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一瞬の夏休み 桜side

心は死んでいる

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何度泣いて、何度布団を殴っただろう。

そう疑問になるくらいの数だと思う。

お父さんと話した後、結局私は部屋に戻り閉じこもってしまった。

もうどうしていいかわからなくなったから。

次起きたら全て夢でしたなんてならないかなと微かな希望を持って、寝て起きての繰り返しをした。

それでも都合の良い結果には至らない。

腫れた目、頬に出来た涙の跡。

鼻が詰まっているのを認識すれば現実だったということがわかる。

私は時刻を確認しようと、床にぶん投げてあったスマホを確認した。

落として、投げたのに画面は無傷に近い。

スマホカバーが守ってくれたのだ。

でもそんなことはどうだっていい。

私はロック画面を見ると時刻よりもメッセージ通知に目が行く。



【2人で話したい】



送り主は才田さんだった。

何を話すかなんて少し考えればわかる。

きっとお父さんに私と話してやれと指示されたのだろう。

私は考えるフリをしたけど、返信は決まっていた。



【わかりました】



たった一言の言葉。

冷たい返信だと思われるかもしれない。

けれどそれしか浮かばなかった。

すぐさま既読と私に対しての返信が来る。

ずっと待ってくれていたのだろうか。

現在時刻が午前9時前なのに対して、最初のメッセージが送られてきたのは夜の10時頃。

11時間もの間待っていてくれていた。



【今日は会える?】

【大丈夫です】

【10時30くらいに迎えに行ってもいい?】

【はい】

【それじゃあ家で待っててね】



才田さんのトークに既読をつけると私はベットから降りて準備を始める。

昨日はお風呂を入らずに閉じこもっていたから髪がベタベタしてる気がした。

すぐにシャワーを浴びに浴室へ向かう。

お父さんはいるのだろうか。

2階の廊下を忍足で歩き、部屋の様子を確認するが物音1つない。

階段の上から1階の様子を伺ったが、お父さんは居ないようだった。

私は普通の歩き方に変わる。

念の為リビングにも顔を出したけど、大きな背中は見えなかった。

そのままの足でシャワーを浴びれば、頭からかかる冷たい水が私を冷やしてくれた。

この水が心の回復をしてくれないだろうかなんてファンタジーな事を考え始めてしまう。

そのまま目の腫れも治してほしいな。

しかし一瞬で我に返り、ついにおかしくなったかと自分の頭を疑った。

水を止めて、その場に座り込む。

髪の毛からの水が背中に滴って冷たい。

一気に体温が冷えてしまいそうだ。

もし、このまま私が冷たくなって死んでしまったらどうなるんだろう?

そうすれば全部が無くなるのに。



「ダメだ…」



私はまた水を勢いよく出す。

そうすれば寒いという感情が真っ先に来るはず。

余計な事を考えなくて済むから。


ーーーーーー


「お待たせ、桜ちゃん」

「いえ…」

「助手席に乗って?」

「わかりました」



才田さんの車は10時30分ぴったりに私の家の前を止まった。

玄関前で待っていた私はすぐに近寄って車に乗り込む。



「暑い中待っててくれたの?」

「はい。でもちょっと前にシャワー浴びたので…」

「ま、まさか水?」

「はい」

「そっか…」



勘のいい才田さんは私が冷たい水を浴びた事を当てて、顔を若干引き攣らせていた。

でもすぐに前を見て車を発進させる。

私も前だけを見ていた。



「今日は研究室じゃないから。ただ単に私のわがまま」

「…お父さんに頼まれたんですか?」

「ううん。本当に私のわがままだよ」



私が呟いた小さな声でも質問は優しい声で返ってきた。

それでも連れ出すタイミングが良すぎないか?

昨日の件があったから今日才田さんを登場させたと思っていた。

けれど才田さんは自分の意思で私を迎えにきてくれたのだ。

なんでだろうと流れる景色を見ながらボーッと考える。



「桜ちゃんは行きたいところある?」

「特には…」

「それなら海でも行こっか?」

「海……」



この前涼と言ったばかりだ。

でもあの景色は何回見ても飽きはしないはず。

でも私の気は進まない。

涼の告白と、青年への海の約束が重なってしまうからだろう。

私はすぐには答えられなくて迷ってしまった。



「うーん…」

「山、水族館、遊園地、動物園、映画館、ゲーセン…」

「才田さんが決めてください」 

「え?私が?……なんだろ」



私が考えるのをバトンタッチして、次は才田さんが悩む番だった。

ハンドルを握りしめながら頭を傾げる。



「あのその前に、なんで今日私を誘ったんですか?」

「……あのカフェ行こっか」 

「才田さん?」

「あそこで話そう?」



そう言った才田さんはハンドルを動かしてカフェの駐車場に停める。

ここは私達が初めて会った日に来たカフェだった。



「まだお昼前だから空いていると思う」



才田さんが車を降りると私に手招きしてカフェへ歩き出す。

私も助手席から降りて才田さんの後を追った。

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