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第2章~ヴァルキリーを連れ出せ~
クランにも慕ってくれている冒険者はいます
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宴が終わると、部屋を一つ宛がわれた。机にベッドと最低限の家具だけが揃えられた質素な部屋だ。
ベッドに身を預けると、思わず頬が緩む。楽しかった。ずっとここにいたいとさえ思えた。
俺は受け入れてもらえたのだろうか?不安はある。
だけど同時に確信もあった。ヴァルキリーたちを連れてくれば認めてもらえる。
俺の本当の戦いはここからはじまるのだ。
「現状を確認しないと……」
俺が契約しているヴァルキリーは全部で7人。
水魔法の加護と、歌姫の特性を持つブリュンヒルデのレティ。
光、闇の魔法の加護と快眠の特性をもつジークルーネのセイラ。
火魔法と怒涛の特性を持つグリムゲルデのアンナ。
土魔法と鈍感の特性を持つヘルムヴィーゲのミリン。
風魔法と翼の特性をもつロスヴァイセのメルロ。
補助魔法の加護と虚空の特性を持つヴァルトラウテのユミネ。
武装の加護を持つシュヴェルトラテのカリン。
大雑把に分けると、加護は武器全般と、魔法6属性、補助魔法にある。
主に戦闘時に役に立つもので、どれがなくなっても打撃は大きいだろう。
特性は、日常生活でも反映される。セイラの快眠であれば短時間の睡眠で体力と魔力を回復でき、すぐに戦闘に参加できる。
ユミネの虚空はインベントリを使うことが出来る。
狙うなら特性の方からだろう。
戦闘中にいきなり変化が起きれば、恐怖よりも驚きや焦りが増してしまう。それよりも日常のちょっとした違和感は、じわじわと心を蝕み、不安を煽っていくはずだ。
さて、日常で出来なくなって困ることはなんだろうか。
歩く、走る、話す。これについては直接影響を与える特性はない。
となるとインベントリ……いやいや、これも影響が大きい。それに急に使えなくなったらアイテムの消失が激しく、ハヤテ達意外にも影響が出てくる。
「もし俺がどれか失うとして、一番気づきにくくて嫌なのは……」
ふと浮かんだのは、セイラの寝顔だった。見ているだけでこっちまで幸せになってくる天使の寝顔だ。思い出すだけで寝たくなってくる。
睡眠時間が減ることを考えたらそれだけでおぞましい。いつもと同じ時間寝たはずなのに、眠い時の違和感もすごいだろう。
「よし決めた。まずはセイラからだ」
今も眠っているはずの寝顔を思い浮かべながら、俺はベッドに入った。ここに来た時の失望感はすでになく、期待で胸が膨らんでいた。
☆☆
寝る前にわくわくしていたのがいけなかった。予定よりもずっと早く目が覚めた。これでは遠足前夜の小学生を笑うことが出来ない。
まあいいか。早起きはなんとかってことわざがある。早速行動開始だ。
屋敷から出ようと廊下を進むと、ローブの影が立っていた。
「おはよう」
「ああ、おはよう。いい顔だな。昨日とは見違えるようだ」
ローブ越しにその顔は笑った気がした。
「そういえばここに連れてきてもらったお礼を言ってなかった。ありがとう」
「その顔だけで十分だ」
わざわざそれを言うために待っていたのだろうか。ローブの裾を揺らしながら歩き出した。
「では行ってくるといい」
「ああ、行ってきます」
行ってきます、か。良い終えてからしみじみと思った。
心から帰りたいと思える場所があるのは幸せなことだな。
「第5の契約者メルロス、我に飛翔の力を与え給え。フライ!」
真っ白な翼を羽ばたかせ、まだ静かな朝の町の飛び出した。
☆☆
ブラックラグーン第2支社はセイラの眠る場所だ。
塔の回りを渦巻く闇魔法の間を抜けると、昨日きたばかりの部屋へとたどり着く。
「おはよう、セイラ」
「……おは、よう?」
声をかけると、死人にでも出会ったかのような顔をされた。
あれ?昨日来た時なにかしたっけ?
