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第一章

第15話

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 できたよ、とつぐみが言ったので、美空は後ろにかざされた鏡を見ながら、自分の髪の毛を確認する。

 すでに頭は軽い。つぐみの楽しい話に心も軽くなり、ワクワクした気持ちと同時に、心がふわふわするような浮遊感があった。

 鏡を見ると、美空はドキドキが止まらなくなって、顔が赤くなってしまった。そんな美空を見ながら、つぐみが鏡を左右に揺らして、後ろを見せてくれる。

「レイヤーのあるミディアム。だいぶ軽くなったでしょ? 毛先とかは、コテで巻けば可愛くアレンジできるし、もちろんそのままでもワックスちょっとつける程度で可愛い」

 見れば、腰に届くほどまで長かった髪の毛が、肩下までに切りそろえられて、首周りが涼しく軽い。散髪用のビニールガウンを取ると、さらに体感温度も下がって美空ははっとした。

「あ、りがとうございます……!」

 まるで自分ではない別人が映し出されて、美空はこそばゆくて初めて作った前髪に触れた。

「気に入ってくれたかな?」

 それに言葉にならず、美空はこくこくと何度もうなずいた。嬉しさを表現する言葉が、見当たらない。ありがとう以上の感謝の言葉があるのなら、それを全部並べてつぐみに送りたいくらいだった。

「今日は、巻いてみよっか」

 つぐみはいたずらっぽく笑うと、コテを取り出してきて温め始める。これをする前にはどういうものを髪の毛につけると髪型が崩れにくいか、そして、ワックスのつけ方やアレンジの仕方なども話してくれる。さらには雑誌を見せながら、自分でもできるヘアアレンジを教えてくれた。

 あっという間に毛先が巻かれて、可愛らしくふわっとする。まるで違う人になった自分に、美空は目を瞬かせて思わずほほ笑んだ。

「めっちゃいい感じ、可愛いよ美空ちゃん」

 完成した美空を見てつぐみは満足そうにうなずくと、くるりと椅子を回転させた。立ち上がろうとする美空を押しとどめて、何やら隣の席からポーチを持ってくる。

「じゃじゃーん! 美空ちゃん、眉毛とかもちょっぴりカットしてみない? ここまでするつもりが無かったんだけど、美空ちゃん見ていたらもりもりやる気が出てきちゃって!」

 驚いて夕の方を振り返ると、雑誌を読んでいた彼の柔らかな視線と目が合う。どうしたらいいの、と問いかけるように美空が見つめると、夕は眉毛を上げてみせた。

「いいんじゃない? 天使の言うことは、聞いておいて損が無いと思うよ」

「そ、そうですよね……。分かりました。つぐみさん、よろしくお願いします」

「そう来なくっちゃ! じゃあね、まずは眉毛をちょっといじっちゃおっか!」

 言われるがまま、美空はつぐみの言うとおりに眉毛をほんの少しだけ切りそろえる。やりすぎると変になるので、ほんの少しだけ変えただけで、だいぶあか抜けた印象になった。

「学校に行くときは、こんな感じで眉毛を整えてあげて、色付きリップでどうかな?  ビューラーしても可愛いし……っていうか、夕、見てよ、めっちゃ可愛い!」

 つぐみの興奮した声を聞いて雑誌から顔を上げた夕が、ほんの少しだけナチュラルメイクをした美空を見て、ゆっくりとほほ笑んだ。美空はその様子を見て、心臓があり得ないほどに血流を流しているのを感じる。耳の奥で、血液が流れる音が爆音で鳴り響いていた。

「美空くんは、元々可愛いよ。でも、もっと可愛くなったね」

 美空がそれに答えられないでいると、大興奮のつぐみが、ポーチからいろいろと取り出し始める。

「休日はこれにマスカラして、ビューラーすれば大丈夫。チークもちょっと入れてもかわいいかな。とにかくお肌が一番大事だから、日焼け止めぬって、お風呂上がりの化粧水は絶対だよ」

 そう言いながら、今度はまつ毛にマスカラを施していき、言われるがままにビューラーをしてもらって、美空は鏡に映された自分を見て絶句した。

「……あ、私……」

「美空ちゃんめっちゃ可愛いわ。夕が元が可愛いっていうから、会えるのを楽しみにしていたんだけど、すっごい嬉しい」

 つぐみは華のある笑顔を向けて、そしてメイクをし終わった美空を見て大満足だと何度もうなずいた。

「私……こんな、見た目だけでも変われるなんて、思ってなかったです」

 恥ずかしそうにうつむく美空を見て、つぐみは大げさに人差し指を左右に振った。

「ふふふ。大事なのは、見た目が変わることじゃなくて、これで自信を持って中身が変わること。いーい、私が今から魔法をかけるからね。これで、美空ちゃんは、絶対的に可愛い自分に、自信を持つことができる。オッケー?」

 美空は高鳴る胸を押さえつつ、つぐみをまっすぐに見つめた。

「じゃあ目をつぶって……美空ちゃんは――」

 つぐみの言葉が耳元で優しく聞こえてきて、美空はその言葉を聞きながら心がほぐれて行くのを感じた。

 きっとこの魔法は解けない魔法で、ずっと美空の心に響き続ける。これで、見た目だけじゃなくて、中身も変えられる。そんな気がしていた。

 ちょっとずつでもいい、やりたいことをして、前を向いて、後悔がない人生を。残り少ない時間を、有効に使いたい。美空が目を開けると、そこにはつぐみの優しい笑顔が待っていて、思わず美空は照れ笑いをした。
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