【完結】優しい君に「死んで」と言われたある夏の日

雪村

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夏休み中旬 私と父

安楽死

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「私は桜に話しておきたい事が2つある。母親のこと、そして研究室にいる彼のこと」



私は軽く口を開けてしまう。

お父さんが言った2つのことは全て私が聞きたいことだからだ。

私は頷くとお父さんは座っている1人用ソファの向きを変えて窓の外から見える庭の景色に顔を向けた。



「私は小さい時に桜から母親の事を聞かれると、お前を産んで亡くなったと言っていた」

「うん」

「でもそれは嘘だ。桜の母、私の妻の秋菜(あきな)は私が殺した」

「お父、さんが…?」

「私は秋菜と出会う前から科学者で、秋菜と繋がったきっかけは彼女の体に入っている新種の病原菌の研究でだ。私を含め数人の研究者は秋菜の体を使って血液採取などで薬の調合などを始めた。…そんな中、ひょんな事で話すうちに私達は惹かれ始め愛に至りお前が生まれた」

「…」

「桜を産んだ直後の検査で、お前には秋菜の体にある病原菌は無いとわかった時は2人で安心したよ。でも、本当の不幸はこれからだった。出産が終わった秋菜の体が急変したんだ。もがき苦しむ妻の姿は今にも目に焼き付いている。その時点では菌を死滅させる薬は出来ていなかった。あれだけ時間をかけたのに、だ」



お父さんは顔を下げて軽く俯く。

初めて知ったお母さんの事実。

私は何も話せぬままお父さんの言葉を聞いていた。



「唯一わかっていた事は、このままだと死ぬ運命しかないということ。私は青白くなった秋菜の顔を見て耐えられなくなり、安楽死用の注射を打った。……その後はわかるだろう?秋菜はピクリとも動かなくなった。秋菜の死因は病死となっているが…実際は私の手によって終わったのだ」

「それじゃあ、お父さんは……」

「殺人犯だな」



私は手に力を込める。

信じられない。

今まで一緒に過ごしてきたお父さんに罪があるなんて。

この話は無かったことにしたい。

でも過去の罪なんて消えない。

ただ体に力を入れることしかできなかった。



「そしてこの話は彼にも繋がる」

「なんで…?」

「研究室にの彼も、同じ病原菌を持っているからだ」

「そ、それじゃあ、お父さんは…また同じことを…」

「…そうだな」

「な、なんで!?」



私はソファから立ち上がりお父さんに怒鳴りつける。

その拍子でスマホが落ちた。

割れてても仕方ない音がする。

でも今はお父さんに問い詰める方が先だ。



「お母さんの死で学ばなかったの!?」

「秋菜の死を無駄にしたく無かったんだ」

「どういうこと…」

「研究をやめれば全てデータは無くなる。秋菜の体を使ったデータ全てだ。そんなこと…私が許せなかった」



少し震えるお父さんの声は私を黙らせると同時に脱力させた。

落ちるようにソファに座り込む。

もう、怒って良いのか泣いて良いのかわからなくなってしまった。

私はお父さんを見たくなくて顔を下げる。



「続きは」

「…トラブルの話は才田から聞いただろう?そのトラブルは、秋菜と同じように彼も苦しみ始めた」



力が完全に抜け切った。

お父さんはまた同じ道を歩み、同じ結果に辿り着いたのだろう。



「安楽死させるの…?」

「その予定だ」

「そしたらどうなるの?」

「彼は死ぬ。…私は警察に全てを話して自首する」



下を向いた私の太ももには1粒の雫がシミを作った。


「桜は私の実家へ引き渡そう。この家には用がなくなる」

「なんで、そんな…」

「桜」

「私は、本当にお父さんに何もしてもらってない!最後の最後は自分勝手で…!結局何もしてくれないじゃん!おかしいよ!頭おかしい!!」

「……」



涙のストッパーが切れたように流れ落ちる。

鼻がツンとして痛かった。

それでも私はお父さんに対して叫び続けた。



「ごめん…」

「謝るなら最初からやらないでよ…!お父さんは私のことちゃんと考えてくれたの…?」

「ごめん」



お父さんは立ち上がって私に頭を下げる。

私はもうどうしていいかわからずに顔を手で覆った。



「もう、、やだぁ………」



私の力ない声がリビングに響き渡った。

お父さんはもう何も言わない。

私の鼻を啜る音と、嗚咽だけが2人の耳に通って行った。





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