「……夢?」
「夢じゃない」
「……???」
眠そうな目をパチクリさせて、じっと俺の顔を見る。
「……偽物?」
「ヴァルキリーの目を騙せるやつがいたら会ってみたいな」
「……昨日も来たよね?」
「来たな」
「???」
どうやら俺が2日連続で来たことに驚いているようだ。それもそうか。普段は3,4日に1回ぐらいだ。
「……急用?」
「ああ。一緒にここから出ようと思ってさ」
「……お引越し?」
「そんなところだ」
細かな事情は聞かれたら話せばいい。正直、セイラがどこまでを知りたがるのかが全く読めないのだ。
まさか、嫌がるってことはないと思うけど……。
「……条件」
「なんだ?」
もしや、想像していたことが現実になりつつあるのか?
セイラは俺が思っている以上に、このクランに執着しているとか……。
「……抱っこ」
「え、ああ……そんなこと」
一気に力が抜け、膝を床についた。まったく、焦らせてくれるな……。
お姫様抱っこをすると、満足そうに笑みを浮かべ、またすぐに眠ってしまった。
なんとなくイタズラをしたくなって、セイラの前髪を払うと、「うーん」と迷惑そうに唸った。
「まあでも、こんなものだろうか」
外を見ると、周囲を取り巻いていた闇魔法は消えていた。今なら誰でも塔の上まで来られる。意味はないだろうけどな。
翼を広げ、空に目を向ける。
「ここに来るのももう最後だろうな」
そう思うと、少しばかり寂しくなってくる。
「ヤマト様ーーーーーーーー」
下を見ると、手を振っている影があった。
俺は翼をはためかせると、ゆっくりと地上に降り立った。
「久しぶりだなエミール」
「はい、ヤマト様。おかげでクエストに引っ張りだこです!」
エミールはクラスに騎士を持つ冒険者だ。レッドラグーンに入って3ヶ月になるが、みるみる成長を遂げ、中規模クエストではリーダーを任せられるほどになった。
光魔法の適性をもち、クランの加護を介して聖騎士の力を使うことが出来る。
「俺は何もしていない。エミールの努力の成果だよ」
そういえば、彼にかかっている加護もなくなるのか。
俺に出来ることがあればいいんだけど。
「そういえばヤマト様はどうしてヴァルキリー様とご一緒なのですか?」
「実はさ、俺はクランから追放されたんだよ」
「そんな馬鹿な!?」
エミールは慌てて口を抑えると、周囲を見渡した。それから誰もいないことを確認すると、ほっと息を吐いた。
「もしかして。ここにいることがバレたら」
「一大事になるだろうな」
エミールが知らないということは、ほとんどのクランメンバーは俺が追放されたことを知らないのだろう。
昨日の今日だ。数日もすれば知れ渡り、出禁にされているかもしれないな。
「ヤマト様、いままでありがとうございました」
「止めないのか?俺は今からセイラを…ヴァルキリーを連れて行くんだぞ?」
「なぜですか?ヴァルキリー様はクランの所有物ではありませんよね?」
「知っていたのか?」
クランメンバーの多くは、ヴァルキリー達が望んでクランにいると思っている。多分そういう教育をされているのだろう。
とくにここ半年以内に入ったメンバーにはその傾向が強かった。
「なんとなくですけど」
「すまないな。きっとエミールの聖騎士の力も消えてしまう」
ふと、服の裾を横から引っ張られた。気づけばセイラは腕の中にいなくて、目ときちんと開いて、立派に二本足で立っている。こんな姿を見たのは数ヶ月……いや、数年ぶりかもしれない。
「……加護、あげる」
「いいのか?」
「……うん。ヤマトの悲しむ顔、嫌」
セイラは一人で歩きだす。エミールは話を聞いていたはずだが、それでも困惑した顔を浮かべている。
「本当によろしいのですか?」
「……もしヤマトの期待を裏切ったら返してもらう」
「は、はい!失望させないようにがんばります」
「……うん」
セイラが手を伸ばすと、エミールの足元には魔法陣が現れる。
ヴァルキリーによる、加護の儀式だ。
「汝に光の加護を」
白い輝きはエミールを包み込み、同時にギルド証も光出す。銀色から金に変わっていき、等級が上がった。
エミールはギルド証を隅々まで見つめ、ある一点に気づいて驚きと喜びの表情を浮かべた。
「ジョブが……聖騎士になりました。ありがとうございます!」
「……いい」
セイラは小走りに戻ってくると、体を預けてきた。
「……疲れた」
頭をなでてやると気持ちよさそうに目を閉じた。それからお姫様抱っこをする頃には、いつものように眠っていた。
