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135.車の中の生首③(怖さレベル:★★★)

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「こっちに、くるかい?」

しゃがれた老婆のような、聞き取りにくい、枯れた声。
車の走行音だけの車内で、それはハッキリと、耳に飛び込んできました。

「こっちに、くるかい?」
「……え……?」

こっちに、くる?
脳内にその言葉が届いた瞬間、オレは叫びました。

「いぃ、い、行きません!!」

出せる限りの大声で、オレは首を振りました。
でも、生首は声に笑みを含ませて、またくり返すんです。

「こっちに、こないのかい?」
「……っ、い、いき、いきません……!」
「こっちに、こないのかい」
「だ、だから、い、行かない、って……!!」

グッ、と力が入った勢いでアクセルがさらに踏み込まれました。

危ない、事故る!

オレはハッとしてアクセルから足を離し、
ブレーキに足をかけようとしました。

(ま、待て……ここで止まったら、田舎道で生首と二人きりだぞ……!!)

こんな精神状態での運転なんて、危険極まりない。
でも、もし停車したとしても――それから、どうすれば!?

オレは完全にパニックになってしまい、
今考えれば恐ろしいほどの蛇行運転で、田舎道を疾走しました。

必死でハンドルにすがりつくオレの背後からは、

「こっちにこないのかい?」
「こっちにくればいいのに」
「こっちは楽しいよ」
「本当に、こっちにこないのかい?」

と、延々と、似たような言葉がささやかれ続けています。

ひどく耳障りで、かすれた、恐ろしい声に、
オレはギッ、と奥歯をかみしめて、ついに。

「い、行かない、って言ってるだろ……!! そもそも、なんだよ、『こっち』って!! いったいどこのことなんだよ!!」

ついに恐怖が限界突破して、怒りに突き抜けました。

わけのわからない誘い文句と、
わけのわからない怪奇現象。

いったいどうして自分が、こんな目に遭わなければならないのか。

怖くて、恐ろしくて、混乱して、
オレはハンドルを折らんばかりに握りながら、叫びました。

すると。

今までニヤニヤと同じ言葉をささやきつづけていた生首が、
ピタッ、としゃべるのをやめたんです。

シン――

冷たい沈黙が、車内を満たしました。

ブォン、と車の稼働音だけが、
静かな車内に聞こえています。

(……な……なん、なんだよ……)

オレは思わず、まっすぐだけを見つめていた視線を、
ルームミラーへおそるおそる向けました。

「え……いない?」

思わず、そんな声がこぼれました。

ついさっきまで、ブツブツとこちらに問いかけていたはずの
生首の姿が、きれいさっぱり消えているんです。

気が付けば、走っている道路も田舎道から、
民家の立ちなら街道にやってきていて、
街灯や家々の明かり、すれ違う車なども増えてきていました。

(ああ……消えてくれたのか……)

オレはホッとして、力の入りまくっていたこぶしの力を、
ふぅ、とため息とともに抜きました。

と、その瞬間。

「……って、のはね」

ハンドルの、真下。

足と足との間から、声が聞こえました。

しゃがれた、聞き取りにくい、かすれた老婆の、あの声が。

オレの目が、すぅっ、と下へ下がります。

アクセルとブレーキの間。
おれの両足の間に、白いモノが見えました。

「こっち……こっち、ってのは、ねぇ」

口裂け女のように頬が耳まで裂け、
目の吊り上がったおぞましい顔をした老婆の顔が、そこに。

「こっちってのは……地獄、さ」

ゲラゲラゲラッ

生首は汚らしい笑い声をあげたかと思うと、
そのままアクセルを踏むオレの足に、ガブッ、とかみついてきたんです。

「ひっ、うわっ!!」

オレはかみつかれたままの足で、
とっさに思いっきりブレーキを踏み込みました。

キキィーッ!!

激しい音が鳴り響き、車はいきおいよく回転しながら
道路をはみ出し、そのまま勢いで田んぼのあぜ道へ落っこちました。

「うわ、わ、わ……っ」

事故を起こしたショックで呆然としていると、
音を聞きつけたらしい近所の人たちがゾロゾロと出てきて、
オレのことを救助したり、警察に連絡したりしてくれました。

いやぁ……あの時ほど、人のありがたみってのを実感したことはなかったですね。

ああ、例の生首は、おれがあぜ道につっこんだ瞬間、
すぅっ、と姿を消しました。

なかなかの勢いでつっこんだんですが、
幸い単独事故でしたし、オレ自身は軽い打撲で済みました。

さすがに、車は動かすことができなくて、
レッカー車を手配する羽目にはなってしまいましたが。

せっかく直帰を許されたのに、まぁ、踏んだり蹴ったりですよね。

先輩にも事故のことを伝えたら、非常に心配されてしまって、
なんだか申し訳ないくらいでした。

代車を借りていた会社に連絡を入れれば、
まぁ事故費用としてそれなりに保証金を持っていかれました。

ただ、怪しいと思っていろいろ探りを入れましたが、
アレは特にいわくつきの車ってわけでもなかったようです。

やっぱり、あの時車の外で光ったなにかが、
オレが車を停めていた時に中に入ってきてしまった――というのが、
一番ありえそうな話でしょうか。

オレがもしあの時、生首の言う『地獄への誘い』に頷いていたら、
もしかしたら、この場にはいなかったかもしれませんね。

あの後、もう車を運転する気にはなれなくて、
ITの会社はやめて、今は営業がない工場勤務に転職しました。

電車通勤なら、あの生首は現れないと思いますから。

ええ、意識しすぎだと思いますか?
でも――あの生首、オレを完全にあきらめたか、まだわかりませんから。

それに、忘れられないんですよ。

あの時救助されて、近所の人に介抱されているとき、
耳元で「チッ」とひどく残念そうな舌打ちが聞こえたのが。

車の運転をされる方、夜道で怪しい白い影を見たら、
絶対に、車内の中には入れないようにしてくださいね。

オレの話は以上です。聞いてくださってありがとうございました。
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