393 / 415
154.異常な少女②(怖さレベル:★★☆)
しおりを挟む
ようやく、いなくなってくれた。
おれが心底ほっとして、通り過ぎて行った少女の背中をチラッと見たときです。
「……えっ……!?」
少女の背中。
葉っぱや植物のツルが巻き付いたジャージの裏に、
べっとりと、赤いシミが見えたんです。
(え……もしかして、あの子大怪我を……!?)
あれだけ水びたしの上、背中を怪我している、なんて。
ペンキではありえないような赤黒い血液が、
あきらかに重症とわかるほど、どくどくと背中から溢れています。
しかし彼女は、そんな大怪我を負っているとはとても思えないスピードで、
多少フラつきつつ、バタバタと走っていってしまいました。
(も、もしかして……あのオッサン、あの女の子を刺して逃げてた……?)
おれを見たときに怯えた顔をしていたのも、人を刺した後だったから?
あの少女が異様な様で男を探していたのも、もしかして仕返しをしようとしていた?
そうだとしたら、一刻も早く連絡をしなければなりません。
おれは震える手で携帯を取り出し、
(警察か救急車……あ、いやでも、まだ確定、ってわけでもないし……)
そもそも、どうやって状況を説明するべきか。
そんな風に、携帯とにらめっこして悩んでいた時でした。
「……ぎゃあぁあアアああ!!」
耳をつんざくような強烈な悲鳴が、少女と男のいた方向から聞こえてきました。
(まさか……!)
声を振り絞るかのような、断末魔染みた叫び声。
死の間際のようなおぞましい声に、
おれは慌てて悲鳴の聞こえた方へ走り出しました。
「うっ……!」
土手の下、遊歩道になっている場所に、
倒れ伏す人影が見えます。
土手の上からだと、その場に倒れた人間と、
じわじわと腹の下から広がっていく血が、よく見えました。
そこには、すでに人だかりができていて、
「救急車! あと警察も……!」
「おい、大丈夫か! あんた、意識は……!?」
と、まっ赤な血だまりを中心として、
マラソン姿の男性や、犬を散歩するおばあさんたちが、
あわあわと慌てふためいていました。
「あ、れは……」
全身を真っ赤に染めて、うつぶせに倒れている人物。
それは、最初におれがすれ違った男性でした。
凶器らしい農業用のカマが、深々と背中に食い込み、
さびの目立つ銅色のそれが、血を吸って、ぬらぬらと光を放っています。
(まさか……あの、女の子が……)
彼女が持っていたカマ、そして追われて死んでいる男。
でも、彼女自身が怪我を負っているようだったのに、
体格も力も差のある男性を、そう簡単に殺せるものでしょうか。
それに、そもそも。
あの少女はどこへ行ったのか――。
ぐるぐると回り始めた思考に立ち尽くしている、と。
ガサッ
背後で、大きな物音がしました。
まさか、獣か。
おれはとっさに、その場から飛びのきました。
ヒュッ――ザンッ
目の前に落ちたのは、古びた農業用の草刈りガマ。
使い込まれているのか、あちこちが錆びていて、黒い――。
「チッ」
と、草むらの方から、小さな舌打ちが聞こえました。
「……え、っ」
目の前のカマと、草むらを交互に見返しました。
今、もしかして。
――おれは、命を狙われた?
さっきの少女が――おれを、殺そうとしている!?
ぶわっと毛穴が開き、冷や汗がだらだらと流れました。
一刻も早く逃げなければ。
でも、いったい――どこに?
ここは土手の開けた場所。
おれが、隠れられる場所なんてありません。
人々の意識は倒れた男に集中していて、こっちに気づくことはないでしょう。
戸惑うおれは、かっこうの的です。
死にたくない。でも、どうすればいい。
殺されるのなら――こっちから、やるか?
脳裏に、天啓が響きました。
床には、あの錆びたカマが落ちています。
力は、おれの方が上。
このままみすみすと殺されるのなら、こっちから――
ピーポー……ピーポー……
と、遠くから、パトカーの音が聞こえてきました。
ガサガサガサッ
瞬間、草むらをかき分ける激しい音がして、
足音は遠ざかっていきました。
「……あ、はは……」
おれは、ヘナヘナとその場に座り込みました。
今、自分はいったい、なにを考えた?
今、もしかして――人を、殺そうと、した?
少女の異常性よりも、すれ違った男性が殺されたことよりも、
おれは自分の刹那の思考が恐ろしく、しばらく、立ち上がることすらできませんでした。
その後……ええ、地域では、けっこうな騒ぎになりました。
なんでも、殺害時の目撃者がいたらしく、
やはり、下手人はあの少女だったようです。
なんでも、薄汚れたジャージ姿の少女が、
馬乗りになって、一心不乱に男を刺しまくっていた、のだとか。
あまりの光景に、目撃者も止められなかったようです。
町中には、似顔絵や特徴の書かれた紙が貼られて、
指名手配のような状態になっていましたけど、
結局、捕まったという話は聞きませんね……。
ええ……あの少女が人間だかバケモノだかわかりませんが、
もう二度と関わりたくありませんね。
それに、そういう危機にあった時、
いつまた、おれの脳裏に人殺しがよぎるともわかりませんから。
ま、おれはもうあの町の住人じゃないので、
もう関係ないと思いたいですけど。
……え、引っ越した理由、ですか?
あの後、おれが自宅アパートに帰ったら、あったからです。
郵便受けに深く突き刺さった、さびた古い草刈りガマが。
===
※ 次回更新 → 5/26(月) ~ 2話
おれが心底ほっとして、通り過ぎて行った少女の背中をチラッと見たときです。
「……えっ……!?」
少女の背中。
葉っぱや植物のツルが巻き付いたジャージの裏に、
べっとりと、赤いシミが見えたんです。
(え……もしかして、あの子大怪我を……!?)