「それじゃあ俺は行くよ。機会があったらまた会おう」
顔が足につきそうなぐらいに深いお辞儀に見送られ、ブラックラグーン第2支社を後にする。
クランは近々崩壊する。それでもエミールは立派に活躍し続けるだろう。
ベッドに身を預けると、思わず頬が緩む。楽しかった。ずっとここにいたいとさえ思えた。
俺は受け入れてもらえたのだろうか?不安はある。
だけど同時に確信もあった。ヴァルキリーたちを連れてくれば認めてもらえる。
俺の本当の戦いはここからはじまるのだ。
「現状を確認しないと……」
俺が契約しているヴァルキリーは全部で7人。
水魔法の加護と、歌姫の特性を持つブリュンヒルデのレティ。
光、闇の魔法の加護と快眠の特性をもつジークルーネのセイラ。
火魔法と怒涛の特性を持つグリムゲルデのアンナ。
土魔法と鈍感の特性を持つヘルムヴィーゲのミリン。
風魔法と翼の特性をもつロスヴァイセのメルロ。
補助魔法の加護と虚空の特性を持つヴァルトラウテのユミネ。
武装の加護を持つシュヴェルトラテのカリン。
大雑把に分けると、加護は武器全般と、魔法6属性、補助魔法にある。
主に戦闘時に役に立つもので、どれがなくなっても打撃は大きいだろう。
特性は、日常生活でも反映される。セイラの快眠であれば短時間の睡眠で体力と魔力を回復でき、すぐに戦闘に参加できる。
ユミネの虚空はインベントリを使うことが出来る。
狙うなら特性の方からだろう。
戦闘中にいきなり変化が起きれば、恐怖よりも驚きや焦りが増してしまう。それよりも日常のちょっとした違和感は、じわじわと心を蝕み、不安を煽っていくはずだ。
さて、日常で出来なくなって困ることはなんだろうか。
歩く、走る、話す。これについては直接影響を与える特性はない。
となるとインベントリ……いやいや、これも影響が大きい。それに急に使えなくなったらアイテムの消失が激しく、ハヤテ達意外にも影響が出てくる。
「もし俺がどれか失うとして、一番気づきにくくて嫌なのは……」
ふと浮かんだのは、セイラの寝顔だった。見ているだけでこっちまで幸せになってくる天使の寝顔だ。思い出すだけで寝たくなってくる。
睡眠時間が減ることを考えたらそれだけでおぞましい。いつもと同じ時間寝たはずなのに、眠い時の違和感もすごいだろう。
「よし決めた。まずはセイラからだ」
今も眠っているはずの寝顔を思い浮かべながら、俺はベッドに入った。ここに来た時の失望感はすでになく、期待で胸が膨らんでいた。
☆☆
寝る前にわくわくしていたのがいけなかった。予定よりもずっと早く目が覚めた。これでは遠足前夜の小学生を笑うことが出来ない。
まあいいか。早起きはなんとかってことわざがある。早速行動開始だ。
屋敷から出ようと廊下を進むと、ローブの影が立っていた。
「おはよう」
「ああ、おはよう。いい顔だな。昨日とは見違えるようだ」
ローブ越しにその顔は笑った気がした。
「そういえばここに連れてきてもらったお礼を言ってなかった。ありがとう」
「その顔だけで十分だ」
わざわざそれを言うために待っていたのだろうか。ローブの裾を揺らしながら歩き出した。
「では行ってくるといい」
「ああ、行ってきます」
行ってきます、か。良い終えてからしみじみと思った。
心から帰りたいと思える場所があるのは幸せなことだな。
「第5の契約者メルロス、我に飛翔の力を与え給え。フライ!」
真っ白な翼を羽ばたかせ、まだ静かな朝の町の飛び出した。
☆☆
ブラックラグーン第2支社はセイラの眠る場所だ。
塔の回りを渦巻く闇魔法の間を抜けると、昨日きたばかりの部屋へとたどり着く。
「おはよう、セイラ」
「……おは、よう?」
声をかけると、死人にでも出会ったかのような顔をされた。
あれ?昨日来た時なにかしたっけ?
「……夢?」
「夢じゃない」
「……???」
眠そうな目をパチクリさせて、じっと俺の顔を見る。
「……偽物?」
「ヴァルキリーの目を騙せるやつがいたら会ってみたいな」
「……昨日も来たよね?」
「来たな」
「???」
どうやら俺が2日連続で来たことに驚いているようだ。それもそうか。普段は3,4日に1回ぐらいだ。
「……急用?」
「ああ。一緒にここから出ようと思ってさ」
「……お引越し?」
「そんなところだ」
細かな事情は聞かれたら話せばいい。正直、セイラがどこまでを知りたがるのかが全く読めないのだ。
まさか、嫌がるってことはないと思うけど……。
「……条件」
「なんだ?」
もしや、想像していたことが現実になりつつあるのか?
