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131.スキマに現れるもの②(怖さレベル:★★★)

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ハッとして、私は思わず、顔を上げました。
そして、見てしまったんです。

「……え、っ……!?」

小さな人影でした。

体を丸めるように、ぎゅっと小さく縮こまり、
クローゼットのスキマから、ほんの少しだけ、体が見えているんです。

うつむいている顔を覆う髪の毛はまっ白で、
胸元まで覆うほどに長く、老婆か、と最初は思いました。

でも、髪よりも白い肌、シワのない小さな手、
体操着のようなものを着た姿に、
それが幼い女の子だということに、すぐに気付いたんです。

「ど……して……」

喉が引きつれて、言葉になりません。

だって、そんなところに、子どもなんているはずがないんです。

その上、髪も服も肌もまっ白。
タンスの数センチのすき間から、その姿が見えている。

まさか――幽霊。

私の脳内に、その単語がポンと浮かんだ瞬間でした。

うつむいていた子どもの顔が、
ゆっくりと持ち上がったのは。

「……ひ、ィ……っ!?」

肩がグッと縮みあがりました。

だって、その子どもの顔は、顔じゃなかったんです。

いえ、顔があるはずの部分が、
ぐちゃっと、まるで泥団子みたいにぐにゃぐにゃに歪んでいたんです。

……情けない話なんですが、
私はそれを見た瞬間、卒倒して意識を飛ばしてしまいました。

次の日の朝。
朝の陽ざしが差し込む部屋の中で、
私はまず『イヤな夢を見た』って思いました。

幽霊を見た、だなんてありえない。
『寝つきが悪くて、悪夢を見た』のほうが、よほど現実的でしょう。

その日は、彼といっしょにショッピングモールに行って、
結婚指輪を選んでこよう、という話だったし、
幸せな気持ちを壊したくありませんでしたし。

だから、私は夜のできごとを考えないようにして、
その日は一日中、楽しいことだけに意識を向けて過ごしました。

でも――当然、夜はまた来るわけで。

前日に『あんなこと』があったせいか、
その日の夜も、なかなか睡魔はやってきませんでした。

目を閉じて、起きて、チラッと押し入れの方を見る。
開いていないことに安心して、また目を閉じる、のくり返し。

『あれは夢だった』って思いこもうとしていたのに、
やっぱり心のどこかでは、アレは本当にあったことなんじゃないか、
って思っていたんですね、きっと。

そうして、いつの間にかうつらうつらしていた時でした。

キィー……

「…………!」

あの音がしました。
スライドドアが、きしみながら開く、あの音が。

私はパチッと目を見開き、天井を見上げました。

ここで押し入れの方を見たら、
また子どもの姿を見てしまうかもしれません。

もう一度見てしまったら――
『夢だ』なんて思えなくなってしまう。

せっかく彼との同棲生活を楽しんでいるのに、
幽霊とも同居しているなんて、あんまりです。

だから私は、ぎゅっとつよく目を閉じて、
『今日はゼッタイに押し入れを見ない』と心に誓ったんです。

キィー……ギギッ

そんな私の心とは裏腹に、
鼓膜は、動くスライドドアの音を感じ取ります。

(ダメ……ぜったいに、見ない!!)

気になる。
気になるけど、見たら後悔する。

そうやって、私は何度も自分にそう言い聞かせました。

…………

一秒、二秒、三秒……。
また、シン、と部屋の中が静まり返ります。

つめたい、無音の空気が漂いました。

でも、私は気を抜きませんでした。
昨日と同じなら、この後、子どもが現れるはずですから。

私は、浅い呼吸をくり返しつつ、
早く、早く眠りに落ちろ、と精一杯自分に暗示をかけました。

寝てしまおう。
朝になれば、全部なくなるから。

ジッ、とまぶたを閉じて、
ひたすらに時間が過ぎるのを待っている、と。

 「んん……んー」
 
となりに眠っていた彼が、ふと、
こっちに寝返りをうってきたんです。

小さな、なんだかわからない、寝言まで言いながら。

「……ぷ、っ」

いっきに気が抜けて、私は小さく噴き出しました。

彼は、ごそごそと身をよじりながら、
ぐずる子どものようにマクラをギュッと抱きしめて、
口をもごもごさせながら眠っています。

(もう……なにしてるんだろ、私。幽霊にびびっちゃって)

あれだけかたくなに閉じていた目を開けて、
のんびりと眠る彼氏を眺めました。

なんだか、いるかもわからない幽霊におびえる自分が、
ひどくマヌケに思えたんです。

もう、気にしているのもバカらしい。
さっさと寝てしまおう。

そう思って、布団にもぐりこもうとしたときでした。

ぎゅむっ

足の指先が、なにか、やわらかいものに触れたんです。

(……えっ?)

いっきに全身が緊張しました。

この、ぐにゅっとした感覚。

布団の中に、こんな、まるで人肌のような、
弾力のあるものなんて、なにもないはず――。

私は、びくっと足を引いて、上半身を起こしました。
そして、その勢いで見てしまったんです。
常夜灯にぼんやり照らされた、クローゼットのスキマを。
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