるスポットがあるんですが、
そこが夜、塾帰りの学生たちのたまり場になってしまっていたんです。

おれの部屋は、一番そっちの通路に近い側でして、
学生たちが若さ有り余ってワーキャー騒いでいるのを、
いつもうっとおしく感じていました。

そこで、このサウンドロップをうまく使えば、
学生たちをビビらせて、あの自販機のそばから
遠ざけることができるかもしれない、と思ったんです。

そして、地元に帰って、その日の夜。

おれは、アパートの窓から、そっと外を伺いました。

ちょうどその日は金曜日の夜。

塾帰りの高校生たちが、
特に長々と自販機前のベンチでだべっている日です。

(……でも、ヘタな鳴らし方すると、おもちゃだって一発でバレるよな……慎重にいかねぇと)

音の出どころも、できるだけバレないようにしなければなりません。

おれは、釣り好きの友人からもらったタコ糸を使い、
キーホルダー部分に巻き付けました。

カーテンで外から中が見えないようにした後、
窓をそっと少しだけ開き、準備は完了です。

自販機コーナーは、101号室であるおれの部屋の、
ほんのすぐそば。

開いた窓からは、
学生たちのはしゃぐ声がダイレクトに聞こえてきます。

いつも2時間ほどこれが続くので、
最近は窓を閉めてノイズキャンセリングイヤホンをして
夜を過ごしていました。

でも、これからコイツらをビビらせて逃げ帰らせられるのかと思うと、
今まで蓄積してきたうっぷんが晴れるようで、なんだかウキウキしてきました。

(よし……!)

おれはサウンドロップのボタンを押すと、
そのままタコ糸の先を持ち、窓の外へ勢いよく放り投げました。

……コンッ、カンッ

自販機の裏側に当たった軽い音は、
学生たちのしゃべり声によって、ほとんど目立つことはありませんでした。

(さあ、鳴るぞ……)

ボタンを押してからの、数秒のラグ。

サウンドロップは、ちょうどいいタイミングで、
その場に鳴り響きました。

『……観自在菩薩(かんじざいぼさつ)……行深般若波羅蜜多時(ぎょうじんはんにゃはらみったじ)……』

音が流れ出すと、がやがやとにぎわっていた子どもたちの声が、
シン、と途端に静まり返ります。

『……照見五蘊皆空(しょうけんごうんかいくう)……』

電子っぽさ混じりの、ボソボソとした無機質な声。

サウンドロップによる音だとわかっているおれでさえ、
ひやりと背筋が冷たくなるほどの、おどろおどろしい響きでした。

「ね、ちょっと……今の……」
「へ、へんな声、してた……よな?」
「つーかさ、今のってお経じゃ……」
「お、お前、ケータイで流したんじゃねぇのか!?」
「バッカ、何のためにそんなことするんだよ!」

学生たちにもばっちり聞こえたようで、
ものすごく動揺している気配が伝わってきます。

おれは、シメシメと内心ニヤつきつつ、
例のサウンドロップを、タコ糸を使って回収しました。

「ど、どうせ、その辺のどっかの家のテレビの音とかだろ?」
「で、でも今の……かなり近くで聞こえたよね?」

学生たちは、いつも以上にワイワイと音の根源について話し始めました。

解散する気配はなく、いい話題ができたといわんばかりに、
非常に盛り上がっています。

サッサと怖がって帰るだろう、という読みが外れてしまい、
おれは閉めようとした窓を、再び開けました。

(一回だけじゃ、ダメか……)

あのくらいの年ごろでは、ちょっとした恐怖くらいでは、
ネタにしかならないのでしょう。

さすがに、もう一度同じ目に遭えば、いい加減怖がるだろう。

おれはそう考え、手元に戻したサウンドロップを、
さっきと同じようにボタンを押して、また窓の外へと放り投げました。

『……観自在菩薩(かんじざいぼさつ)……』

夜の空気の中に、ザザッ、と読経の音が響き渡ります。

二度目であっても、
それはまがまがしく空気を揺らしました。

「っ、おい、今また……!」
「やだっ……な、なんかいるよ、ここ……!」
「バッカ、誰かのイタズラじゃ……あっ、おい!!」

さすがに二回も続くと、ほとんどの学生たちはおびえて、
その場からさっさと逃げ帰ってしましました。

残ったのは、気の強そうな女子や見栄を張りたいのであろう男子数人。

「ちょっと、今の、誰のイタズラ?」
「オレらじゃねぇし……」

その数人たちも、恐怖と疑いのせいか、
なんだか険悪ムードになっていまし。

(よし。これだけ人数が減ればいいか)

この雰囲気であれば、
残っているメンバーたちも、すぐに解散するでしょう。

それに、あまりにくり返すとウソくさいし、
おれがイタズラしていることもバレかねません。

どこか達成感を感じつつ、おれはタコ糸を引っ張って、
手元にサウンドロップを戻そうとしました。

――ズズッ

(……あ、れ?)

糸が、なにかに引っ掛かりました。

キュッ、と強めにひっぱってみても、
一向にタコ糸の長さは縮まらず、つっぱった感覚があります。

(うわ、やべぇ……っ)

おれは慌てて、グイグイと強めに糸を引っ張りました。

もし、アレが学生たちに見つかったら面倒です。

音の出るおもちゃと、それにつながった糸。
明らかに、人為的なイタズラだとバレてしまいますから。

(くっ……この、っ……!!)

おれは心の中で悪態をつきながら、
グイッ、と思い切り糸を引っ張りました。

すると。

――ブチッ

「あ……!!」

つよく力をこめ過ぎたせいで、
見事なまでにブッチリと、糸がちぎれてしまったんです。

(マズい……!!)

外の、数人だけ残った学生たちの話し声は、
まだ続いています。

「なぁ……今、なんか変な音しなかったか?」
「ちょっと、やめてよ! また怖がらそうとして!!」
「いや、違うって……なんか、物音っつーか」

おれは両手をにぎって、ジッ、と外の様子に耳を傾けました。
今の糸の切れた音と、おれの小さな悲鳴。
それが、窓を開けておいたせいで聞こえてしまったのか。

「なんか、あっちの方からだったよなぁ」
「おい、待て待て。オレも行く」

暗い夜の道。

自販機のぼうっとした明かりのそばに立っていた二人の男子学生が、
裏を回って、おれがサウンドロップを放り投げたアパートのそばに近づいてきます。

(気づくな、気づくなよ……!!)

祈るように心の中で何度もとなえつつ、
おれはちぎれた糸の残りだけを家の中にたぐりよせると、
固唾をのんで息をひそめました。

窓の外で、暗い読闇の中を二人の学生がガサゴソと動き回っています。

いつ見つかるか、と思うと、
とてもその光景を見続けていることはできず、
おれは窓の下に座り込んで、ひざを抱えました。

「お前、さっきのお経怖くねぇの?」
「いやー、実はあんまり。つーか、どうせ誰かのイタズラだろ」
「まぁそうだろうけど……おい、そっちに行くのか?」
「あー……こっちの方から聞こえた気がするんだよな」
「あんまり行くと人ん家だぞ……つーか、猫とかじゃねぇの」
「いや、なんかもっと軽い感じの音……あ、なんかあった!」

と、男子学生のうちの一人が、
ガサゴソとなにかを拾うような物音がしました。
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