セイラは俺が思っている以上に、このクランに執着しているとか……。
「……抱っこ」
「え、ああ……そんなこと」
一気に力が抜け、膝を床についた。まったく、焦らせてくれるな……。
お姫様抱っこをすると、満足そうに笑みを浮かべ、またすぐに眠ってしまった。
なんとなくイタズラをしたくなって、セイラの前髪を払うと、「うーん」と迷惑そうに唸った。
「まあでも、こんなものだろうか」
外を見ると、周囲を取り巻いていた闇魔法は消えていた。今なら誰でも塔の上まで来られる。意味はないだろうけどな。
翼を広げ、空に目を向ける。
「ここに来るのももう最後だろうな」
そう思うと、少しばかり寂しくなってくる。
「ヤマト様ーーーーーーーー」
下を見ると、手を振っている影があった。
俺は翼をはためかせると、ゆっくりと地上に降り立った。
「久しぶりだなエミール」
「はい、ヤマト様。おかげでクエストに引っ張りだこです!」
エミールはクラスに騎士を持つ冒険者だ。レッドラグーンに入って3ヶ月になるが、みるみる成長を遂げ、中規模クエストではリーダーを任せられるほどになった。
光魔法の適性をもち、クランの加護を介して聖騎士の力を使うことが出来る。
「俺は何もしていない。エミールの努力の成果だよ」
そういえば、彼にかかっている加護もなくなるのか。
俺に出来ることがあればいいんだけど。
「そういえばヤマト様はどうしてヴァルキリー様とご一緒なのですか?」
「実はさ、俺はクランから追放されたんだよ」
「そんな馬鹿な!?」
エミールは慌てて口を抑えると、周囲を見渡した。それから誰もいないことを確認すると、ほっと息を吐いた。
「もしかして。ここにいることがバレたら」
「一大事になるだろうな」
エミールが知らないということは、ほとんどのクランメンバーは俺が追放されたことを知らないのだろう。
昨日の今日だ。数日もすれば知れ渡り、出禁にされているかもしれないな。
「ヤマト様、いままでありがとうございました」
「止めないのか?俺は今からセイラを…ヴァルキリーを連れて行くんだぞ?」
「なぜですか?ヴァルキリー様はクランの所有物ではありませんよね?」
「知っていたのか?」
クランメンバーの多くは、ヴァルキリー達が望んでクランにいると思っている。多分そういう教育をされているのだろう。
とくにここ半年以内に入ったメンバーにはその傾向が強かった。
「なんとなくですけど」
「すまないな。きっとエミールの聖騎士の力も消えてしまう」
ふと、服の裾を横から引っ張られた。気づけばセイラは腕の中にいなくて、目ときちんと開いて、立派に二本足で立っている。こんな姿を見たのは数ヶ月……いや、数年ぶりかもしれない。
「……加護、あげる」
「いいのか?」
「……うん。ヤマトの悲しむ顔、嫌」
セイラは一人で歩きだす。エミールは話を聞いていたはずだが、それでも困惑した顔を浮かべている。
「本当によろしいのですか?」
「……もしヤマトの期待を裏切ったら返してもらう」
「は、はい!失望させないようにがんばります」
「……うん」
セイラが手を伸ばすと、エミールの足元には魔法陣が現れる。
ヴァルキリーによる、加護の儀式だ。
「汝に光の加護を」
白い輝きはエミールを包み込み、同時にギルド証も光出す。銀色から金に変わっていき、等級が上がった。
エミールはギルド証を隅々まで見つめ、ある一点に気づいて驚きと喜びの表情を浮かべた。
「ジョブが……聖騎士になりました。ありがとうございます!」
「……いい」
セイラは小走りに戻ってくると、体を預けてきた。
「……疲れた」
頭をなでてやると気持ちよさそうに目を閉じた。それからお姫様抱っこをする頃には、いつものように眠っていた。
「それじゃあ俺は行くよ。機会があったらまた会おう」
顔が足につきそうなぐらいに深いお辞儀に見送られ、ブラックラグーン第2支社を後にする。
クランは近々崩壊する。それでもエミールは立派に活躍し続けるだろう。
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