あれだけ水びたしの上、背中を怪我している、なんて。
ペンキではありえないような赤黒い血液が、
あきらかに重症とわかるほど、どくどくと背中から溢れています。
しかし彼女は、そんな大怪我を負っているとはとても思えないスピードで、
多少フラつきつつ、バタバタと走っていってしまいました。
(も、もしかして……あのオッサン、あの女の子を刺して逃げてた……?)
おれを見たときに怯えた顔をしていたのも、人を刺した後だったから?
あの少女が異様な様で男を探していたのも、もしかして仕返しをしようとしていた?
そうだとしたら、一刻も早く連絡をしなければなりません。
おれは震える手で携帯を取り出し、
(警察か救急車……あ、いやでも、まだ確定、ってわけでもないし……)
そもそも、どうやって状況を説明するべきか。
そんな風に、携帯とにらめっこして悩んでいた時でした。
「……ぎゃあぁあアアああ!!」
耳をつんざくような強烈な悲鳴が、少女と男のいた方向から聞こえてきました。
(まさか……!)
声を振り絞るかのような、断末魔染みた叫び声。
死の間際のようなおぞましい声に、
おれは慌てて悲鳴の聞こえた方へ走り出しました。
「うっ……!」
土手の下、遊歩道になっている場所に、
倒れ伏す人影が見えます。
土手の上からだと、その場に倒れた人間と、
じわじわと腹の下から広がっていく血が、よく見えました。
そこには、すでに人だかりができていて、
「救急車! あと警察も……!」
「おい、大丈夫か! あんた、意識は……!?」
と、まっ赤な血だまりを中心として、
マラソン姿の男性や、犬を散歩するおばあさんたちが、
あわあわと慌てふためいていました。
「あ、れは……」
全身を真っ赤に染めて、うつぶせに倒れている人物。
それは、最初におれがすれ違った男性でした。
凶器らしい農業用のカマが、深々と背中に食い込み、
さびの目立つ銅色のそれが、血を吸って、ぬらぬらと光を放っています。
(まさか……あの、女の子が……)
彼女が持っていたカマ、そして追われて死んでいる男。
でも、彼女自身が怪我を負っているようだったのに、
体格も力も差のある男性を、そう簡単に殺せるものでしょうか。
それに、そもそも。
あの少女はどこへ行ったのか――。
ぐるぐると回り始めた思考に立ち尽くしている、と。
ガサッ
背後で、大きな物音がしました。
まさか、獣か。
おれはとっさに、その場から飛びのきました。
ヒュッ――ザンッ
目の前に落ちたのは、古びた農業用の草刈りガマ。
使い込まれているのか、あちこちが錆びていて、黒い――。
「チッ」
と、草むらの方から、小さな舌打ちが聞こえました。
「……え、っ」
目の前のカマと、草むらを交互に見返しました。
今、もしかして。
――おれは、命を狙われた?
さっきの少女が――おれを、殺そうとしている!?
ぶわっと毛穴が開き、冷や汗がだらだらと流れました。
一刻も早く逃げなければ。
でも、いったい――どこに?
ここは土手の開けた場所。
おれが、隠れられる場所なんてありません。
人々の意識は倒れた男に集中していて、こっちに気づくことはないでしょう。
戸惑うおれは、かっこうの的です。
死にたくない。でも、どうすればいい。
殺されるのなら――こっちから、やるか?
脳裏に、天啓が響きました。
床には、あの錆びたカマが落ちています。
力は、おれの方が上。
このままみすみすと殺されるのなら、こっちから――
ピーポー……ピーポー……
と、遠くから、パトカーの音が聞こえてきました。
ガサガサガサッ
瞬間、草むらをかき分ける激しい音がして、
足音は遠ざかっていきました。
「……あ、はは……」
おれは、ヘナヘナとその場に座り込みました。
今、自分はいったい、なにを考えた?
今、もしかして――人を、殺そうと、した?
少女の異常性よりも、すれ違った男性が殺されたことよりも、
おれは自分の刹那の思考が恐ろしく、しばらく、立ち上がることすらできませんでした。
その後……ええ、地域では、けっこうな騒ぎになりました。
なんでも、殺害時の目撃者がいたらしく、
やはり、下手人はあの少女だったようです。
なんでも、薄汚れたジャージ姿の少女が、
馬乗りになって、一心不乱に男を刺しまくっていた、のだとか。
あまりの光景に、目撃者も止められなかったようです。
町中には、似顔絵や特徴の書かれた紙が貼られて、
指名手配のような状態になっていましたけど、
結局、捕まったという話は聞きませんね……。
ええ……あの少女が人間だかバケモノだかわかりませんが、
もう二度と関わりたくありませんね。
それに、そういう危機にあった時、
いつまた、おれの脳裏に人殺しがよぎるともわかりませんから。
ま、おれはもうあの町の住人じゃないので、
もう関係ないと思いたいですけど。
……え、引っ越した理由、ですか?
あの後、おれが自宅アパートに帰ったら、あったからです。
郵便受けに深く突き刺さった、さびた古い草刈りガマが。
===
※ 次回更新 → 5/26(月) ~ 2話
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/2:『そうしき』の章を追加。2026/1/9の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
百の話を語り終えたなら
コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」
これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。
誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。
日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。
そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき——
あなたは、もう後戻りできない。
■1話完結の百物語形式
■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ
■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感
最後の一話を読んだとき、
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる