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132.町中のお堀②(怖さレベル:★★☆)

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パシャッ……

黒い、ワカメのような物体。

いえ、それは、黒い黒い、髪の毛でした。

イルミネーションの鮮やかな青色に照らされて、
半分水に沈んだ人間の頭部が、お堀に半分沈んでいたんです。

目元は濡れた髪で覆われて見えないものの、
白っぽく水に映った顔は、女性のもののように見えました。

「ち、ちょっと、あれ……」

私が思わず、友人の服のすそを引っ張ると、
彼女は怪訝そうな表情で首をかしげました。

「なに? あの人たち、あんまり見てると怒られるよ」
「え、そうじゃなくって。あっちのイルミネーションの下……」
「イルミネーションの下? ……別に、なにもないけど」

私が、ライトに照らされている人間の頭部を指さしても、
彼女は眉をひそめて首を振りました。

でも、私の目には、変わらず『それ』が見えているんです。

鼻の下からすべて水に沈んだ、濡れた女性の頭部が。

(み、えてない……? じゃあ、あれは……?)

まさか、幽霊。
私の脳裏に、その単語が浮かんだと同時でした。

ザプンッ

水が激しく揺れて、黒い頭部が伸びたんです。

そう、水から姿を現すかのように、縦に。

「ひ……っ!?」

ワカメのような黒い髪がぬぅっ、と水からせり上がります。

髪はどこまでも長く、おおよそ人間の背丈ほどの長さが
水から伸びきると、男と女の方を向いて止まりました。

私の方からでは、もっさりと集まった髪の頭部――
顔のある部分は影になっていて見えません。

でも、濡れて青くイルミネーションの光を返す間から、
生白い耳だけが、やけに目につきました。

そして、その前、お堀の欄干によりかかる男と女は、
パシャパシャと楽しそうに自撮りをくり返しています。

彼らの背後に、異様な姿の女が存在しているのに。

角度的に、絶対にあの女の頭部が目に入っているはずなのに。

「ねえ、もう、行こうよ」
「え、ちょっ……っ」

と、友人にグイッ、と腕を引っ張られました。

彼女にも、見えていないんだ。

じゃあ、やっぱりアレは幽霊――と、
私が一瞬、彼らから目を離したときでした。

「うわっ」

男の、慌てたような声が響きました。

ハッとしてそっちを見ると、
男がお堀の柵の前でヨロけています。

ふざけていて体勢を崩したのか、なんて思っていると、
男の背後に、フッ、と黒い影が浮かび上がりました。

「あっ」

私が声を出すと同時だったでしょうか。

その黒い影、いえ、髪の毛の集合体から、
ダラン、と垂れ下がった腕が伸びました。

白く、皮一枚のような細く骨のような腕。

その、生白く、まったく血の気のない腕が、
人間にはありえない速さでシュッと伸びて――
男の首に、ぐるりと巻き付きました。

「ぐべっ」

まるで断末魔のような濁った声を上げた男が、
自分の首に手を当てるも、遅く。

女の髪の毛が、
男の口を、目を、ガバッと覆って、そのまま。

「え、き、きゃあぁあああ!!」

隣にいた女の鋭い悲鳴とともに、
男はそのまま、ものすごい勢いで
お堀の水の中へ引きずり込まれてしまったんです。

ドボンッ、ザバッ!!

イルミネーションで光る水に、
高い高い水しぶきが上がりました。

「え、ちょ、今の……!!」
「おいっ、人が、人が落ちたぞ!!」

男の威圧のせいで、周囲には人がほとんどいませんでしたが、
今の悲鳴と水の音によって、観光客たちが慌てて駆け寄ってきました。

お堀に落ちた男はいっこうに浮かんでこないまま、
バタバタと救急やら警察やらが呼ばれ始めているのを、
私と友人は遠くから呆然と見つめることしかできません。

しかし、幸い、すぐに男は引き上げられて、
まだ息がある状態で、救急で運ばれていったようでした。

でも、私、見てしまったんですよね。

藻やゴミがまとわりつき、がぶがぶと水を吐き出す男の体に、
あのワカメのような髪の毛が、びっしりと絡みついていたのを。

緊急搬送されていく男の姿を、
お堀の水の中から、ジッ、と恨めしそうに見つめている女の姿を。

きっと――あれは、間違いなく幽霊だったのでしょう。
なぜ、私だけに見えたのかは、わかりませんが。

あの後、町内ニュースにて、
お堀の柵が強化されるという案内が流されました。

でも、幸いというべきか、
死亡ニュースは載っていなかったので、
あの男はきっと、助かったんでしょうね。

次の年、私は乗り気ではなかったんですが、
友人に誘われてしぶしぶ、あのお堀のイルミネーションを見に行きました。

相変わらず、恋人同士があふれかえるイルミネーションでしたが、
さすがに、前年見たあの男たちを見ることはありませんでした。

でも、一瞬。

お堀に浮かんだLED照明を眺めたとき、
ザブン、と水が跳ねる音とおもに、
うっすらと水に透ける黒い髪が、見えた、ような――。

……いえ、きっと、気のせいですね。

だって、あのお堀で人が死んだ、なんて話、
一度も聞いたことはありませんから。

お話を聞いてくださって、ありがとうございました。
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