長年のスレ違い

scarlet

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第一章

笑顔にさせたい

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昨日一ノ瀬に、

『その笑顔いいぞ、もっと見せろ』

と、思わず言ってしまった。

それからお互いに顔を見合わせていなくて、どんな顔で一ノ瀬に会ったらいいのか分からない。

なんであんな事を言ってしまったのか、
どういう思いで、あいつは俺の言葉を聞いたのか、
全く予想がついていない。

向こうも、気まずいと思っているはずだ。
あんな事を言わなければ良かったと後悔する。
そんな事を考えながら、下を向いて歩いていたら、

「零夜!おはよう」

いつの間にか気づいたら学校に着いていた。
後ろには一ノ瀬の姿が見える。

俺が居ることに気づいて、一ノ瀬は昨日のことを思い出したのか、急に顔が赤くなっていた。

「はよ」

最初は話しかけようかと思ったけど、
やっぱり、まだ距離をとった方がいいと考え、話しかける素振りを見せなかった。
後ろに振り返ることすらしなかった。

「零夜!一ノ瀬さんに挨拶は?」

俊哉が俺の方に駆け寄ってきて、そう言った。
その言葉に対して、すぐ理解することが出来なかった。

「え?何、それ」

というと、は?という顔で見てきた。

「付き合ってるんだろ?」

付き合ってるって、一ノ瀬と俺が!?

「いいよな、一ノ瀬さん!控えめなところが女の子らしくて、美人でかわいいしな」

俊哉はそう言いながら、一ノ瀬の方を見ていた。

確かに、一ノ瀬は他の奴と比べて、美人なのかもしれないけど……そこまで見なくても。

一ノ瀬はよくモテるみたいだ。
この前も告白されていて、その場面を見てしまった。

部活の先輩にも告白されていた。
その先輩は、人柄も良くて、よくモテる。
上下関係が苦手な俺でも、仲良くなれた人。

でも、あいつははっきりと振った。
慣れているように。
あの告白を何とも思っていないと思っていたが、その後、涙を流していた。

告白されるのも大変なんだなと思ったし、振るのもきついんだなと感じた瞬間だった。

「付き合ってないよ」

前まで認めていなかったけど、一ノ瀬はすごいと思う。

「え!でも、この前ラブラブだったじゃん」

この前って、もしかして……と、あの時、あの瞬間を再び頭の中で思い出す。
もしかして、一ノ瀬に思わず言ってしまっていた……あの言葉を聞かれていたのか?

「その笑顔いいぞ、もっと見せろ。だったけ?」

俊哉はそう言いながら、俺の方を見てニヤニヤ。
見られていたんだなと再び思い、血の気が引く。

もしかして、もうあいつの耳にも届いてるんじゃ……

思わず言ってしまった、あの1つの言葉で、こんな事になるなんて思ってもいなかった。
きっと、学校中に広がっているんだろうな。

「え、零夜!?」

もし、翼の耳にこの誤解の噂が届いていたら、あいつは絶対に悲しむ。
俺との関係を疑われて、傷つくに決まっている。

自分のせいであいつが涙を流すような…....そんなの、もう見たくもない。
一ノ瀬には笑っていてほしい。
ずっと側にいていなくても。

あいつのいる場所を探そうと、1階から順番に探して行ったが、中々見当たらない。

どこに行った?もしかして、もうあの噂を聞いたのか?

とりあえず、さっき行ったところをもう1回探そう……と、足を向けていた方向を変えようとしたら、

ードンッ

と、近くにある人気のない教室から、俺が居る廊下まで大きな音が響きわたって聞こえてきた。

「杉戸尾くんと先輩、どっちも取るの!?」

俺の名前?
もしかして、この先に一ノ瀬が……と、足音をなるべく立てないようにと、そっと教室に近づく。

ちらりと窓から様子を見てみようと覗いてみる。

さっきの声は樫野が一ノ瀬に何かしら叫んでいたものだと分かった。
その樫野は、涙ながらに一ノ瀬を睨みつけていた。

今すぐにでも一ノ瀬を庇ってやりたかったけど、
今出ても俺は出来ることはないと思い、
タイミングを見計らってからにしようとした。

「藍がどんなに苦しんだか、寂しかったのか………あんたには、分かんないよね!」

一ノ瀬はその言葉に対して、胸が締め付けられているような……何か苦しそうな、悲しそうな顔をしていた。

「あんたのいる場所、今すぐ消してやるから」

な!俺のせいで、あいつが居場所をなくすのは嫌だ。

ずっと、ずっと、笑っていてほしい。
あの時に見せてくれた笑顔を絶やさないで欲しい。

居ても立ってもいられなくて、助けに行こうとした時、

「………や、やめて……ください」

弱く、震えた声なのに自然と鼓膜にまで響いてきた。

友達じゃない奴のために、必死になって物事を言っていた姿と重なって見えた。

「は!?何?あんたの意見なんか聞いてないんだけど」

「ふ、2人とも、取る気なんて………な、ない!」

手はこの前みたいに小刻みに震えて、足元もガタガタ。今にも消えてしまいそうな弱々しい声。
だが、諦めずに真っ直ぐ前を向く、大きな瞳。

「な!」

樫野が一ノ瀬に向かって、大きく手を振り上げた瞬間、

ーグイッ

と、その手をとって、いつの間にか、2人の間に自分が立っていた。
反射的に行動をしたみたいだった。

後ろでは一ノ瀬はパニック状態を引き起こしていた。

「大勢でどうかした?」

目の前に出てきたからには、こそこそやってられね...

一ノ瀬を守らないといけない......笑顔にさせたいから。
そう思った奴は初めてだ。

「な、何でって、藍の彼氏を取ったから!」

藍とは誰かとか……そんなの、よく分からないけど、人の彼氏を奪うようなひどい奴じゃない。

この前から、こいつの凄さに気づいたんだ。

「一ノ瀬さんはそんな事をしないと思うよ」

一ノ瀬は、人のために必死になれる奴だ。

「でも!杉戸尾くんは一ノ瀬さんと付き合ってるんでしょ?」

やっぱり、これが原因で一ノ瀬がこんなはめに。
あの言葉を言わなれば、こんな事には……と、後悔する。

「付き合っていないよ」

はっきりと言葉にして伝えると、案外簡単に受け入れて周りに居た奴らは、諦めて姿を消した。

一ノ瀬の方を振り返ると、

「あの!……ありがとう!」

突然、翼に向けるようないつもの輝いている笑顔で、俺に向けて言ってきた。

トクンと鼓動が高鳴った。
そして、一気に温度が上がったみたいだった。
じわじわと心の奥からだんだんと熱くなってきて…

「や、やっぱり、杉戸尾くんは……」

いつも翼と美香以外にはこんな笑顔を見せないのに。
俺に、この前まで怯えていたのに……

「優しいね!」

なんで、こういう時だけ………と、
再び温度が上がり、顔が一気に赤くなる。

この気持ちはまだ明確には分からない。
一ノ瀬に対して、どんな気持ちを抱いているのか。

友達なのか……それとも……でも、どっちにしろ、

「………お前は」

これだけは知っておきたい。

「好きな奴………いるのか?」
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